第18話
ガリウスの姿は騎士団詰め所の中にあった。今は業務の真っ最中。騎士団内における部隊の編成変更の書類に目を通している。目を通した端からサインを書き込んでいく。
ガリウスは脳筋なだけの男ではない。こうしてデスクワークだって人並みにこなせる男だ。
ガリウスとクリスが気の鍛錬を始めて数年が経過した。
その数年でクリスは目を見張るほど成長した。気の扱いに関しての下地が無い所からよく成長したものだ。もはや騎士団所属の者達と比較しても引けは取らない実力がある。先日、気のコントロールについて幾つか助言をした。それがクリア出来れば俺だって超えることも夢ではない、ガリウスは素直にそう思っている。
「俺も親父として強くあらねばならんな。」
書類に目を通しながら出てきた言葉にほくそ笑んだ。
かれこれ一刻は書類に目を通しているが、机には山のようなサインの無い書類が積んである。仕事のペースを上げなければ今日中に終わるのかも怪しい。
仕事をする傍ら、頭の片隅ではクリスのことが離れなかった。
成長したのは気の扱いだけではない。あと数年もすれば、きっとセーネスに似た美しい容姿の女性になるだろう。変な虫がつかないことを祈るばかりだ。このまま剣術と体術も体得してくれれば、その変な虫だって撃退できるだろうに。
「やっぱり、組手で手加減なんてできないよな。」
ガリウスはムッとした表情になる。走らせるペンの速度が上がった。
紋章術のことはセーネスに任せっきりだ。クリスは紋章術師になりたいと言っているらしいけれど、セーネスから聞いた話では才能はあっても天才ではない、そんな評価だった。セーネスと同様に秀才になる可能性は十分にあるとも。
「好きなものにならどれくらいでも打ち込めるか。剣しか知らなかった俺とは偉い違いだ。」
ガリウスが小さな溜息をついた。
最近のクリスは何をもたらすのか全く分からない事をしている。針金をグルグル巻にしてみたり、磁石を水車に取り付けてみたり・・・あぁでもないこうでもないといろいろやっている。
「俺は気が流れる感覚を感じる訓練をしたほうが良いと言ったんだがな。」
ガリウスには娘が行っている発明・・・もとい実験がそれにつながっているとは思えなかった。
「やっぱり、俺に打ち込めない事がストレスになっているのかね。」
ガリウスが深い溜息と共にガクッと項垂れる。その時一瞬手も止まった。
いけないいけない、気持ちが落ちても手を止めてはいけない。ガリウスは再び書類に目を通してサインを書き始めた。
「ガリウスさん休憩しませんか?」
不意にかけられた声。声色からガリウスの補佐官のエマであろう。ちなみにこのエマと言う女性はガリウスの妹弟子にあたる。
エマはティーカップを2つ手にしている。
「あぁ、悪いな。今手が離せないんだ。そこに置いておいてくれ。」
「そこと言われても・・・。」
ガリウスの机の上は書類でいっぱい。なんなら床にも書類が山積みになっている。とてもティーカップを置けるような場所はない。
エマの反応を受けてガリウスが顔を上げた。自分の周辺を見渡す。確かにものを置ける場所なんてない。
「ふぅ・・・そうだな。少し休憩をしよう。」
ガリウスがエマからティーカップを受け取った。
せっかく入れてくれたんだ、その行為を無碍にするのも無粋ってものだ。
エマが入れてくれたのは紅茶だった。エマの腕がいいのか茶葉が良いのか分からないが、もの凄く香りが良い。
「どうしたんだこの茶葉。香りが良い。俺の為に高いの用意したのか?」
「ガリウスさんにそんな茶葉いらないでしょう?そのへんの雑草を乾燥させたって違いが分からないんですから。」
エマの手厳しい言葉にガリウスが顔をしかめた。
「今日はどうしたんですか?やけに表情がコロコロと変わって、情緒不安定な・・・まさか・・・。」
「はいはい、変な薬はやってないから。」
食い気味に否定する。
「そうですよね。」
エマがケラケラと笑った。
「ちょっと娘の事を考えていてな。」
「娘さん、クリスちゃんでしたっけ。」
エマが壁に背を預けた。
「紋章術師になるんだってよ。」
「あらあら。フラレちゃいましたね、お父さん。」
「そう言うなよ。悲しくなる。せっかくお前くらいには気の扱いが上手いのにな。」
「あら、ライバル出現。私も頑張らないとですね。」
笑うエマから一番遠い言葉が頑張るって単語ではないだろうか。
「さて、俺ももうひと頑張りするかな。これ、ごちそうさまな。」
エマが差し出された空のティーカップを受け取る。
ガリウスが仕事に集中し始める。先のように表情がコロコロ変わることはなかった。そんなガリウスを見たエマは自分の机に戻った。
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