第七.〇話 老人達の遅れてやって来た青春
「アッハッハッハッハ」タカハシ
「オホホホホホホホ!」フサエ
「ギャハハハハハハハ」ケンジ
最早、恒例となったタカハシ宅での、毎朝の朝食をチャブ台で囲んだ楽しいヒトトキ。
タカハシはフサエ達がやって来てから、死体を扱って居た時に比べても、良く笑う様になった。幼少時代とて、父親の存在のお陰で、心から笑う日々や、機会など全くの皆無で、何時も彼の機嫌を伺って生きて来た。そして何時の間にか、笑うと云う感情を失って居たタカハシ。父親の愚業のせいで、何時も泣いて居た母親の姿にも、無感情の拍車を掛けた。
毎朝の食事は、常に二人一緒で拵える。普段、喫茶店の厨房を担当するケンジには、私生活に料理はチト勘弁。其の代わり、箸、茶碗、そしてお茶などを準備するホールこと居間担当。
物語の最後の最後まで引っ張った、時間差で描いた、タカハシがミチオを捌く描写の回。タカハシの狂気性をジックリと時間を掛けて、物語の中で強調したかった事も在るが、食材としてミチオの完成度が高かった。タカハシ自慢の逸品の具材。ミチオの熟成期間、彼を寝かしておいた時の室温と、湿度具合が最高の具材へと育ててくれた。自然の恵み。美味。実は巨漢だったミチオ、脂肪分豊かな肉の部位。霜降り。かと云って、決して脂っこく無いシツコさの極上肉。初めてミチオを食べたフサエとケンジは、余りの旨さに唸った位。未だミチオの肉は、燻製してベーコンに加工したり、挽き肉にしたりして冷凍庫に保存して在る。特に食人歴の長いタカハシでも、今回のミチオ肉の完成度は非常に高く、自慢の食肉。それ故に、ミチオは基本的に記念日の時に食べる事にして居る。
今朝はミチオブランドの挽き肉の炒めものと、ミチオの味噌漬けした肉眼のカラスミのスライス、そして、ミチオの遺灰を塩昆布で和えた物が食卓には並んだ。そう、今日が其の日なのだ。タカハシとフサエにとっての同棲生活記念日。
この物語を読んで居る読者の方は、いとも簡単にタカハシがフサエとの同棲生活に成功した。其れか、作者が二人の出会いから愛へと発展する描写を、見事に割愛したと思われるかも知れないと、勘違いされて居る者もチト多いのでは?
初めてタカハシが『喫茶店 人生の分かれ道』を見付けて、其処で働くフサエと出会ってからは、実はコノ原稿用紙世界の外で足繁く通い、現在の生活が在るのだ。
空想小説に登場する架空登場人物にも、芸能人宜しく、原稿用紙以外での私生活が必要で在り、必須。この作者も気付いて居なかった程のタカハシの極秘行動。フサエが淹れる珈琲を、タカハシは軽く一〇〇〇〇杯は飲んで来たのでは?一日に三度も通った事もシバシバ。恋するクソジジイ。老人ロマン特急。“第二話『喫茶 人生の分かれ道』。読者の皆さんも、もしも見かけた方がいらっしゃったら、是非どうぞ。”の辺りで、タカハシは水面下で頑張った。
初めは珈琲に惚れたが、何時の間にかフサエに惚れて、てっきり彼女の息子だと思って居たケンジの出生後の秘密を知ってからは、更に彼女に惚れた。先天性の精神的疾患を持つケンジ、其の彼が一生懸命に生きる姿にも惚れたタカハシ、“特別編 急展開!糞ジジイと糞ババアの同棲日記。ケンジを添えて。「臨場感を出す為に句読点少な目、台詞多めです。」”の回にて、意を決して同居願いをフサエに告白、そしてフサエも承諾したのだ。
タカハシは同棲生活が始まって、暫くしてから、母親の長襦袢をフンドシ代わりに穿いて居ない。敢えて穿く必要が亡くなったと云うのが正しい表現だろう。母親の亡霊からの脱却、大脱走。フトした事からのフサエとの出会い、そしてクソ爺いに遅れてやって来た、御萩の様な脳天に直撃する様な甘い同棲生活の余波で、長年穿いて来た長襦袢を着用する事を止めたのだ。フサエの一言も在った。母親の怨念からの脱却の瞬間。
「タカハシさん?私の存在だけでは、お母様の呪縛から逃れられません?」
晴天の霹靂。目から鱗。この彼女の一言でタカハシは目が醒めた。
今迄のタカハシが、自身の性的嗜好で好きなのだと思い込み、この物語『自殺倶楽部』の中で行なって来た、死体遺棄行為、死体を弄る行為、そして食肉行為の其々は、過去の経験や出来事からやって来る病気の様なモノだったのだ(食肉行為はフサエ達を巻き込んで、現在進行形。旨いモノは旨い)。
目が醒めたタカハシ、フサエ達と一緒に『ホームセンター トドロキ』に行き、幼少時代以来の初めての下着を購入した。現在のタカハシの心情を表す色の“純白”のブリーフ、BVD製。茶色く薄汚れた母親の長襦袢は、『アパルトメントヘヴン』のオモテで燃やして、母親の魂と共に成仏させた。母親とて、今の今まで息子の息子を包んで居たフンドシに活用されるとは思っても居なかったらしく、燃える焔から発生する煙は、直立で天高く、一本槍の様なケムリにて、宇宙に向けてドコ迄も逃げるかの様に昇華して行く。
「タカハシさん、お母様が喜んでいらっしゃるわ!ホラ?あんなにも煙が天国に向けて、一直線に飛んで行ってますもの。」
———物語も終盤に差し掛かって来て、『アパルトメントヘヴン』に住む住人も、残すはキミエのみ。その他の『自殺クラブ』の面々は、全て自らが望む自殺方法で亡くなってしまい、其れ迄は代々、『自殺クラブ』のメンバー達で受け継がれ、新たな自殺志願者を『アパルトメントヘヴン』』に導いてくれた小冊子『自殺倶楽部』の流布も、誰かの自殺で途絶えしまい、家主亡き後の部屋の掃除でソレを発見したタカハシ、(もう、この辺で終わりにしよう..)残された遺品と共に処分してしまった。物語終焉への序章。
肝心のタカハシも、新手の住人の募集をかける事も止めて、ここに来てクソ老人のタカハシの、静かで穏やかな老後生活が始まった様に思えた。
結婚記念日の今日も、フサエは決して仕事を休まない。両親から受け継いだ喫茶店を開店させに、タカハシ達と一緒に最寄りの駅から電車に乗車する。
タカハシが店に華々しく初登場する前には、決して思っても居なかった同伴出勤。同棲生活を初めてからは、三百六十五日、休む事無く、店を開け続けるフサエ。タカハシが自殺志願者達の受け入れを止めた原因もコレだ。これから先はフサエの事を支えて行きたいと云う男心。これ迄に数千人程の、身寄りの無い、若しくは家族と疎遠になって居る、淋しき自殺志願者達を限定とした者達の後始末を、自身の人生を懸けて行なって来たタカハシ。何事にも引き際が肝心、其の原因がフサエ達で在った。
『喫茶店 人生の分かれ道』の初老よりも初老のマスターになったタカハシ。開店前にはイソイソと店の前の掃き掃除をしたり、フサエには届かない場所の拭き掃除をしたりと、新しく訪れた人生は毎日が充実したモノだ。店内には古い、子気味良いジャズが心地良く流れ、タカハシ以前の元々の店も繁盛して居たが、タカハシが加わる事にもよって、店の雰囲気が良くなり、更に繁盛する様になった。三人の生活が豊かになる事は無く、余分な売り上げは孤児院に寄付をしたり、店にやって来る病院の貧乏研修医の食事を無料にしたりと、正にフサエの人間性が全開になった女神経営。幸せは決してお金では買えない、買えるとしたら、其れはマヤカシの幸せ。
「ああ、フサエさん。ワシ、ちょっと煙草を吸って来ます。」
「ハイ、どうぞ!」
カウンター内で珈琲メーカーの汚れを布で拭くフサエ。店が暇な時を見付けて、タカハシはオモテに煙草を呑みに出る。店の前には道路を挟んで建って居る『ニコニコ総合病院 純愛』、今日も沢山の人間達が行き来して居る。嘗てのタカハシも其の一人だったのが今では違う。前掛けをして、煙草を吸う初老よりも初老マスターのタカハシ。
(フゥゥゥ..もうアノ病院に行く事は無いじゃろ..)
このタカハシの日常を幸福と云わずして、何と例える事が出来るだろうか?
自殺倶楽部 宇宙書店 @uchu_tenshu
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