04
「大崎っ」
「は、はいっ? あ……白坂先生でしたか」
「ああ、帰る前に少し……いいか?」
「ふぅ、はい、大丈夫ですよ」
なんかこれだと先生に対してなにかしてしまったみたいだ、なんて考えつつ教室に戻る。
いまここにはいつものあれで私達以外にはいない、大事な話をするには向いているかもしれないけどそうでもないなら廊下でもよかったと思う。
「この前は悪かった!」
「別に慎治さんのことも責めるつもりはありませんが白坂先生が悪いわけではないですよね? 何度も謝られても私は困ってしまいます」
「し、慎治さん……?」
「あ、そうするように頼まれたんです」
まあ、先生もいるところで「白坂さん」なんて呼んだら紛らわしいからね。
それに頼まれてしまえば名前で呼ぶことにはなんにも抵抗はないのだ、それだけで調子に乗ったりはしないのだ。
「ま、また会ったのか?」
「はい、佐藤先輩が会いたいと頼んできたので私も慎治さんに頼んでみたら上手くいきまして」
「マジかよ……佐藤もどうして……」
「私は佐藤先輩ではないので本当のところは分かりません。あの、もういいですか?」
「いやっ」
先生もなにを必死になっているのだろうか。
私はやっと不安に、心配させなくて済んで安心できているというのに。
「でも、私が強いからもう必要ないと、そう判断したんですよね?」
「そんなことも話したのか!? あいつめ……」
「落ち着いてください。ということで、白坂先生がこれ以上謝る必要はないんです、それではこれで失礼――あの……そんな通せんぼされても困ります」
そんな子どもみたいにされても困る。
相手をしてほしいということならちゃんと付き合うけどいつもの余裕たっぷりな先生はどこにいってしまったのか。
「……十分だけでもいいから付き合ってくれ」
「それなら座りましょう、立ったままはお互いに辛いだけですよ」
なんかいまは同級生の男の子とか下級生の男の子になってしまったみたいだった。
座っても落ち着かなさそうだったから母から譲り受けた能力を使って落ち着いてもらうことにする。
「よしよし、大丈夫ですから」
これは調子に乗って制御を失っている状態の私にも効いた最強の行為だった。
これをされるだけですっかりいつも通りに戻って、それでも記憶が消えたわけではないから恥ずかしくなる。
でも、それぐらいでいいのだ、少し足を止められるだけでありがたいのだ。
「もう大丈夫ですよね?」
「……ああ」
「慎治さんは優しくしてくれています、ですので心配しないでください、そして優しくしてあげてください」
「……あいつもたまに変なだけで基本はいい奴だからな」
「はは、白坂先生の方がよく分かっていますよね」
母にとって最強の能力ではなくて私にとって二つの意味で最強の能力で良かった。
「って、いまのは不味いだろ!」
「そうですか? 大人でも頭を撫でてもらいたくなるときはあると思いますけどね」
「俺は教師で大崎は生徒だ!」
「そうですね――あ、落ち着かせるためとはいえ、触れてしまってすみませんでした」
とはいえ、これで最初で最後だろうからあんまり気にしなくていいか。
帰る気もすっかりなくなって一人だけ上気分でいたときのこと、先生が違う方を見つつ「俺は気持ち悪くなかったか?」と聞かれたので、
「気持ちが悪いどころか私は白坂先生と話せて毎日嬉しかったです」
多少早口になりながらも噛まずに言い切った。
気持ちが悪いわけがないだろう、そもそもどうすればそんな考え方ができてしまうのか。
十分と言わずに一時間でも三時間でも付き合って聞きたいところだけどお仕事があるからそれもできないのが残念だ。
「はぁ、仕事をやってくるよ」
「はい、頑張ってください」
「おう」
だけどなんだろう、スッキリできたような顔や後ろ姿ではなかった。
一つの問題が解決してもまた新たに出てきてしまったかのような感じだった。
「あなたって本当にすごいわね」
「あ、もう少し早く来てくれれば白坂先生と話せましたのに」
「でも、怖いところもあるとよく分かったわ」
なっ!? 実際はすぐに調子に乗ってしまう人間だとバレてしまったのかもしれない。
ただ? こういうときは慌てれば慌てるほど駄目な方に傾いていくので頑張って抑えた、あとついでに一緒に帰ることにした。
「あの人もあなたのことを気に入っているものね」
「明日からは佐藤先輩も参加してくださいね」
「いえ、私は遠慮しておくわ、あと真っすぐに帰す気はないから覚悟して」
「私にできることならします」
「またあなたの家にいきたいわ」
まさか……早くも隼人を気に入ってしまったのだろうか。
大人二人には冷たかった隼人も先輩相手にはデレデレしていたからここからなにか始まるかもしれない。
これからぐんぐんと背も伸びていくだろうから先輩の横に立っても負けないどころかあの二人の横に立っても勝てるようになるかもしれなかった。
「楽しみです」
「はい?」
いまはまだ分からなくていいのだ。
たまには役に立てるということが分かって嬉しくなった。
「うーん」
最初こそ話していたものの、隼人に興味があるわけではないようだった。
隼人もまた、初対面のときの方がいい反応をしていたように見える。
先輩は私の両親とまだ話せていないから……私に興味があったのだろうか?
「この考えは駄目だ」
「そうだね、マイナス思考は駄目だね」
「あ、慎治さん、こんにちは」
「こんにちは。今日はまだ学校から帰っている途中みたいだね」
今日も教室には残らずに出てきたところだ。
先生を避けているのではなくて今日はこうしたい気分だった。
「あの子とはいないんだね」
「佐藤先輩は用があるみたいだったので」
「ならいいや、今日も僕は唯の家にいくよ」
「分かりました」
なにかしていれば悪い方に傾いていくこともないのでありがたい。
でも、まだ十六時過ぎだから両親のことを考えるとご飯作りは早い状態で。
「あ、このお菓子を食べよう」
「わざわざ買ってきてくれたんですか? ありがとうございます」
「うん、どうせなら一人で食べるよりみんなで食べられた方がいいと思ったんだ」
「個包装なのはこういうときにありがたいですね」
手も汚れづらいし、さくっと食べられるのもいい。
あまりにガチガチなお菓子だとご飯の方が食べられなくなってしまうのもある。
「隼人君がもう少しぐらい早く帰ってきてくれるといいんだけどね」
「季節によって部活終了時間が違うので仕方がありませんね」
その点だけで見れば教室に残ってぼうっとするか先生とお話ししてから帰るのが一番だった。
失敗だったようなそうではないような、残っていたら彼とは会えていなかったわけだから難しい。
「ねえ唯、今度陽治の家に泊まりにいこうよ」
「え、それは駄目ですよ、慎治さんだけが泊まるなら問題もないでしょうけど」
「それなら僕の家に陽治と一緒に来てよ、それなら問題ないでしょ?」
「それならまあ……」
「よし、決まりね。隼人君も参加してくれたら嬉しいなあ」
狙いは分かった、確かに隼人は可愛いから仕方がない。
女子力の高い隼人だから常にお腹を空かせていそうな彼にとってもありがたい存在だろう。
とはいえ誘いを受け入れるかどうか、彼に謎に厳しいところがあるからね。
「ただいま」
「お、帰ってきたね」
十八時を少し過ぎたぐらいに隼人が帰ってきた。
声が聞こえてきた瞬間に立ち上がった彼、私に対しても好きとかなんとか冗談を言っていたから隼人も大好きになってしまっているのかもしれない。
「うわ、またいるのかよ」
「そう冷たい顔をしないで、あと今度唯と君を僕の家に招待したいんだ」
「遠くない?」
「遠くないよ、遠かったらこうして何度も君達に会いには来られないでしょ?」
「ご飯とか作ってくれるならいいよ、作るのが面倒くさいならなにか買ってくれるならいいよ」
いや、素直になれないだけで厳しいわけではないか。
本当に駄目なら「いかないよ」と断ってここから出ていっていることだろう。
甘えられる人達が増えて少し寂しくもあるけど姉が邪魔をするわけにもいかないから黙って見ていようと思う。
「大丈夫、それじゃあ今週の土曜日にしよう」
「じゃ、それで。姉ちゃんが作らないなら俺が作るけど?」
「両親に合わせて時間を遅らせていただけなんだ、隼人には任せるつもりはないから慎治さんとゆっくりしてよ」
「えー慎治と話したいこととかないんだけど」
はは、敬語を使わなかったり名前で呼んだり、すごいな。
でも、相手が彼だから許されていることであって他の人に同じようにしたら駄目だからそこは注意しておく。
姉が弟に対してびくびくしていてはならない、こういうところでは堂々としておけばいいのだ。
「あ、当日は陽治もいるからね」
「ま、姉ちゃんにとってはその方が自然でしょ」
「用があって夜になってからの参加だから隼人君はそう警戒しなくてもいいよ。唯のためにも絶対に連れてくるからね」
明日はすぐに帰らずに先生を待って私からも話しておいた方がいいかもしれない。
少し意地悪なところがあったら私のことを出さずに家に呼び出し、当日に驚かせようとしてしまうかもしれないから。
集まっている状態で急に帰られてしまうことの方が嫌なのでそうしようと決めた。
「で、慎治はいつまでいるの?」
「逆にいつまでいてもいい?」
「えっ? あ、母さんが帰ってくるぐらいまでかな、父さんまで加わるとうるさくなるからその前になんとかしたい」
父にもツンデレなだけなので家族仲は良好だ。
意外なのは母に対しては素直に甘えられているところだった、普通はそっちの方が厳しくなりそうなのにいつも嬉しそうに会話をしている。
だから母的にもより可愛く感じて隼人には――ではないのだ、母は私にも物凄く優しくしてくれるから優先してあげればいいのにと考えてしまうぐらいだった。
悪いところをほとんど見せてこなかった隼人とそうではない私なら遥かな差ができていそうなのに何故だろうか?
「隼人君と唯が陽治の家まで送ってくれるならいいよ」
「ちゃっかりしているなあ、あとなにをそんなに気に入っているの?」
「それは――」
「あーやっぱり聞くのはやめておくよ。姉ちゃん、そういうことだから早くご飯を作っちゃってよ、あの人の家まで送らないといけないみたいだからさ」
「分かった」
なんだかんだ言いつつも付き合うところが可愛い。
なので差を作らない理由が益々分からなくなってしまったけど切り替えてご飯作りに集中するしかなかった。
「ありがとな大崎、教えてもらえていなかったら確かに大崎が言っていたように驚いて帰っていたかもしれないからな」
「慎治さんはもしかしたら私を使って白坂先生との時間を増やしたいだけなのかもしれません」
嫌な気にはならないからそういう理由からなら何回でも使ってくれればいい。
未成年同士と成人同士なら真っすぐに甘えるのも恥ずかしくて難しい可能性があるから。
「あれからは何回も俺の家に泊まって十分一緒にいられているけどな」
「帰ってくる時間が遅いので話せても一時間とか二時間ぐらいですよね? だから寂しいんだと思います」
「はは、一緒に暮らしていたときは誘ってもあんまり付き合ってくれなかったのにそれなら面白い話だ」
二人でどこかにいくよりもゆっくり先生と過ごすことができればよかったということなのだろう。
私も隼人に対しては相手をしてくれるだけで嬉しいのでもし想像通りなら気持ちはよく分かる。
「あーでもなあ、そうなると大崎は俺の母さんと会うことになるよなあ」
「お父さんともですよね?」
「どうせろくに家にいないから父さんはいい、だけど母さんはなあ……」
「ちゃんと失礼のないようにします」
「いや逆なんだよなあ……」
逆、とは?
自己紹介をして、迷惑にならない範囲でお手伝いをして、残った時間は会話をしていればいい思い出になるはずだ。
「なあ、大崎のお母さんにも参加してもらえないか?」
「言えば来てくれると思いますけど」
「コントロールできる存在がいないと駄目なんだ、それなら頼む。それに弟君的にもお母さんがいてくれた方がいいだろ?」
「お母さん大好きっ子なのでそうかもしれませんね、帰ったら言っておきます」
「悪いな」
いや、お邪魔させてもらうのはこちらだから先生が謝る必要なんか微塵もない。
話が終わって先生が出ていってしまったので私は先輩のところにいくことにした。
「いないか」
今日もなにか用があってもう帰ってしまったのかもしれない。
人の教室で待っているなんてできないのでこちらも学校をあとにすることにした。
「離してっ」
「嫌だっ」
敷地内から出てすぐのところで大きな声が聞こえてきてぎょっとしてしまった。
ただ片方の声は先輩のものだったので真っすぐに突撃する。
「佐藤先輩こんなところにいたんですねっ、物凄く探していたんですよ!」
よしよし、少なくとも二人とも止まってくれたぞ。
片方の人から睨まれているのは分かるけど付き合ってもらえないと困るので今度は私が先輩の腕を掴む。
「もう、佐藤先輩から誘っておいて先に帰るなんて駄目ですよ」
「あなた……いえ、そうだったわね」
「すみません、今日どうしても佐藤先輩がいてくれないと困ることがあるんです、なのでここは譲っていただけませんか?」
あ、うん、無理だこれ。
掴んでいる腕を掴んで躊躇なく力を込められているから大袈裟でもなんでもなく悪い音が聞こえてきている。
「あなた早織のなに!?」
「私は佐藤先輩の後輩です」
あのときもそうだけど友達だとは自信を持って言えない。
「いたたたた……握力がすごいですね」
「あっ、ごめん!」
えぇ、そこで謝られてしまうと邪魔をしてしまった申し訳なさが出てきてしまう。
しかもなんとかしようとしたとはいえ、嘘をついていることには変わらないから駄目だった、謝罪しておいた。
「あ、喧嘩とかじゃないんだよ?」
「え、そうなんですか?」
「だけど早織が言うことを聞いてくれずに帰ろうとするから離したくなかっただけでさ」
言うことを聞かずに帰ろうとする、……過去の私の話だろうか。
「はぁ……その子はよく私を着せ替え人形にして遊ぶのよ、だけど前回にすごい恥ずかしいことが起きたからもう受け入れたくなかったの」
「ふりふりな服を着ているときにお姉ちゃんが入ってきただけじゃん」
「だからそのお姉さんに見られたくなかったの!」
おお、先輩にしては大きな声だ。
私としては落ち着いてもらえたので大満足で、今日話しておきたいところだったけど邪魔にしかならないからここでやめておいた。
それでもちゃんと先生達とのことは話すので心配しないでほしかった。
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