06
「ね、ねえ唯、ママを先生に取られたりしないよね?」
「え、取られたりしないよ」
「それならいいんだけど……僕にはママがいてくれないと駄目なんだ」
それについては私も同じだ、そしてそう心配しなくても帰ってくるから安心してお仕事にいってほしかった。
「あなたは馬鹿なことを言っていないで早く仕事にいって」
「だ、だって今日は一緒にいられないんだ――あ、ちょっとっ」
追い出さなくてもいいのに。
でも、父がまだまだ母大好きさんで助かっている。
「よし、これでいますぐにでも白坂先生のご実家にいけるね」
「夜になったら白坂先生が来るからそのときはお母さんがお願いね」
「唯はどうするの?」
「私は隼人とお喋りでもしておくよ」
九時に慎治さんがこちらに来てくれるとのことなのでまだ少し時間があった。
隼人はまだ起きてきていないから起こしにいくと、
「可愛い寝顔」
すやすや寝ていていたずらしたくなったけど我慢した。
「起きて隼人」
「……いま何時?」
「いまはまだ七時ニ十分ぐらいかな」
家事をするようになってから五時ぐらいには起きている身としてはこれでも待った方だ。
私が昔のままなら間違いなく自分が起きてすぐに起こしていた。
「慎治が来るの九時でしょ? まだ寝かせてよ……」
「いいから起きて」
「わっ、なんだよもーあの人の実家にいけることになって姉ちゃんらしくなくテンションが上がっているの?」
「え、いやいつもなら起きて学校にいっている時間でしょ? だから起こしているだけだけど」
この日のために休みをもらった母の側に多くいてあげてほしいのだ。
前も言ったように片方だけを愛し続けているわけではないものの、それでも彼のことが大好きだから一緒にいさせてあげたいのだ。
「はぁ……まあもう眠気もどこかにいったから分かったよ、いくよ」
「うん、もう朝ご飯もできているからね」
しかも作るだけ作ってまだ食べていない状態だから早く食べたいのもあった。
お菓子とかは我慢ができても朝ご飯お昼ご飯夜ご飯に関しては無理になっているから取り上げられたくない。
「姉ちゃんさ」
「なに?」
「いや、お腹空いたからいこう」
「うん」
すぐにお腹が満たされてごろーんとしたいところだったけど頑張った。
「誰か来たね、もしかして慎治かな」
まだ八時ぐらいだけど慎治さんならありえるな、と。
ここ数日間はずっと私達の家に来ていたぐらいだから気に入ったのかもしれない。
住むのは現実的ではなくてもただ遊びにくるぐらいなら大歓迎だから気にする必要はなかった。
「姉ちゃん、白坂は白坂でも慎治じゃなかった」
「え」
「よ、よう」
先生だったのか。
入ってきた途端に母がテンションを上げてしまい少し固まってしまった。
「いまからやらなければいけないことがあって夜……夕方ぐらいまで参加できないからさ、その間に慎治が迷惑をかけそうだから……まだなにも起きていないけどなんか悪い」
「あ……白坂先生には言いましたけど慎治さんは優しくしてくれますよ?」
「それならいいんだ。お母さん、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
ほっ、子どもみたいにテンションを上げたままではなくて助かった。
先生はすぐに出ていき、少し時間が経過した後に慎治さんがやってきて安心した。
「十五分前行動」と言って笑みを浮かべている慎治さんは正直に言うと可愛かった。
「慎治、あの人の用ってなに?」
「少し女の人に会いにいくだけだよ」
話してくれたあの女の人ならいいな。
だってそれは仲直りできたということだから間違いなくいいことだろう。
「へえ、じゃあ参加した頃には恋人ができている、なんてことになる可能性もあるということか」
「どうだろうね、僕としては唯に対して一生懸命になってもらいたいところだけど」
いや、先生がそのままその人といい関係になってくれたらいいと思う。
お付き合いを始めようと先生はもう先生だから私としてはそれが一番だ。
学校にいったときに元気な顔を見せてくれるだけでそれでいいのだ。
このときになって私は初めて先輩の気持ちが分かった気がした。
「あ、あの、この子は白坂先生のことが好きなんですか……?」
「お母さん、僕に対しては敬語じゃなくていいですよ」
「そ、それならあなたも敬語はやめてくだ――や、やめてね?」
「唯、お母さんの名前は?」
「
父としては心配になる人がもう一人増えてしまったのかもしれない。
もっとも、浮気をするような人ではないから余計な心配でしかないんだけど。
「それなら晴さんで、僕のことは慎治って呼んでください」
「だから敬語は……」
「晴さん、そんなに僕に敬語をやめてほしいの?」
「うっ、ゆ、唯がなんとかして!」
だ、大丈夫かな、なんかお母さんが女子高校生みたいな反応をしてしまっているけど。
格好いい男の人がいればいつでも女の子になって危うくなるのかもしれない。
「慎治が来たならもういこうよ」
「ふぅ、そうだね、歩かなければいけないからもう出た方がいいよね」
「それなら案内するよ」
こういうときにマイペースでいられる隼人と慎治さんの存在は大きかった。
母は私を盾にするかのように後ろを歩いていて、そんな私の少し前に二人が歩いているから自然と別れたみたいになった。
「ねえ唯、白坂先生のことが好きなの?」
「先生としてはだよ」
「それならなんで慎治……さんはあんなことを言っていたの?」
「分からない」
「これはちゃんと仲を深めて確かめておかないと駄目だね」
まあ、仲良くできるのはいいことだから父が不安にならない範囲でやってくれればいい。
せっかく集まったのに身内でばかり会話をしていたら呆れられてしまうのもある。
「着いた、ここだよ」
「普通の家だね」
「そうだね、中に入ろうか」
距離的にはいつでも通えてしまうレベルだ。
やたらと豪華! とかよりも安心できた、まあ次はないけど。
「母さん、この話を始めて聞いたときはテンションを上げていたのに何故か邪魔をしたくないからということで今日と明日はいないんだ」
「俺らが勝手に来ているだけなんだから気にしなくていいのにね」
「うん、僕もそう思うよ。ま、みんなゆっくりしてよ」
私も同じだ、ここに存在していて当たり前だから別に気にしなくてよかったのに。
現在一人暮らしをしている先生とゆっくり話せるチャンスだったのにもったいない、先生が帰ってきたら戻ってもらうように頼んでみればいいか。
「慎治さん、少し外で話したいことがあるんだけどいい?」
「いいよ、じゃあ晴さんと話してくるから」
我慢をする人ではないからこれも違和感はなかった。
早速とばかりに寝転んでいる隼人の隣に座ると「まさか朝から来るとは思わなかったけどね」と言ってきたから頷く。
「それに慎治ってマイペースだけど別に僕らのことを振り回してばかりでもないからあの人は気にしすぎだよ」
「隼人は陽治さんって名前で呼んでもいいと思うけど」
「やだよ、それをするぐらいなら慎治と仲良くしていた方がマシだよ」
よく分からない拘りだった。
私としては朝から顔を合わせることになって色々と吹っ飛んでしまったからこのまま緩く楽しく過ごせればいいと考えている。
まだ時間はあるし、近くに大きなお店もあったからそこにみんなでいってみるのもいいかもしれない。
「唯のお母さんは肉食系だね」
「そうですか?」
やっぱり積極的なだけだろう。
本人はもう満足できました的な顔で隼人の頭を撫でているだけだった。
「あー中学生の途中から姉ちゃんは誰かと出かけたりしなくなったから慎治がどこか連れていってあげてよ」
「それならお散歩をしようか、今日は晴れているからただ歩くだけでも新鮮だと思うよ」
「ほら姉ちゃん、座っていないでいってきなよ」
痛い痛い、なんでそんなに出ていかせようとするのか。
「そんなに唯お姉ちゃんといたくないの? いつもの隼人君らしくないね」
いつも見てきている母としては、いやいつも見てきている姉としても同じようなことを言いたくなった。
隼人も中学二年生で私と同じようにここから変わっていくのかもしれないけど、いい方に変わった私と違ってこの変化は寂しい変化だと言えた。
「いや、俺はただ姉ちゃんに楽しんでほしいだけだよ。いつでもいられるとは言えないけど俺や母さんとは家に帰れば一緒にいられるんだからいまは慎治を優先すればいいってだけで」
「隼人君優しい!」
それも勝手な考えだったか。
これぐらいの歳になるとツンツンしそうなのにそうはならずに優しくしてくれる隼人が好きだ。
「それとも母さんが慎治といたい?」
「んー確かにまだまだ色々と話したいことはあるけどいまはいいかな。今日は夜までいられるし、娘の邪魔をしてしまったら駄目だからね」
「ま、姉ちゃんが一番一緒にいたい人はあの人だけどね」
「し、白坂先生だよね……いつの間にそんなに……」
そこに関してはずっと勘違いをされているけどいちいち突っかからなくていいか。
慌てれば慌てるほど怪しく見えて母は盛り上がってしまうからね。
「いいお母さんと弟君だね」
「はい、二人とも大好きです」
「僕は?」
「慎治さんは一緒にいて落ち着ける人です」
「意地でも好きって言ってくれないんだ……」
これは昔の私でも言っていなかったはずだ。
相手が男の子、男性となると色々と変わってきてしまうから仕方がない。
「酷い子にはこうだから」
「慎治さんの手は温かいですね」
「これ夜まで続けるから、陽治に見せつけるから」
見せつけられても困ったような顔でこちらに謝ってくるだけだと思うけど……。
「陽治とあの子、上手くいってほしくないな」
「あ、そういうのは駄目ですよ」
「だって唯に笑っていてほしいからね」
「私よりもその人の方が関係が長いですよね? なのに意地悪をしたら駄目ですよ」
一歳しか歳が変わらないみたいなので関わったこともあるだろうし、そもそも上手くいかないようにと願うのは悪いことだ。
「別に、僕に対しては厳しかったからね」
「変なことでも言ってしまったんですか?」
「ううん、僕が陽治に構ってもらおうとするといつも睨んできてね、一回『目、疲れないの?』と聞いたら、ふふ」
えぇ、そういう大事なところだけ聞けないのはもやもやするからやめてほしかった。
叩かれた……? ただ気に入らないから走り去ったとかならまだいいなと。
「作られた世界の話なら本当は振り向いてほしかった、みたいな展開になりそうですね」
「あ、そういうのはないから、そもそも常日頃から睨んでくる女の子なんて嫌だよ」
「そ、そうですか」
私だって最初の一、二回目はともかく何度も何度も睨んでくるような子とは仲良くできない、これ以上はやめておこう。
「ポテトフライが食べたい」
「丁度そこにコンビニがありますね」
「いや、某ハンバーガー屋さんの物が食べたくなったからいこう」
あ、ああ……。
こうしてみんなでいこうとしていたはずの大きなお店に二人でいくことになってしまった。
お客さんが結構いるので頑張って付いて歩いていると「もう手を繋ぐのを忘れていたよ」と、まさかのここで手を繋ぐことになってしまったという……。
でも、やたらと慣れた感じで注文をしてくれたからこちらは突っ立っているだけでいいのは楽だった。
「お腹が空いていたんですね」
「うん、みんなで食べた方が美味しく感じるから朝ご飯を抜きにしたんだ」
「お母さん達も一緒に来てくれていたらもっと美味しく感じたでしょうね」
「だけど流石に晴さんの前で手は繋げないから助かったよ」
「なんでお母さんがいると手を繋げないんですか?」
あ、黙ってしまった。
両親が帰ってきても平然としていて、その後も気にせずにカレーを食べていた人が気にするようなことではないと思うけど。
「できたみたいだね、受け取って食べよう」
この店舗前にもお客さんは沢山いるけど席を確保することは簡単だったから助かった。
「はい、唯にもハンバーガー」
「あ、二つ頼んでいたのはそういうことだったんですか? これは貰いますけど後でちゃんと払いますから」
「そんなのいいよ、それにこれは僕のお気に入りで無理やり押し付けているようなものだからね」
それなら先生に頼んで返そう。
いまは怒ってどこかにいかれても困るからこうしているだけ、お金に関しては本当に気を付けなければならないのだ。
「美味しいね」
「はい」
ハンバーガーが本体なのにどうしてもこのお芋の方が美味しく感じてどんどんと手を伸ばしてしまう。
サツマイモとか大学芋とかも好きだし、お芋には逆らえないようになっているのかもしれなかった。
「そんなにポテトが食べたいならはい、あーん」
「え」
いや横には他にもお客さんがいるのにそんなことをしていたらバカップルみたいに見られてしまうのではないだろうか。
それなのに彼は表情一つ変えずに「いいから、あーん」と言ってポテトを差し出してきている。
このままだと腕が疲れてしまうだろうからとパクっと食べておいた。
「はは、ひな鳥みたい」
「……余計なことを言っていないでハンバーガーを食べてください」
「あれ、なんでか冷たい」
冷たいのではなくていまは放っておいてほしいだけだ。
ただ? 異性関連のことで慣れすぎていることは分かったのでそれは悪くなかった。
なにかを諦めなければなにかを得られないときもあるのは昔からそうだからだ。
「「ごちそうさまでした」」
お腹がいっぱいになって幸せな気分になった。
座っていたかったけど混み具合的にできなかったから退店する。
「なんかもうこのまま僕と唯だけでよくない?」
「そういうわけにはいきませんよ」
「結局僕じゃ陽治には勝てないということだよね」
そんなことはないから気にする必要はない。
今日の夜にすぐに分かることだからこちらは堂々としておくだけでよかった。
次の更新予定
2026年1月12日 05:00
194 Nora_ @rianora_
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