第六.〇話 タカハシの世界
其の時タカハシは外出をして居て、二〇三号室には、店が休みのフサエとケンジの二人きり。フサエは部屋の掃除をして居て、ケンジは地球と宇宙空間の距離を、両手の指を使って測って居た。
独り暮らしの長いタカハシの其れ迄の部屋は、彼の性格も在ってかトテモ小綺麗なもので、初めて訪れた時は、部屋の余りの整頓ぶりにフサエは思わず、(タカハシさん..他所に好い人でも居るのかしら..)勘違いしてしまった事もシバシバ。老婆フサエ、永遠の少女。
「アラ?何かしら、この古い雑誌..」
或る引き出しを開いたフサエが見付けた物とは、『自殺倶楽部』と云う同人誌。
(自殺に倶楽部など在るのかしら?)
題名にチト興味を惹かれたフサエがページを捲ってみる。フサエとて、長年生きて居た人生の勝者、長い人生の中でココロが折れて、自殺を選ぶ人間の気持ちは良く分かる。実際に、連れ子のケンジの実の両親も、無理心中にて御臨終、亡くなって居る。死にたければ死んだら良い、と云うのがフサエの考え。ナゼ人間は、生きる事に対して異常な拘りを見せるのか?人生にヒカリを見出せないので在れば、一層の事、自身で命を断つ事も人生の終わらせ方の一つだろう。フサエの愛おしいケンジとて、彼の両親が自殺をしたからこそ授かる事が出来た、幸せの弊害。年齢が故に“死”と云うお題に対して、次から次に宇宙から好意的なメッセージが降って湧いて来るフサエ。これは、フサエが死を全く怖がって居ない事を表す。死イズ マイ ベストフレンド。
両手に掴んで居る『自殺倶楽部』自体が非常の薄い雑誌で、フサエが一枚目のページから最後のページ迄、適当に読んでも一〇分も掛からなかった。だが興味が湧いた。何故かと云うと、先ず『自殺賃貸物件案内』欄に、この『アパルトメントヘブン』が掲載されて居た事。然も大家のタカハシの白黒写真付き。白黒写真の中のタカハシは、フサエが知って居る現在のタカハシの顔。ふと思い、『自殺倶楽部』最後の項の出版情報を確認してみたが、日付けの掲載は無かった。だが雑誌を持った感触だと、恐らく発行日は、軽く半世紀は経って居るだろう。ここでフサエが驚いたのは、この『自殺倶楽部』を出版した張本人がタカハシだった事。イヤ、確信は無いが、印字されて居るタカハシの名前を其処に見たフサエ。同姓同名かも知れないが、女の勘。恐らくこのタカハシは、あのタカハシだ。勝手に見てしまったとはいえ、チト『自殺倶楽部』とタカハシの関係性が気になるフサエ。
『自殺倶楽部』の大まかな内容とは、
『世界の自殺の名所案内』
『人気の自殺方法ランキングの紹介』
『人気自殺グッズの紹介』
『自殺ペンパル募集』
『自殺賃貸物件案内』
そして最後の項に『タカハシの世界』。発行者のエッセイかと思いきや、其の内容は一つの電話番号のみが記載されて居てチト奇妙なもの。そして其の電話番号は、フサエにとっても非常に馴染みの在る数字の羅列。
一一九二- 二九六〇- 五九六三
(イイクニ- ツクロウ- ゴクロウサン..此処の部屋の電話番号だわ..)
フサエは或る事に気が付いた。フサエはタカハシに、表から電話を掛けた事は流石に何度も在るが、毎回必ずタカハシが出た。若しもタカハシが部屋に居なかったら、一体どうなるのか?
(この電話番号に掛けたら、一体何が起こるのかしら..)
好奇心旺盛なフサエの興味が湧き、今度タカハシと一緒に店に居る時に、此処に電話を掛けてみようと決めた。タカハシの留守番電話の録音テープに何か、若しかして秘密が在るのかも知れない。『自殺倶楽部』を元の場所に戻した其の瞬間、「只今ぁ、フサエさんケンジ君。」
タカハシが帰って来た。別にフサエは疾しい事をした訳では無いが、少女の様に心臓がドキドキと脈打った。
「お、お帰りなさい、タカハシさん!」
「ケンジ君フサエさん、ワシ、さっき和菓子屋に寄って、御萩を買って来たんじゃ。一緒に食べましょう。」
初めはフサエを先に呼び、次にケンジ。だが其の後には、ケンジの名前を最初に呼び、フサエを後にする当たり、タカハシのケンジに対する思い遣りがキラリンコ。常にフサエの名前を先に呼んでしまうと、まるで自分がオマケの様な存在に思えてしまうケンジ。普段から基本的に無口な、だが洞察力がチト鋭い、そんなケンジの勘繰りを見抜いて居るタカハシの優しさ。フサエもタカハシのコノ行動には既に気付いて居て感謝をして居る。だが今は、ついさっき目にした『自殺倶楽部』の事の存在の方に意識を持って行かれ、如何しても頭から離れない。
(若しかしてタカハシさん、狂人なのかしら..)疑うフサエ。だがタカハシと一緒に、人間の灰のフリカケや、目玉の味噌漬け、粕漬けを、何の躊躇いも無く喰らう当たり、充分にフサエも狂人で在る事に違い無い。大正解で間違いは無いだろう。
タカハシが、ウガイと両手を台所で洗った後、買って来た御萩を、三部屋ブチ抜き、異常に広くなった寝室兼居間のチャブ台に置く。其れ迄使って居た◯い小さなチャブ台を、タカハシは大きな□いチャブ台に変えようか?とフサエに提案した事が在る。だがフサエはヤンワリ断った。□には角が在って嫌いな事と、小さい方が三人、体を寄せ合って食事を摂ることが出来る。タカハシとケンジは既にチャブ台に鎮座、後はお茶を台所で準備して居るフサエ待ち。三人揃って一緒に何かを行動出来る喜び。
(私、幸せ..)
お茶を淹れながら、フサエの頬はホンノリと赤らむ。。
(『自殺倶楽部』の事何て、如何でも良いかも..)
気持ちも揺らいだ。だが、聞かなくては話が進展しない事も知って居る主演女優のフサエ。人生と云うのは台本通りに出来て居るもので、フサエに与えられた此れからの芝居は、表に出て公衆電話からタカハシに電話を掛ける事。待てない、今直ぐに事の真相を知りたい。
「あっ、タカハシさん御免なさい!私、チト近所の商店で買い忘れた物が在って、今からチト行って参りますわッ」
「嗚呼、フサエさん、ワシが行って来ましょうか?」
「イエっ!大丈夫です。..生理用品、ですから..」「あ、嗚呼..ハイ」
フサエは台所に、急須と三人分の湯呑みを其のまま放置して、サンダルを急いで履き、駆け足で玄関先に出た。螺旋階段を降りながら右ポケットを探る、確か一〇〇円硬貨が何枚か在った筈。短期決戦。硬い硬貨をポケット中で握り締めて、最寄りの公衆電話に駆け込む。
「ガチャっ、」(一九一九- 一一九..五九..)
「..ルルルルルルルル..ルル」
「ハイ、もしもしタカハシですがァ」
出た。フサエは機転を使って裏声を使い、話し掛けた。
「あ、あのタカハシさんですか?私、『自殺倶楽部』を読んで、お電話差し上げたサエと申しますけど..」
「嗚呼..申し訳在りませんが、もうお部屋の方は満杯で今は空きが無いんですじゃ..」
(嘘だ)直感でフサエは思った。今日の時点で、未だ数部屋の空室が『アパルトメントヘブン』には在る筈、貸せばお金になるのに、一体如何してなのか?
「..そうですか、分かりました残念です..。っでは、アノ、『自殺倶楽部』の最後の方に書いて居る『タカハシの世界』とは、一体何なのですか?」
裏声がバレて居ないか?初めはチト気になって居たフサエだったが、何時の間にか地声になって、タカハシと会話をして居たフサエ、タカハシが気が付かない筈が無い。だがタカハシは知らない振りを通した。
「おお、『タカハシの世界』と云うものは..まぁ人生相談みたいなモンですじゃ。実は此のワシ自身が『自殺倶楽部』の発行者で、行き先が知れない悩める自殺志願者達を、一人でもワシの所に集めて、自殺するまで生活をして貰う。其の間に寂しい時や、死んでしまいたい時に、この『タカハシの世界」に電話を掛けて貰って、ワシが身の上話を聞いてやる、そんな内容ですじゃ。口頭では言えん事も、電話の向こうからならば言える場合も在る。じゃが一人も、部屋に付いては訊ねて来ても、『タカハシの世界』に付いては聞いて来ん。サエさんが初めてですじゃ。貴女、死にたいんですか?」
天真爛漫のフサエ、死にたい筈は無い。
「イイエ」
ハッキリと返答した。
「分かります、電話口の口調で。貴女みたいな人は、ワシの様な世界には足を突っ込まん方がエエ..では、今回は御縁が無かったと云う事で..。特にワシの物件は自殺したい者限定ですから、サエみたいな人間には合わん。」
そこで会話は終わった。
フサエの生理は、とうの昔に終わって居て、然しタカハシには「生理用品を買って来る。」と、告げて家を出た。だがイザ購入となると触手が伸びない。お金が勿体無い。
「只今ぁ、タカハシさんケンジ君。」
フサエが帰って来た。別にタカハシは疾しい事をした訳では無いが、少年の様に心臓がドキドキと脈打った。フサエが愛おしくて堪らないタカハシ。
「お、お帰りなさい、フサエさん!」
「ケンジ君タカハシさん、私さっき、やっぱり和菓子屋に寄って、御萩を買って来たんです、一緒に食べましょう。」
綺麗な箱から取り出した御萩は赤色だった。そしてタカハシが買って来た御萩は白色。チャブ台に置かれたお茶は既に冷たい。台所で新しくお茶を淹れ直すフサエと、二種類の御萩をお皿に並べるタカハシ。ケンジはチャブ台の上の私物を一度、全て取り除き、雑巾で執拗に台の上を何度も何度も擦る。
「ウフフ..ケンジ君。貴方も今幸せなのね」
台所からケンジに向かって話し掛けるフサエ。
「ガックン!ガックン!」ヘッドバンギングの如く、頭を縦に振り続けるケンジ。其の光景を見て笑うタカハシ。
急須に新しいお茶を入れて、部屋に戻って来たフサエ、三人の湯呑みに湯気が立つお茶を注ぎ、タカハシが赤い御萩を、ケンジが白い御萩を其々の小皿によそう。
他人を騙すのは性に合わない、フサエが着席するや否や、開口一番タカハシに告げた。
「..私です、フサエです。御免なさいタカハシさん、さっき、お部屋を掃除して居たら、偶々『自殺倶楽部』の小冊子を見付けてしまって..チト何か気になってしまって、偽名を使って連絡してみたんです。」
「おぉおぉ..そうじゃ、あの声はフサエさんじゃな、確かに。そうですか..『自殺倶楽部』を読んでしまったんじゃな。あの本に関しては、別にフサエさん達が知って居なくてはならない事なんぞ何一つナイ。じゃが、この物語も終盤に差し掛かって来て、そろそろワシの生い立ちや過去を明らかにしてイカンとならん。じゃったら話は早い、ケンジ君フサエさんと面を向き合った語り部形式でお話しましょう。第一、ワシらの中には秘密など在ってはならん、其れ位の心意気でワシはフサエさん達と一緒に住んどる。」
そうしてタカハシはボソボソと語り始め、天井高くに走る一本梁を見上げた。フサエとケンジもタカハシの視線を追って、天井を見上げる。視界に入るのは天板と一本の梁だけだ。一体如何してタカハシは天井など見上げるのだろう、フサエは思った。
———『アパルトメントヘブン』の各階の部屋の天井には、見事な炭で黒光りした梁が、一本ずつ壁をブチ抜いて通って居て、中々の壮観。この梁を一階の天井と二階の天井に走らせる為に、此処の土地を当時、購入し、『アパルトメントヘブン』を新築するに当たり、一階の天井のを普通の物件よりも高くして、天井の梁の圧迫感を無くした位に、梁は重要なモノだった。。タカハシ達が住む二階に至っては、ログハウスの様な三角形の屋根にして、かなり高い位置に梁を走らせた。元々この梁は見事な一本梁。タカハシの生家に在った。
タカハシの母親は、この梁に首を括って死んだ。原因は父親のやまない女遊び。彼方此方に女を作っては子供も産ませた。タカハシの生家は元々が大地主
で在り、母親が唯一の子供だった。そしてタカハシの父親となる男は、一家に尽くす下男にしか過ぎなかった。話はチト簡単で、世間擦れして居ない当時の母親を、下男はアノ手この手を使って落とした。子供さえ産ませてしまえばコッチのもんだ、そうしてココにタカハシが登場する。其れ迄は一生懸命に働いて居た下男は、そこから徐々に本性を現し始め、酒や博打、そして女遊びに狂い出した。箱入り娘だった打たれ弱い母親は、徐々に精神を病み出して、日常生活に支障をきたす様になった。そんな彼等を側から見て居た、大きく成長して居たタカハシ少年は、父親を如何にかしないと一族が崩壊してしまうと危惧し、イツカ殺害してやろうと心に決めた。
キッカケは母親の死だった。或る日、小学校から帰って来ると、何時は気が錯乱して、其処いら辺でヘッドバンキングして居る母親の姿が無い。母屋はとても広く、タカハシ少年は一部屋ずつ廻って母親の姿を追ったが、何処にも彼女の姿は無かった。途方に暮れたタカハシ少年は一番最後に、高い天井に一本梁が走って居る大きな居間にやって来た。居間の中央にハシゴが天井の梁に架けられて居て、一体如何した事か?とタカハシ少年は天井を見上げてみた。すると天井にはクビを梁に吊るしてブラ下がって居る母親の姿が。成長したと云っても、そんなに身長は高くないタカハシ少年の視線には母親の姿は見えなかった。
母親はお気に入りの桃色の長襦袢を首に巻いて、首攣り自殺を敢行したのだった。原因はタカハシ少年にも分かる、父親の愚業のせいだ。母親を失った哀しみよりも、感動の気持ちが先に来た。ダラリと梁に吊るれた、力を全く持たない“物”と化した人間の芸術作品。両手を天に掲げても、地面に垂れた長襦袢は触れるが、母親の身体には触れる事が出来なかった。
(キレイだ..)
コレがタカハシ少年の第一声。自慰行為など未だ未だ早い一〇歳のタカハシ少年、母親の姿を見て射精してしまった。
母親の葬式が終わり、父親の暴走は益々加速した。父親のせいで、一族の存続を危惧する使用人も多く、中には早々に仕事を辞退して去る者も現れた。子供と云う生き物は、時折、大人では考え付かない発想を産み出す発明家。既に祖父母も亡くして、父親と自分だけが直系だったタカハシの一族。失う物など何も無い。幸い使用人の皆は、タカハシ少年の境遇に同情してくれて居て、家主の父親への忠誠心などアッタものじゃ無い。
犯行は撲殺。何時もの様に酔っ払って帰って来た父親が寝込んでから、タカハシ少年指示の元、全ての使用人を集めての、棍棒を使っての皆での撲殺。暗闇での犯行、誰が父親に致命傷を負わせたかなど知りようが無い。使用人によっては横柄な父親に腹が立って居た者も居て、現場は荒れに荒れた。タカハシ少年も最後の方には一緒に輪の中に入り、棍棒で何度も何度も父親のアタマを殴った。アドレナリン、ドーパミン大放出。容疑者はタカハシ少年と使用人の全員。タカハシ少年の計らいで父親の死後は一族の殆どの財産を皆で分配する事で口封じ。当時の金額でも、一生涯暮らせる額を使用人達は受け取った。完全犯罪。残された父親の身体は云うと、次の日に皆で鍋にして食べた。後の骨などはゴミに出して捨てたら良いのだ。
最高の形で一家離散となったタカハシは、手元に残した金と共に田舎を出て、今の『アパルトメントヘブン』の土地を購入。現金だけを田舎から持って来た訳では無いタカハシ、母親がクビを吊った、生家の一本梁も一緒に運んで来た。其れをタカハシは、『アパルトメントヘブン』建築に当たり、二本に切断。一階と二階に走らせた。ココに現在の『アパルトメントヘブン』のクソじじいタカハシの原型が出来る。
「..そうだったんですね..タカハシさん。では若しかしたら、タカハシさんは人殺しさんなのかも知れませんね?」
「エエ、まぁそう云う事デスな。フサエさん?こんなクソジジイを嫌いになりましたかのぉ?」
「イイエぇ!全然!その様な父親で在れば、殺されても当然だと思いますわ。そしてコノ天井の梁も、その様な辛い思い出が在ったのですね。」
この時、ケンジは無我夢中で御萩を食べて居て、二人の会話などウワの空。タカハシも無我夢中でハナシを続ける。母親の首吊り自殺がタカハシを死体愛好家にさせた事、父親の特製肉鍋がタカハシを食肉愛好家にさせた事。フサエは引くかも知れないと思ったが、もう勢いは止まらないタカハシ。一世一代の大告白をフサエに打ち明け続ける。
『自殺倶楽部』を発刊した理由は単純明快で、世に溢れる自殺志願者を呼び寄せる為だ。死にたい願う人間は多い、だが死ぬ機会と云うモノが無い、又は分からない。そこでタカハシは『自殺倶楽部』を細々と出したのだ。だが、こんなに反響が在るとは当のタカハシでも思わなかった。タカハシ自身は知らないが、『アパルトメントヘブン』同志達によって、『自殺クラブ』なるサークルも誕生して、心が乾き切って居た孤独な自殺志願者達の結束力も産まれた。
住民の中からは、この一本梁の存在に心を救われたと云う住人も多かった。壁を通して繋がって居る梁の存在が、自殺志願者の各住人達の気持ちを落ち着かせた事もシバシバ。今日は未だ死にたく無い..と思った住人も、脚立を使って一番上に上がり、梁を「コンコン」と叩く。其の些細な物音が、梁を通して他の部屋の住人達に届く。コレは助けを呼ぶ信号みたいなもので、同じく梁を「コンコン」叩いて返答する事により、自分達は部屋は違えど同じ空間に生きて居る、と云う気持ちを共有出来る。自殺志願者はチト淋しがり屋が多い。知り合いや友人が多かったら、彼等は自殺をしないか?と言われれば、それも又違って、彼等は自殺をするチクハグな複雑な世界観を持つ彼等、或る種の才能と云っても良い。
タカハシの『自殺倶楽部』と、住人達の『自殺クラブ』との関連性は実は無く、今日迄、タカハシは『自殺クラブ』の存在は知らずに居る。当時は若かったが、時代が変わって初老のタカハシを代表する『自殺倶楽部』は、謂わばクラシック自殺のすゝめ。方や、瑞々しい若者や、様々な人生観、価値観を持った人間達で構成された『自殺クラブ』は、ニューウェーブ。皆、自殺に括り付けられる程の精神疾患を確かに持って居る猛者どもだが、もっと自殺をポップな物として捉えて居る。嘗てゴウタは、“自殺をスポーツと云っても良い”と、発言して居た程だ。
『自殺クラブ』の創設も実は古くて、其の創設者は、あのサトウ。他人との接点を持ちたがらない、何かと引き篭もり気味の各住人達との交流や、情報交換の為に『自殺クラブ』の創設した。この点は『タカハシの世界』と方向性は似て居るが、もっと『自殺クラブ』の方が肉感的で現在風。本作品では極数名程のメンバーしか紹介はして居ないが、実際には数百名程の会員が存在して居た。“存在して居た”、其の通り、既に『自殺クラブ』は最後の使者、キミエを最後に解散。理由は、タカハシが新しい入居者を募集する事を止めた事。『自殺クラブ』は原則的に、『アパルトメントヘブン』に入居するエリートで無ければいけない。自殺志願者は元来が殆ど塞ぎがち。“生前、何も変わった様子が無かった。”と云う第三者発言と其の本人の間には、実は深い乖離が在り、溝は深い。其れを彼等は知らない(亡くなった人間も)。亡くなる前の本人は“躁”の状態で、廻りを気遣って居るだけなのだ。
母親を首吊り自殺で亡くしたタカハシが、『自殺倶楽部』を発行した理由は只一つ。身寄りが無い、又は家族と疎遠な、救われない自殺志願者を一箇所に集めて、自室で自殺して貰う事(例外はサトウの飛び降り自殺)。そして其の死体を自分が必ず発見してあげる事。自殺を一人敢行して、直ぐに誰からも発見されない人生はチト辛し。なのでタカハシは毎日、朝昼晩の三回を『アパルトメントヘブン』の巡回に充てて居た程だ。玄関先に異臭が在れば、勝手に合鍵を使って中に忍び込む優しさ。特典は、合法的に寝かして置いて腐らせる事。直ぐには警察には連絡しない。屍体愛好家、並び食人嗜好。食人に関しては、フサエとケンジもタカハシ同様に同じムジナ。腐った人肉、調理法によっては実は旨し。熟成肉。
タカハシは母親の死後から今日まで、同じ褌を毎日、身に付けて居る。この褌は母親が首吊り自殺を敢行した時の長襦袢で、初めの頃は綺麗な桃色だったが、今では汗や大便が染み付いて、見事な焦げ茶色。タカハシの誇りで、天井の一本梁と並んで大事な宝物。考え様によっては、長襦袢と梁が母親を殺したと云う解釈も出来るが、タカハシの場合は逆で、この二つが母親の苦しみを解放してくれた神具。
「こんなモンで説明は良いですかのォ、フサエさん..」
「タカハシさん..私がアノ本を見付けた事を知ってたのですか?」
「ハハ、はい勿論。第一、直ぐに目に付き易い所に仕舞ったのも此のワシですからな。『自殺倶楽部』をご覧になったんですな、有難う御座います。大事な人には、ワシの大事な秘密も知っておいて欲しい。じゃけど『自殺倶楽部』はモウ存在して居らん只の紙屑じゃて..」
「えっ、其れは一体如何云う事何ですの?」
「..ハイ、そのォ..ワシの心が満たされてしまったんですじゃ。」
「満たされた..?タカハシさん、其れは一体如何云う事ですの?もうコノ先、自殺志願者の方々を御救いにならないんデスの?」
充血したタカハシの両目が、フサエを見詰めたかと思うと、直ぐに頭を下に下げて、右手で頭の天辺を掻いた。
「おっ、お母さん。タカハシの叔父ちゃん、お母さんの事が好きなんだよッ!どっ、鈍感だなぁ」
三人のお皿に並んだ紅白の御萩、フサエはコレを見て、
(今日、私はタカハシさんの過去を知れて、そして新しい生理を迎えて、新しい人生を迎えたのかも..)
幸福と云うものを、永らく振りに感じた気がした。
「タカハシさん、貴方は人殺しでは在りません。たった独りぼっちで人を救って来たのですわ。」
其れ迄は自身の膝の上に在った両手を持ち上げては、向かい合うタカハシの両手を誘い、フサエは優しく握った。
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