05

「大崎、こんなところでどうしたんだ?」

「白坂先生」

「お、おう」

「え、どうしました?」


 変な顔にでもなっていたのだろうか。

 別になにかトラブルがあったとかそういうのではないから心配する必要はない。


「いやっ、それよりこんなところにいるよりも教室に入った方がいいぞ」

「そうですね、って、もう放課後ですけどね」

「大崎は教室が好きだろ」


 中学二年生のいまみたいな雨が降り続ける季節になるまでは放課後の教室が嫌いだった。

 これは前にも言ったように残れないようになっていたのもあるし、単純に私が人といたくて絶対に残りたくなかったからだ。

 でも、良くも悪くも人はあっという間に変われるようになっていることをあの日に知った。


「どうした? 体調でも悪いのか?」

「昔のことを思い出していただけです」

「悪い思い出じゃないよな?」


 これは良くもあるし、悪くもある、だからすぐに答えられなかった。

 先輩との関係を聞かれたときにすぐに友達と言うことができないのと似ている。


「調子に乗りたくないって話をしましたよね」

「ああ、想像はできなかったけどな」


 私は分かりやすく、そしてよく呆れられていた。

 うるさいとかうざいとか実は裏で言われていることも知って、それでも私は自分勝手に、同じように振る舞い続けた。

 演技ではなくて必死だったのだ、これをやめたら友達がいなくなると考えてずっと動いていた。

 だけど呟くようにして吐かれた小さなうるさいという言葉に負けたのだ。

 友達ですらなく、通常の状態なら意識すら向けない相手から吐かれたそのとき、なにかが内側から消えていった。

 何度も言うけどうざいはともかくうるさいは常日頃から言われてきていつもなら左耳から右耳へと流れてどこかへ消えていくのに突き刺さったのだ。


「最近の私はどうでしたか?」

「ん? あ、大崎はいまの自分も調子に乗っていると判断しているのか? だったら違うと答えるしかないな。自分で言うのもなんだけどうざ絡みをしていたのは俺だろ? それなのに大崎は普通に対応してくれただけだろ」

「これでも反省をして気を付けているつもりですからね、白坂先生から見て調子に乗っているように見えなくて良かったです」


 こんな話だってするつもりはなかったのに雨のせいで変なことになってしまった。

 土曜日のお泊まり回的なものは明後日だ、暗い感じを持ち込みたくはないから晴れてほしいところだった。


「学生時代に俺も調子に乗り続けた結果、女子を泣かせたことがあるよ」

「仲直りできました?」

「いや、結構時間が経過してから謝らせてもらったけどなにも変わらなかった」

「すぐに動けていたらなにかが変わっていたかもしれませんね」


 少し離れたことがいい方に働いて実は、みたいなことになったかもしれない。


「そうかもな、だけどそこでなにかが変わっていたら俺は教師にはなっていなかっただろうな」

「それは困ります」

「ぶっ、ははは!」


 こんな顔で笑うんだ。

 私といるときは結構不安そうな顔でいることが多いから意外だった。

 って、迷惑をかけないために教室に残っていたのに結局これでは駄目なのでは……。


「ふぅ……もしもの話だからそんなに真剣になっても疲れるだけだぞ。別にその女子と好き合っていた、とかじゃないんだからな」

「それならなにが変わっていたんですか?」

「それは関係だろ、曖昧な状態からまた友達に戻れるんだからいいことに決まっている」


 繋がっているようで繋がっていない、当然だけど私はまだ大事な話を教えてもらえるような仲ではないということだ。

 そして自分でも考えているように当然なのにそのことを悔しく感じている自分がいる。

 変わったところはあっても変わらないままでいる人といたいというそれが邪魔をしている。


「……なんで友達に戻れたら教師を目指していないことになるんですか」

「なんとなく、だな、いま俺も昔のことを思い出してそう感じたんだよ」


 馬鹿だ、冷静にならなければならない。


「そうですか、ありがとうございました、これで帰ります」


 先生はなにも悪くないから今日は離れることでなんとかしようとした。

 毎日話しかけてもらえるからと正に調子に乗った自分をなんとかするために必要だった。


「待て待て、なんか怒っていないか?」

「怒っていません、今日もご飯を作らないといけないので帰ろうとしただけです」

「そうか、弟君も待っているもんな」

「はい、これで失礼します」


 教室から離れて少しして物凄く恥ずかしくなって廊下の隅に縮まった。

 もうこのまま濡れて帰って風邪を引き、土曜日の件も参加不可能になってしまった方がいい気がした。


「あれ、いつも小さいけど今日は本当に小さいね」

「し、慎治さん……ですよね?」

「うん、僕と陽治以外に唯に話しかける人は――あ、いたか」


 い、いやいまは先輩のことよりも早くここから出なければ不味いでしょ!

 私が連れ込んでいたみたいに判断もされたくないので腕を掴んで走り出した。


「その男の子用の制服、慎治さんのですか?」

「うん、違和感ないでしょ?」

「えっと」

「それより縮まっていてどうしたの?」


 直前にあったことを説明したら「へえ、陽治と仲良くやれているんだね」と繋がっていない発言をしてくれた。


「自分で言うのもなんですけど醜いですよね」

「ふむ、だけど陽治は嘘をついているわけじゃないよ。実際、友達に戻って楽しくやりたそうにしていたからね。それが叶わなかったから頑張っても損なことが少ない勉強に走って、その結果で教師になったんだからね」


 近くで見てきた慎治さんがそう言うなら信じるしかないか。

 というか、本人にも言ったように教師というお仕事をしてくれていなければ困るのだから私は感謝するしかない。

 だというのに自分ときたら……。


「唯は陽治が好きなの?」

「佐藤先輩に聞かれたときにも答えましたが先生達の中で一番好きです」

「男として見ていないの?」

「男の人として見てしまったら不味いですよね?」

「いや別に、陽治もちゃんと唯を好きになれば問題ないと思うけど」


 身内目線ではそうなるのだろうか。

 私だって隼人にはちゃんと見てくれる女の子と付き合ってほしいと考えているからここは仕方がないのかもしれない。


「雨かー」

「は、早く学校敷地内から出ましょう」


 もうこれだけで嬉しかった。

 こうして出てしまえば誰にも注意されない、雨だからあまりしたくないけどかなり時間をかけて帰っても問題ない。


「陽治ばっかりいいなあ」

「やっぱりそのときの女の人とはいい感じだったんですか?」

「まあ、ゼロではなかったよね」

「でも、私としては白坂陽治さんという人が白坂先生になってくれて嬉しいです」


 だから好きになってしまわないようにする。

 なにかと気にかけてくれる先生に対してそれが私にできることだ。


「いまの録音していい? 陽治に聞かせてあげたい」

「本人の前で言ってきたので意味はないと思いますが」

「じゃあ僕がいて嬉しいって言って」

「え、実際慎治さんがいてくれてこうして学校から出た後も話し相手になってもらえているわけですから嬉しいですよ?」

「なるほど、唯ってそういう子なんだ」


 え、あの、一人でぶつぶつ言っていないでどういう子なのか教えてほしいけど。

 今日もそのまま付いてきたから特に抵抗をしたりせずに上がってもらった。

 雨の日は活動時間も短くなるため、じきに隼人も帰ってきて賑やかになうことだろう。


「土曜日楽しみ」

「あ」

「参加しないとかなしだからね、唯がいないと意味がないから」

「……隼人がいてくれればそれでいいと思いませんか?」


 スルー……。

 それなら帰ってきた隼人になんとかしてもらうしかない。


「は? 姉ちゃんがいないなら俺がいく意味なんてないからいかないよ」

「ほらね、唯はモテモテ」

「モテモテじゃなくてそうでなくても意味が分からないって話だよ」


 おお、モテモテではないというのは正しい。

 姉が自由に言うなら弟の彼も自由に言えばいいのだ。

 多少ならストレス発散のためだけに色々吐いても受け入れてあげられる余裕がある。


「お母さんもいてくれるよ?」

「それでもあの人と慎治のところに俺と母さんだけっておかしいでしょ」

「そうだよ唯、そろそろ諦めて」

「わ、分かりましたよ……」


 もうこうなったら先輩も連れていくぐらいでいいか。

 連絡先を交換していないし、このことも話せていないからそれでなんとかするしかない。


「隼人、お姉ちゃんはいまから佐藤先輩の家を探してくるからね」


 ここに来ることはあっても向こうにいったことはないから探すしかない。

 分かりましたと答えておきながらやっぱりまだ風邪で不参加パターンを諦められていないのでその狙いもあった。

 先生の顔を見るのは学校のときだけでいいのだ。


「慎治、姉ちゃんなにかあったの?」

「うん、だけど悪いことじゃないから気にする必要はないよ」

「で、姉ちゃんは大体この辺りってぐらいは分かっているんだよね?」


 ここはなにも反応しないことでなんとか乗り切ることにした。

 そもそも出てしまえばいいのだ、いまからのことは私にしか得がないのだから付き合ったりする必要はない。


「はあ……慎治、俺達もいくよ」

「えー雨の中もう出たくない」

「いいからいくよ」


 隼人は基本的にいい子なのにたまにこういうこともしてしまう。

 一緒に来てほしいのなら最初から誘っているよという話で、意地を張ってもいいことはないといつか気づけるといいんだけど。


「家も分からないのに佐藤さんに会いにいこうとするのはなんで? まさかあの人の家に連れていこうとしているわけじゃないよね?」

「正解だよ」

「やめておいた方がいいと思うけどね」

「でも、佐藤先輩の方がファン一号だから」


 私達の前に〇〇号と何十人といるかもしれないけど知っている人だけカウントしておけばいい。


「うわ、佐藤さんもあの人のことを気にしているんだ……」


 だけどこれを見るに彼は先輩に興味を持っているわけではないようだ、残念だ。


「隼人君それは嫉妬?」

「違うよ別に、俺はあの人のことを全然知らないからなんで興味なんか持つのか不思議だっただけ」

「こら隼人、知らないなら自由に言ったら駄目でしょ?」

「なら姉ちゃんのことは知っているから自由に言うね。学校には安定して一緒にいられる人がいないから少し話しかけられただけで気に入ってしまうんだよ。仕方がなくではないかもしれないけど先生だから話しかけているだけだし、勘違いしない方がいいよ」


 ぐは……彼の言葉は的確にこちらのなにかを削っていく。

 今日だったのが問題だった、ダメージを受けてから数日でも経過してからならこうはなっていないのに。


「今日の隼人君は唯に対して厳しいね」

「いつもこうだけどね」


 どうせ昔からすぐに勘違いをして距離感を見誤ってしまうチョロい人間だよ。

 黙って歩いていても先輩の家は見つからないし、なんでいま外を歩いているのだろうと本気で考えることになった。


「ねえ唯、隼人君はいま気になる子に気になる人ができていまは落ち着かないのかな」

「気になる子なんていないよ、どうせ来年になったら卒業して別れることになるんだから高校からでいいでしょそういうのは」

「でも、高校も三年しかないよ、そのときも『どうせ別れるから』と隼人君は意地を張り続けるの?」


 もう歩いているだけだから家に戻ってもいい気がする。

 

「……そもそも頑張ったところで俺のことを気にしている子なんて現れないし」


 同性にばかり意識を向けていないで異性の男の子にも頻繁に話しかけていたものの、一回もそういうことには繋がらなかったからそう言いたくなる気持ちも分かる。

 うるさくせずにいまの私の状態でアタックを続けても変わっていなかったはずだ。


「そんなの分からないよ、男友達とばかりいた陽治にだってそういう女の子は現れたんだからね」

「へえ……って、まあ普通ならそうでしょ」

「私はそういう人、いなかったけど」

「僕も同じかな」

「そう考えると俺らってやばいのかな」


 うん、過去の私はやばかったよ。

 そしてもう戻りかけているからいまの私もほとんど変わらない。


「あら、今日は三人でお出かけ?」

「佐藤さん!」

「落ち着いて隼人君、私なら逃げたりしないわ」


 先輩は別枠なのだろうか、会えて物凄く嬉しそうだから私にはそういう風にしか見えないけど。

 ただいま大事なのは可愛い弟の今後に繋がる話ではなくて先生の話だからこちらを優先させてもらう。


「佐藤先輩、少し言っておかなければならないことがあるのでお願いします」

「いいわよ、それなら少し二人で離れましょう」


 あの二人と大して距離ができていなくても先輩以外は知っている話だからなにも気にならなかった。

 全てを話し終えて少しして「そうなのね」と他人事のように反応した先輩がこちらを見た。


「私は白坂先生のことを少し遠いところから見られるだけで十分なの。大崎さんがこうしてちゃんと教えてくれるのはありがたいことだけど、正直に言うと必要ないのよ。それより私は私と過ごしたいからという理由で来てもらいたいわね」

「ここ三日間ぐらいは佐藤先輩といられなかったので寂しかったです」

「ほらあれよ……」


 あ、結局受け入れることにしたのか。

 先生と同じで優しいから断れないのかもしれない。


「しかも今回もあの子のお姉さんに見られるし……」

「お姉さんのことが好きなんですか?」

「どう言ったらいいのか……分かっていることは憧れの人だということよ」


 憧れの人とかこれまで出てきたことはないな。

 周りの人にはしつこいぐらい話しかけていたけど大人の人達には興味を持てなかった。

 表情を変えずにただ立っているだけでも怖く感じたから避け続けていたのだ。


「白坂先生に対する気持ちと同じかもしれないわ、側でではなくていいから見ていたいのよ」

「私だったら気になる人の側にいて仲良くしたいです」

「近ければ近いほどいいというわけではないのよ」


 この顔は……なにかあったのかもしれない。

 そこから先は話すつもりはないようで「戻りましょう?」と言われて付いていくしかなかった。

 私には色々足りないと分かった一日となった。

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