第19話 

 クリスは発電する為に様々な手を講じた。


 元の世界ならば科学の本を調べれば得られる知識が、紋章学が発達したこの世界では電気に関しての文献が無い。科学は未開の技術だ。それをどうにかしようと奔走するクリスはまるで研究者である。


 高校レベルの科学の知識で発電を試みるクリス。装置を作ってはエラーに対処していく。日進月歩で進んでいるのは実感している。それでも、失敗を繰り返していると、私は何をやっているんだ・・・、ふと思ってしまう。


 紋章術起動の安定と気の扱いの上達、本来の目的はそれだった。電気だってその過程で欲しいもの程度のものだ。これでは本末転倒なのではないか。


 色々試した結果、この環境で発電して自分に流してみるには水車が一番有効だと分かった。字面だけ見るとと注意書きが必要だな。


 感電させる事を目的としているため、自分の命に対する安全策だって用意しなければならない。ゴム製品でどうにかなる問題でもないし。そもそも、この世界にゴム製品は無いし。それではどんな対策が相応なのか。クリスが深く考えたところでその答えを導き出す事はできなかった。それどころか、気を流す感覚を掴むためなんだから身体強化しておけばなんとかなるでしょう、そんな感じで楽観的に捉えていた。



 クリスは思考錯誤の末、約半年でかけて発電機を作ってしまった。今回は水路を利用した水力発電を採用した。火力発電では大きな炎を起こせる場所の確保ができなかったのだ。


 水車に取り付けた発電装置を見て、クリスは両手を腰にあてて得意げに言った。


「どうにかなるもんね。」


 水車は動いているので発電しているだろう。その生成された電気が何処に流れていっているのかまでは把握していない。


「さて、早速トライしますか。」


 クリスは呼吸を整え練気を始める。そして、電極に触れるであろう両腕に強化を施した。そして、発電機から伸びる剥き出しの鉄棒に触れた。


 バチッと大きな音を立てて火花が散った。そして、両腕には激しい痛みを感じ、鉄棒から侵入した何かが体内を走り抜けて行った。すぐに手を離した。


「痛った。何よこれ、少しシビシビする程度で良いってのよ。やり過ぎじゃないかな?かなぁ。」


 この装置を開発したのは自分だと言うことを忘れ、誰だか分からない架空の人物に悪態をつく。それと同時に、ヒリヒリする両手をパタパタと動かした。こんな事で痛みが飛んでいくならどんなに楽なことか。


 クリスが自分の両手を見る。すると、両手は火傷したようになっていた。


 間違いなく練気で手の強化はしていたはずだ。これに無策で臨んでいたらどうなっていたのだろう、そう思うとゾッして背筋が冷たくなった。


 それでも体の中を走り抜けた何か、あの感覚が欲しかったのだ。一応目的は果たしたと言える。本当はこんな火傷をしてまで欲しい感覚では無かった。


 クリスが小さい溜息をついた。


「今回は私の想定が甘かったわ。次は無いと思うけれど、自分の安全を確保することの大切さまで学べた。一石二鳥じゃない。結果オーライよ。」


 クリスが腰に手を当てた。すると掌がジンジンと痛んだ。



 クリスは電流が体の中を流れる感覚を体感した。とりあえず成功と言うべき結果。だが、クリスの掌を見たローザが大騒ぎしたのは言うまでもない。


 両親は正反対の対応を見せた。ガリウスはやんちゃするのは大いにけっこうと言わんばかりに笑い、セーネスは心配と怒気が混ざった表情で説教した。ガリウスは程々にしろと諌めていた。けれど、セーネスは気が収まらない様子。長々と話をされたけれど、危ない事は辞めてくれ、セーネスが説教した内容はざっくりそんな感じ。


 クリスは素直な謝罪の意を両親に伝えた。


 クリスが解放されたのは日が落ちてから。直ぐに自室に戻った。怒られた事で落ち込みはしたが、内緒で危ない事をしたのだ。仕方ない話だ。


 自室に戻ったクリスは部屋着に着替えてベッドに座った。すると、コンコンと誰かがドアをノックした。


「はい、どうぞ。」


 クリスが声をかける。ドアを開けて入っていたのはガリウスだった。


「あぁ、クリス。手の怪我の件だが・・・。」


「わかってるわ、お父さん。」


 バツが悪そうに話し始めたガリウスを、クリスが片手で制した。包帯が巻かれた掌がガリウスに向けられる。


「内緒で実験した上に怪我をして帰って来た私が悪いのよ。お母さんが全面的に正しいわ。」


 先の説教の意味をクリスが理解している事に、ガリウスは安堵した。ガリウスの少し口元が緩む。


「セーネスだってクリスの事を憎くて怒ってるわけじゃない。愛する娘だから言ってるんだ。クリスは聡明な娘だから分かってくれているだろうと思っていた。」


「そうね。今度はお母さんが心配しないように、ちゃんと安全性を確保した上で実験をするとするわ。」


 ガリウスからはクリスの横顔しか見えない。だが、その横顔からは何かしらの硬い決意が感じられた。


「ま、まあ・・・お手柔らかに。」


 ガリウスが何も言えずに部屋を後にした。


 やはり母娘なんだろう。セーネスも似たような所がある。


 クリスの部屋を出たガリウスが短い溜息をついた。女は恐いな、そう再認識した。

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