3時限目 廊下の妹

 結局オリエンテーションが終わっても、隣の齋藤さいとう董鈴すみれさんにはお礼も言えずにいた。


 本日の授業は半日だ。

 要は始業式とオリエンテーション、学校から諸注意や連絡事項が済んだら終業である。


 鞄の荷物を机に移したりして軽くなったカバンを肩から掛けて、帰宅の途に就こうと席を立つと、 廊下から始業式に出会ったB組の女子生徒がこちらの教室を覗き込んでいた。


 ちゃんと紹介しよう。

 そこには五年ぶりに再会した“僕の妹”がいた。


 両親が離婚した頃は、二人とも小学生だった。

 いつもどこかオドオドしていて、いつも僕の背後に隠れてしまう……そんな妹だった。

 ところが再開した目の前の妹は、黒髪をショートウェーブにして快活そうで、そして可愛い美少女に成長していた。

 それでも一目見て何故か、妹だと気が付いたのは血のなせるわざかも知れない。


「おにいぃ、お久ぁ――っ。このあと時間が有ったら一緒にお茶でもしていかない?」

 傍目から見たら、逆ナンされてるみたいな感じになっている。


 それを横目に、齋藤さいとうさんが通り掛かった。

 隣同士の席なのに、今日初めてまじまじと顔を見詰められた気がした。

「ふーん、恋人と一緒なのかぁ……良かったわね」


 まるで心のこもらない乾いた声音こわねを言い残して、足早に帰宅の途に着こうと二人の脇を擦り抜ける。

 すると突然、妹が予想も付かない行動に出ていた。


「ちょっと待って! もしかして、おにぃ……稲葉いなば君の知り合いだったりしますか?」

 齋藤さいとうさんの制服の袖を摘まんで、上目遣いで呼び止めたのだった。



◆  ◇  ◆



 僕は何故か? 下校途中に美少女二人に挟まれて、ファストフード店のカウンター席でお茶している。

 妹を美少女と評するのも可笑しな話だが、実に五年ぶりに出会った妹は立派な美少女に成長していた。


「わたしぃ、土岐ときらんって言います。こっちに引っ越したばかりで、友達どころか知り合いもあんまり居なくて寂しかったの。齋藤さいとうさんと知り合えてとてもよかったわ」


 ストロベリーバニラシェイクを器用にストローですすりながら、齋藤さいとうさんと話している。


「わたしぃ、以前の学校では“トキカケ”って渾名あだなで呼ばれてて、時をかける少女! なぁ――んてね」


「あっ! 蘭がになって、になったのね」

 齋藤さいとうさんがビミョーな空気感で、それでも丁寧に答えている。


 そんなやりとりが、僕の頭の上で飛びっている。 

 僕が席を替わろうとすると妹のらんが、視線は齋藤さいとうさんと合わせながらシッカリ腕をホールドしている。

 そんな行動を見ながら、この会話は五年ぶりに再会した僕に対しての報告なのだと遅まきながらに気が付いた。


土岐ときらんでは、いかにも語呂ごろが悪そうだしな)


 僕たちの両親は、五年前に離婚していた。

 その際に親権が問題になって、男同士女同士の方が良いだろうって理由で僕は父に引き取られた。

 いまでも父は母に対して、毎月結構な金額の養育費を送っている。

 だから昨年は、高校進学をあきらめなければならなかったのだ。


「ところで董鈴すみれちゃんって呼んでもいいかなぁ? 稲葉いなば君とは古くからの知り合いなの?」


 僕は手にしたコーヒーカップを取り落としそうになりながらも、妹のらんに対して首だけを横に強く振る。


土岐ときさんこそ、なんだか……彼と親しそうでって、あなたの名前ってなんて言ったかしら?」


稲葉いなば……龍之介りゅうのすけって言います」

 何だか最後の方は、消え入りそうな口調になっていた。


「あらっ? 文豪の芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけからとった名前かしら。古風でなんだか素敵じゃない」

 齋藤さいとうさんのとって付けたような台詞せりふと笑顔が、それでも僕にとっては救いに感じられた。

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