第1話

 ゲイルは頭を抱えていた。目の前の机の上には沢山の資料が散在し、部屋の中は彼の精神状態を表しているようだ。


 俯いたまま動かないゲイルが深いため息をついた。その時、誰かが扉をノックする音が聞こえた。今は誰にも合いたくない。ゲイルがそう思うよりも先に扉が開いた。


「おう、邪魔するぞ。」


 入ってきたのはゲイルにとって義兄のガリウス。彼は何も言わずに部屋のソファーに腰掛けた。


義兄あにき、今日はどうしたんだい?」


 そう言いつつゲイルが顔を上げた。人に心の中を悟られるのが嫌なのだろう、先の落ち込んだ感情が引っ込んでいる。すでにゲイルは普段見せている柔らかい笑顔になっている。


「いや、お前の実験が失敗したって聞いてな。俺は紋章術に関して門外漢なんだが、義理とは言えお前は俺の弟。義兄としては心配になるじゃないか。落ちすぎてやしないかってな。」


 ガリウスがニヤリと笑った。



 数年前、このライデンハーツ王国で内乱があった。それを治めたのが現国王のクロード・ライデンハーツ。当時のゲイルは王位継承権の末席におり、自由に動かせる兵すら持っていなかった。


 当時のライデンハーツは荒れ果てており、ゲイルとガリウスは義勇軍を募って王を打倒しようと企んでいた。要するに革命を起こそうとしていたのだ。その噂を聞きつけたクロードが二人と接触。義勇軍はそのままクロードの兵として戦う事となった。


 ゲイルはガリウスの妻であるセーネスの弟。ガリウスの取っては義理の弟にあたる。ゲイルとセーネスは一卵性の双子だ。形式的にセーネスの方が姉を演じる機会が多かった。それ故、それが二人の上下として残っている。


 ゲイルとセーネスは才能豊かな姉弟で、今は二人揃ってライデンハーツ王国の紋章術師団に所属している。


 セーネスは紋章開発部に入って生活を豊かにする紋章の開発をしたかったらしいが、その意に反して希望ではない軍事部に所属する事となった。ゲイルは得意分野を活かす為に紋章開発部に所属している。セーネスの希望が通らなかった理由はとても簡単。才能が凄すぎる。彼女が描いた紋章陣を誰も理解できないのだ。


 一方のゲイルはライデンハーツ王国騎士団の二番隊隊長。二本の片刃の剣を自在に扱う姿は鬼神と称す者もいるほど。元から恵まれた体をしているガリウスだが、育ての親から教わった妙な力を駆使するとも言われている。それ故、ライデンハーツ王国騎士団の中で最強候補の一角。そもそもガリウスだって一騎打ちならば負けないと自負している。



 ゲイルは椅子の背もたれに背をあずけると両手を広げた。


「義兄、落ち込むなって方が無理だよ。この国を守る為には僕の発案する紋章が必要なんだよ。分かるだろ?」


 ゲイルが開発を進めている紋章陣が成功すれば人間が戦う必要がなくなるって話だ。彼は戦時に前線で戦う者を造る研究をしている。


 小国とはいえも権力争いから内乱の多い国だった。クロードが国を治めた事で、国を支える大臣達も一新された。これから国は良くなるだろう。だが、国力は未だ弱い。現状を見ると人材の不足が顕著だ。


 それ故、近隣の国々に対する外交は王が自ら進めている。


 それでも、最低限は戦える者達がいないと国は滅ぶ。こんな小国は隣国が進行を開始したならばすぐにでも滅ぶ危険性を秘めている。そもそも外交をするにしても、戦うより同盟を結んだ方が得だと思わせるような軍備が必要なのだ。そうでなければ足元を見られて優位に話を進めることができない。


 研究を王に進言したのはゲイルだ。



「これで失敗は何度目だ?」


 ガリウスの言葉にゲイルは首を横に振った。


「不安定ながらも形は成したんだ。」


「それならば、失敗ではないじゃないか。ほぼ成功・・・。」


 その言葉に首を横に振るゲイルを見て、ガリウスが言葉を止めた。


「だけど、形は成したが制御はできなかった。あれでは失敗も同然だよ。」


 ふーん、ガリウスが鼻を鳴らす。


「それで、その制御できなかったそれはどうなったんだ?破棄・・・いや、そうか、不安定だったってことは自壊したのか。」


 ガリウスが顎を擦りながら自分の考察を述べる。だが、ゲイルから出てきた言葉は予想外のものだった。


「逃げられた。」


「は?なんだって。」


 ガリウスが思わず声を上げた。


「だから、実用試験中に逃げたんだ。何度も言わせないでくれ。僕だってまずいと思ってるんだ。」


「大変な事じゃないか。だが、そんな報告は騎士団まで届いてないぞ。失態を隠すために・・・」


「・・・仕方ないじゃないか、僕だってあんなイレギュラーが発生するなんて思ってなかったんだ。」


 ゲイルが頭を抱えた。


 実験体に逃げられた負い目があるのだろう。ゲイルは頭を抱えて俯いたまま動かない。落ち込んでいると同時に凄く苛立っているように見える。ゲイルの性格を知っているガリウスにはそう見えた。ゲイルが言うイレギュラーが何を示しているのか分からないけれど、自身の研究を邪魔された事に対する苛立ちだであろう。


 そんなゲイルの様子を見たガリウスが何が起こったのか問う。ゲイルが言葉を発するまでには少し間があり。絞り出されるような声は怒気を抑え込んだような凄く静かな声だった。

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