第2話 

「レイポイントって知っている?実験はそこで行われた。そこはマナが潤沢にあって紋章陣の実験をするのには最適な場所さ。僕の考案したのは物質に擬似魂を定着させる・・・いわゆるホムンクルスの類ではなく、存在そのものを生成するものだったんだ。資源の乏しいこの国ならその方が良いって考えてさ。もちろん新たな生物を造ろうってことじゃない。その存在がこの世界に定着する依代にはマナの集合体が使えればできればってね。」


「マナの集合体?」


 呟いて見せたけれどガリウスにはちんぷんかんぷんであった。ガリウスの呟きは問うようで、ゲイルが顔を上げて答えた。


「マナの集合体なんで、えぇと・・・要するに、人工的に精霊みたいな存在を造るって事に近いかな。」


 ゲイルの説明を受けたガリウスが少し理解した様子をみせる。


「精霊って事は何かしらの自然エネルギーを使って・・・あぁ、だからマナの集合体なのか。精霊ってのは自然エネルギーそのものだし。火とか水とか。ザックリ言うと意思を持ったマナの集合体が精霊って認識している。」


「でも、僕が生成したのはあくまでも偽物。」


 不安定ながらも人口的な精霊を生成できたのは、ひとえにゲイルの才能と、知識の研鑽を怠らなかった努力による所だ。紋章学において天才と称されるセーネスでも簡単に真似できる事ではない。もっとも、セーネスは人工的に精霊を生成する事に興味がないだろうけれど。


 ゲイルが話を進める。


「この研究で生成したかったのは兵士となる存在だったから、最低限敵に向かっていける者達でなければいけなかったんだ。だから、マナの中でもマイナスの存在を使った。」


「死気・・・それに近いものか。」


 ガリウスの呟きにゲイルが首肯した。


 死気。気の扱いを得意としているガリウスには馴染の深い単語だ。死気とは万物が発するマイナスのエネルギーが該当し、それは負の感情から出るエネルギーである。それ故、植物よりも動物の方が死気を発生させる。動物の中でも感情が豊かな者の方が死気を発生させやすい。その存在とは人間である。


「不安定とは言え一応形を成す事はできたんだ。そこは一定の成果と言ってもいいけど、事態が一変したのはその後さ。」


 ゲイルが皺を寄せた眉間に指を押し当てた。


「あれは転移・・・だったのかもしれない。もちろん、紋章なんて見えなかったから誰かが故意に仕組んだものではないと思う。それでも、突然開いた穴の中に作った精霊は消えていった。」


 椅子の背もたれに身を預けたゲイルが天井を仰ぎ見る。ガリウスもどう反応して良いものか悩んで何も言葉にできなかった。


 ガリウスが絞り出した言葉が沈黙を破る。


「転移した・・・のならば、行き先はどこになったんだ?」


 ゲイルは首を左右に振った。


「それがわかっていればここまで悩んだりはしないさ。黙っていても自壊するだろうけれど。」


 何も分からない、ゲイルは周囲を捜索するように指示を出したようだ。だが、不安定な個体を発見する事はできなかったらしい。


「それで、王はお前になんて?」


 ガリウスの問を受けたゲイルが短いため息をついた。その後続いた言葉もため息混じりで気の抜けたものだった。


「転移した原因が分かるまで人口精霊の生成は禁止。今のところ被害があったと報告はないから、幽閉されたりはしないらしい。」


「そうか・・・。」


 ガリウスから出てきた言葉はひどく短いものだった。要点を絞って伝えてくれたのだろうが、現時点では何も分かっていないのだ。更に追求していくのはゲイルを追い詰めるだけだ。



 ガリウスは適当な世間話に話題を変えた。ゲイルには落ちた気分を上げて欲しかったから。ゲイルもガリウスの気遣いを感じているようで、適当な世間話に付き合っていた。


「そう言えばクリスは何歳になったんだ?」


 クリスとはガリウスの娘の名だ。ゲイルにとっては姪にあたる。


「お前な、研究熱心なのは良いが、自分の姪の歳を忘れるのは関心しないな。先月四歳になった。」


「そうか、四つか・・・。」


 クリスの顔を最後に見たのは何時だっただろう、ゲイルはそんな事を思う。


「たまには屋敷に顔を見せろ。その方がセーネスだって喜ぶしな。それじゃあ、そろそろ行くわ。」


 ガリウスが軽い動作で腰を上げた。


「そう・・・ありがとう。」


 ゲイルの素直な感謝の言葉を受けて、ガリウスはニヤリと笑った。


「これでも一応、だからな。」


 ガリウスはそう言い残してゲイルに背を向けた。立ち去るガリウスの背中をゲイルは何も言わずに見ていた。

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