翌日登校すると、齋藤（さいとう）さんはもう席に着いていた。

「おはよう、齋藤（さいとう）さん」

　僕は努めて、気軽な口調で声を掛けた。

「あ……お、おはよう」

　なんだか辿々（たどたど）しかったが、期待通り挨拶くらいなら返してくれそうだ。

　しかし直ぐに昨夜考えていた甘い会話のシミュレーションは、水泡に帰してしまった。

「おはよう齋藤（さいとう）さん、その髪の毛って綺麗ね」

「おはよう齋藤（さいとう）さん、毎朝手入れとか大変じゃない？」

　クラスの女子が齋藤（さいとう）さんのところに、集まって話し出したのだ。

（まぁ、クラスの女子同士で会話がないってのも不自然だとは思うんだが）

　しかし齋藤（さいとう）さんは隣で聞いていても、中々の塩対応っぷりだ。

　僕が感じるくらいなんだから、話しかけてる女子には辛辣（しんらつ）に伝わっていることだろう。

　それでも会話が続くんだから、女子のメンタルって想像以上にタフだ。

　いつの間やら話題は“モデル”の話になってるみたいだった。

　そんなこんなで、それっきり話すキッカケも掴めないまま離れ離れになってしまった。

　そう。入学と言ったら健康診断と体力測定だ。

　ここから午前中は、男女別行動になるのだ。

　男子専用のロッカールームで、体操服に着替えを済ませて健康診断だ。

　結果は身長１７２セントメートル。

　昨年よりも若干背が伸びている。

　まだまだ成長期ってことだ。

　体力測定も全体的に力が付いている。

　バイトの一つに、段ボールの運搬作業を入れていた成果かも知れない。

　午前中の健康診断はともかく体力測定では何人かがグループで行動していたが、僕に声を掛けてくる男子は特にいなかった。

（やっぱり、初日の自己紹介が原因なんだろうな）

　そしてあっという間にお昼時間を迎えた。

　この学校には食堂がある。

　当然、父親との二人暮しではお弁当などは望むべくもない。

　食堂で総菜パンも売っているが、シッカリと量が有ってコスパも良い日替わり定食にした。

　フッと食堂の中に、ピンクいろを探してみたが見当たらなかった。

（きっと教室で、女子同士で席を並べてのお弁当なんだろうな）

　何だか言いようのない疎外感を覚えつつ、一人で定食を頬張（ほおば）る。

　午後は体操服のまま親睦大会（レクリエーション）となっており、好きな球技に参加するってことだ。

　クラス混合で行われるため、午前中の疎外感からは解放された気分になる。

　ホワイトボードが各所に置かれていて、定員になるまで書き込むようだ。

　要は早い者勝ちなのだが、僕には特別にやりたい球技は無かった。

　校庭のグラウンドで眺めていたが、人気のミニサッカーは既に埋まっている。

　今日は野球部のグラウンドも解放されていたが、そちらからも金属バットの打球音が響いている。

　グラウンドを後にして、体育館に移動してみた。

　体育館の中は、何やらアツい熱気に包まれている。

　やたら女子の比率が高いなぁと感心していると、女子の中心には妹の蘭（らん）がいた。

　なにやら周りに声を掛けながらプレーをする姿は、リーダーシップを取っているように見える。

　体育館の方も参加球技はほぼ埋まっていて、卓球台が数か所空いていた。

　僕は卓球台の側に置かれたホワイトボードに『A組・稲葉（いなば）龍之介（りゅうのすけ）』と書き込んだ。

　貸し出し用のラケットを片手に、適当に座っていると突然横から声が掛かった。

「お前一人か？　だったら一緒にやらね――か」

　一人の男子がラケットを振りながら、声を掛けてくる。

　僕は立ち上がりながら答えた。

「言っとくけど、僕は素人だからな」

　すると相手も答えた。

「俺もだよ。俺の名前は安藤（あんどう）。Ｂ組だ。よろしくな」

　そして不器用な卓球の試合を始めた。

「ところでさぁ、土岐（とき）さんとは仲良いんだな」

「いや幼馴染（おさななじみ）みたいなもんだよ。それだけだ」

「またまたぁ。彼女、最近引っ越して来たって聞いたぜ」

「そうか、だけどあんまり関係ないだろ？」

「俺はあの娘（こ）のことが、かなり好みなんだよ。チャンスが有ればってな！」

　結構強い打球が返ってくる。

「残念だったな！」

（お前みたいなのに釣り合わねぇよ！）

　僕は渾身（こんしん）のスマッシュを、相手コート左隅に叩きつけた。

「なんだよ。素人ってのはブラフだったのか？　幼馴染ってのもブラフみたいだしな」

　そう言い残すと、安藤（あんどう）は別の卓球台に移動していった。

　卓球のラリーと言葉のラリーはそこで途切れた。

　すると不意にサイレンの音が鳴り響きドンドン近づいて来るかと思うと、体育館前で止まる。

　体育館内に目を遣ると、そこにはピンクいろ……齋藤（さいとう）さんが倒れていたんだ。