第26話 もつれた男女の心は……
その晩、女王の軍隊は島の村に野営をした。プリシラは天幕の中で、リリーと昔のことを語り合っている。父がまだ生きていた頃。ピーター・ドールがまだプリシラだけの騎士だった頃。
「ある日トリスタンさまが酔っ払って、私と私のお母さまのところにやってきたんです。それで世の女性の美しさと残酷さについて、ペラペラと語り出したと思ったら、コトリと寝入ってしまって。朝になったら何にも覚えてないんですもの」
リリーが目をキラキラと輝かせながら喋った。
「トリスタンが?」
プリシラがぼんやりしながら言う。
「ええ、ニーナという女性がなんとかかんたら……」
リリーが夢中になって喋り出した。邪気のない口調である。
ピーターが天幕の中に入ってきた。背の高い体を折り曲げて。深刻な顔つきをしている。
リリーは何やら察して天幕の外へと出ていった。
「ちょっとリリーと話していたのよ。昔のことを。あの子はいい子ね。トリスタンのことやニーナのことや……。きっとトリスタンのことを愛してるのよ!それもまったく純粋な気持ちから……」
プリシラがとめどもなく喋る。
「でも、何の用件で来たの、あなたは……?」
「公爵の軍に加わるつもりだと聞きました」
「ええ、この島に止まっても……」
兵士たちは誰も彼も死体の焼け焦げる匂いで気が狂ってしまいそうだった。ここにはもう武器も軍馬も残っていない。かろうじて要塞が建っているだけ。
「公爵のところには行くべきではありません」
ピーターが進言する。
「なぜそう思うの」
プリシラが優しく穏やかな声できいた。
「公爵は自滅するだけですよ。どうしてプリシラ様を利用しようとする男を助けるんです?公爵を助けたとして、この戦争に勝利したら、公爵はプリシラ様を廃して自らが王になろうとするでしょう」
プリシラはじっとピーターが勢いづいて喋る様子を見つめていた。彼は疲れ切っていた。目は血走って、左脚は貧乏ゆすりを必死に抑えようとしている。
「ピーター、カールセン公爵が本当に私を女王の座から追い払えると思っているの?私を小さな女の子みたいに操れるって?第一、公爵は王になどなれないわ。王家の血が流れていない人は血統者の剣が受けつけようとしない。民も諸侯も彼が王だなんて認めないわ。それに、トリスタンと私の婚姻は無効なのよ。茶番と同じ……。だから公爵が弟と私の夫婦関係を利用しようとしたって無理なの」
「公爵はプリシラ様が思っているよりも悪賢い男ですよ。トリスタン・カールセンとの婚姻の無効を証明できますか。あの晩のように夫婦の寝室に足を運んでいるようでは……」
ピーターは淡々としているが、情け容赦ない。
「夫婦でもないのに、離婚するということね」
プリシラがひとりごちた。
別離を公表すれば、もうトリスタンに近づくことはできない……
「そうするのが一番でしょう」
ピーターが言う。
そうするしかないのだ……
「とにかく公爵の援軍に加わるわ。あの人たちを放っておけないから」
プリシラはお忍びでバートンと会った。ピーターとその婚約者のことでどう対処すればいいのかわからなかったのだ。
リリーは寝床に入るプリシラに、トリスタンのことを話し出す。困った、この子はトリスタンに恋してるのだ!そしてなぜか、彼女がトリスタンの幼馴染だという事実がプリシラの神経を逆撫でる……
「トリスタン様はダーチャの女の子の間では、憧れの的だったんですよ。ニコラス様はハンサムですけど、ちょっと冷たい感じがするでしょう?でもトリスタンさまは……」
「リリー、私寝なくちゃ」
プリシラはピシリとそう言うと、毛布の中に潜り込んでしまった。
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