2時限目 自己紹介

 ホームルームとは名ばかりで、入室してきた担任教師が黒板の文字を消して新たに本人の名前を記入していた。

 恐らくは何年も同じ行動を取っていて、新学期という仕事を始めているのだろう。

 新たに黒板に書かれた『長井ながい利政としまさ』と書かれた名前も、全てがシステマティックに思えた。


 システマティックの最たるものが、始業式だと思った。

 教師が簡単な自己紹介を終えると、流れ作業の様に生徒たちを廊下に並ばせる。

 ほとんど同時に他クラスからも、廊下にぞろぞろと学生が雪崩なだれのように出てきた。


 そんな密集した廊下の中で、隣のB組から出てきた女生徒と突然に目がしまった。

 僕はあまりの驚きで動きが固まり、女生徒は腰の辺りで小さく手を振っていた。


 キャメル色のブレザーを着たアリたちは、講堂へと一列に並んで歩いて進む。

 歩いた先には用意されていたパイプ椅子が冷やかに並んでいて、生徒たちは誰に指示されるでもなく順々に着席していく。

 そして式次第しきしだいに従って、始業式は始まり一時間丁度で終了した。


(こんな退屈な行事に参加するために、一年間必死に仕事をしてきた訳じゃないんだけどな)


◆  ◇  ◆


 教室に戻ると、黒板の文字はいつの間にか担任教師の名前から『オリエンテーション』の文字に変わっていた。


 僕は決められた席に座ると、初めて隣の席に座る女生徒が、最初に傍らを通り過ぎた鮮やかな色だと気が付いた。

 最初のホームルームでは、空席はずだ。

 ロングウェーブの髪の毛は、両端から三つ編みにまとめられた束でハーフアップにまとめ上げられている。

 そして髪の毛は、紛れもなく色に染められていた。

 よく見ると肌も、透き通る様にきめ細かい。

 瞳にも色っぽいカラコンを入れている様だった。

 そして近くから見ても、その容姿は美しかった。


 この学校は、学費は安いが進学校である。

 そして髪色の規定も厳しく定められているはずなんだ。


(なぜ担任は髪色に触れないのだろうか? ひょっとしたらホームルーム中に呼び出されていたのだろうか?)


 そんな風に頬杖を突きながらボンヤリと眺めていると、視線に気が付いたのか? 僕の顔を一睨みしてプイっとそっぽを向いてしまった。


 僕は始業から僅か二時間弱の間に、一人の美しい友人候補を失ってしまった。


◆  ◇  ◆


 やがて担任の長井教諭が教室に戻ってきて、オリエンテーションとやらで順番に自己紹介を始めることになった。

 長井教諭はなにやら出席簿に目を落としながら、暫らく考えるような素振りを見せていた。


 そして窓際の最前列から順番に名前と年齢と生年月日のほかに、出身中学と最後に何やらアピールするように言った。

 最初の男子はそんな自己紹介をスラスラとスピーチして、最後にサッカー部に入部希望などと言って爽やかに終わらせた。

 そんな自己紹介が、僕の順番までまわってきた。


 席を立ち上がると、あまり気もせずに自己紹介を始めた。

「名前は、稲葉いなば龍之介りゅうのすけ・16歳・5月15日生まれ……」

 そこまで話し始めたところで、クラスが一斉にコソコソとざわめき出した。


「なんで16歳?」

「全部入試落ちただけの、ただの馬鹿じゃね?」

「大人しそうだけど、少年院あがりだったりしてなっ!」

「留年してるのかなぁ?」


 僕は自己紹介が途中だったが、静かに席に着席した。


 すると隣のおもむろに女子が立ち上がって、急に自己紹介を始めた。

「あぁ――しも16歳。誕生日は1月6日だけどね。名前は齋藤さいとう董鈴すみれって言うわ。ち・な・み・に、あぁ――しは正真正銘に留年してるからヨロシク!」

 一方的にそれだけ言うと不機嫌そうに席に座った。


 特にこちらに目を向けるでもなく。


 本来は席の列ごとに、前から順番に自己紹介する様に言っていたはずだった。

 担当の長井教諭は機転を利かしたらしく、そこから前に向かって順に自己紹介をするようにと生徒に促がす。


 最初はみんなの自己紹介をちゃんと一人一人聞く積りだったが、もはやどうでも良くなっていた。

 ただ心の中で、隣の女子生徒の自己紹介の内容そらんじていた。

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