第24話 寝返り
岸辺には霧が漂っていて、遠くの景色は見えない。プリシラはリリーと共に船に乗り込むと辺りを見回した。馬を連れた兵隊たちが砂浜で立ち往生している。騎兵隊も浅瀬なので船は使わずに、馬の背に乗って渡ることだろう。
大公の襲撃から逃れてダーチャを去ってから、既に二週間ほどが経っていた。女王とピーター・ドールの軍隊は十字の島の対岸に来ており、戦争の惨禍も忘れかけている。
出し抜けにリリーがハッとして立ち上がると、慌てて船を降りてしまった。何事かと確認すると、兵士たちの間をぬって走ってくる栗色の髪の少年が見える。少年の傍には遅れまいと短い足を精一杯動かす栗毛の小型犬。
リリーが少年の肩に触れ、かがみ込む。少年はリリーに何やら耳打ちした。
「弟です」
船に戻ってきたリリーが言う。少年は既に引き返して姿を消していた。
「そうなの。もう帰ってしまったのね。あっという間に……」
「知らせに来てくれたんです。もうあと一息というところに、敵軍にドトー卿が加わっていきなり劣勢になってしまって……。公爵も窮地に立たされている……」
「トリスタンは無事なの?」
思わずリリーの袖をつかんでたずねる。
リリーの頬が無意識にゆるんだ。
「ええ、無事です。ニコラス様は弟君を最前線には立たせないでしょうし」
ピーターはその知らせを無表情で聞いていた。ドトー卿の寝返りは深刻なことだ。プリシラとパトリックの関係を破綻させて、このような結果をまねいたのも彼なのだが……
だが、プリシラはそのことでピーターを責めてはいなかった。
「浅瀬を渡りましょう」
ピーターは暗い横顔でそう言う……
船は岸辺を滑り出し、騎兵は馬に乗って水の中へと進んだ。後から歩兵たちがついてくる。後から後から……
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