03

「――ということがあったんです」

「白坂先生の弟さん、ね、見てみたいわね」


 白坂さんはいつでも自分のペースでいられて羨ましく――はない。

 私はずっとマイペースでやってきて迷惑をかけてしまったから真似をしてはいけないところだった。


「家のことについては聞いてこないんですか?」

「ええ、白坂先生のファンというだけで迷惑をかけたいわけではないもの」


 それならやっぱり私は現時点で駄目なような気がする。

 土曜日に何回も謝ってくれたけど……放課後に残っておかない方がいいかもしれない。


「連絡先は交換したの?」

「はい、白坂さんとは頼まれたので交換しました」


 先生はそれについて「なにをする気だ」と不安そうにしていたものの、白坂さんは特になにか答えることはしなかった。

 私はなんとなく先生について聞くためだと考えている、一緒に暮らせていないし、距離があるかもしれないから近くにいる人に頼りたかっただけだとね。


「それならこれからも会う機会はあるかもしれないわね」

「佐藤先輩のことを言っておいた方がいいですか?」

「いえ、それはしなくていいわ、何回も言うけど私は白坂先生のファンだから」


 まあ、急に知らない人の話をされても困るか。

 とはいえどうしようか、あれからふわふわ母と父が先生とのことを何度も聞いてくるようになったから大人しく家に帰りたくない。

 でも、ご飯作りをやるようになってからそう時間も経過していないのにまた隼人に頼るようになってしまうのも駄目だろう。


「だったらすぐに帰って、すぐに作って、すぐに家を出ればいい」


 これなら放課後に先生とも会うことはない、隼人に休んでもらえる、両親のどちらかとだけでも話すことにならなくて精神的なダメージも受けない。

 誰にも傷をつけず、迷惑をかけることもない、完璧な作戦だった。


「あ、唯だ」

「また来ていたんですか?」

「最近はやることがなくて暇なんだ、だからまた陽治に相手をしてもらおうと思ってね」

「白坂さんならあの家に住むことを許可してくれると思います」


 帰ったときに誰かがいてくれるというのはありがたいはずだ。

 呆れたような顔をしつつもちゃんと付き合ってしまうのは彼のことが好きだから。

 多分、この話をしても「迷惑をかけそうだからな」とか素直になったりはしないだろうけど結局先生は放っておくことなんてできないのだ。


「んーだけど遅くまで帰ってこなくて寂しいから。それとも、唯もいてくれるの?」

「え、わ、私は学生ですし、白坂先生の家になんて住めませんよ」

「じゃあ住まない」


 えぇ……。

 利用させてもらうのは違うから挨拶をして別れようとしたのに付いてきてしまった。

 それでも振り向きさえしなければ変わったりはしないということで続けていたんだけど……。

 なかなか、うん、なかなかね、すぐ後ろから自分のとは違う足音が聞こえてくる状態というのは怖いものだ。


「あの、私はただ時間つぶしのために歩いているだけでいいことなんてなにもありませんよ?」

「それなら僕も同じだよ」

「今日は白坂先生とも全然話せていないので情報を教えてあげることもできません」

「ん? 陽治のことは陽治本人に聞くから大丈夫、唯のことを教えてほしい」

「私ですか? 朝から放課後までひとりぼっちですね」


 どう言ったらいいのか分からないわけではなくて細かく教えることができないのだ。

 私なんて毎日こうだから、そして少し寂しさを感じつつも動こうとはしていないから。

 うん、それほど過去のやらかしは大きかったということだ。


「そうなんだ、放課後はこうして唯といられているから違うけど朝からひとりぼっちという点については同じだね」

「白坂さんと――」

「慎治でいい」

「えっと、慎治さんとは違いますよ」


 私は自然とそうなっているだけでどうせ彼にはちゃんと話せる人がいるだろう、いまは意識がこっちに向いているだけでね。


「僕も同じだよ、友達はいないんだ」

「嘘ですよね?」

「この点だけはすぐに信じてくれないみたいだね、なにか気になっていることでもあるの?」

「私は調子に乗って失敗してしまったので反省したんです」


 こういう話になったときに隠そうとしたりはしない、いつも吐いてきた。

 相手が家族以外のときでもそうしてきたから無理はしていない、相手もそこでどうこうは言えないはずだった。


「失敗か、人間なんて失敗を繰り返して生きていくものでしょ?」

「自分一人だけが損をするならいいですけど誰かに迷惑をかけてしまう失敗を何回もしてしまったので怖くなったんですよ」

「え、僕なんていつも陽治に迷惑をかけてきたけど」

「相手が家族の場合はまた違いますよ」

「よく分からないなあ」


 まあ、極端であることは確かなことだから……。


「意外なのは普通に相手をしてくれることだよね」

「それは一人だと寂しいからですよ、ずっと話さずにいられるメンタルを持っていないからです」


 誰かといたい、話したいという考えが強すぎた結果でもあるのだからいくら気を付けてもここは変わっていかない。

 あの頃と違って自分から近づいて何度も話しかけているわけではないし、これぐらいは許してもいいと思う。


「唯、僕のこと好き?」

「えっ? あ……嫌いとか苦手とかではありませんけどまだ好きとは……」


 そう考えると四月から話しかけてくれているとはいえ、先生達の中で一番好きだなんて口にしてしまったのは間違いだったかもしれない。

 一人でいるからこその弊害か、先生は心配だから話しかけてくれているだけなのにこれだから困る。


「酷い、傷ついた」

「す、すみません」

「ううん、冗談だから気にしないで」


 つ、疲れる……。

 ただ、彼みたいな先生がいてくれたらそれはそれで楽しい授業になりそうだった。

 高身長で見た目も整っているから女の子から人気が出そう、仕事中に兄弟で一緒に過ごすのは難しいかもしれないけど組み合わさったときにはきゃーと黄色い悲鳴が上がりそうだ。


「僕は唯のこともう好きだよ」

「そ、そうなんですか?」

「うん、だってちゃんと相手をしてくれるから」

「それなら白坂先生のことは大好きですよね?」

「陽治かあ」


 あれ、「大好き」と即答されると思っていたのにそうではなかった。

 それから彼はずっとうーんうーんと悩んでしまっていて話すことはできなかった。




「――ということがあったんだよ」

「お前……だから大崎に迷惑をかけるなって」

「でも、あの時間に特に用もなく外出していた唯も悪いよね」

「人のせいにするな」


 はぁ……昔は可愛げがあったのになんでこんな弟になってしまったのか。

 両親が弟にだけ厳しくしたとかでもないのになにから影響を受けたのか。

 とにかく、明日また謝っておかないとなって……。


「なあ、もしかして俺、大崎から避けられていないか?」

「そういえばいつも放課後に話をしていたんだよね?」


 マジか、弟のせいで警戒されることになるのは自分がやらかして警戒されたときよりも気になるな。


「なにをしたかは分からないけど話したいならちゃんと言った方がいいよ」

「お前のせいだろ!」

「なにをそんなに興奮しているの?」


 ぐっ、まともに付き合うだけ損するだけか。

 あれからは弁当とかに頼らないようにしてなるべくインスタント麺とかでもいいから作るようにしている。

 生徒が頑張っているのに教師の俺がこういうところでサボりすぎるのも良くないからな。


「つかお前、なんで最近はこっちに来ているんだ?」

「退屈だからだよ」

「でも、仕事があるだろ」

「僕がいなくてもみんなが頑張ってくれているからね」


 俺がいなくなったらどうなるか。

 まあ、そこにいる人間だけでなんとか回していくだろうけど……必要とされたいところだな。


「少なくとも唯からは必要とされているから大丈夫だよ」

「心を読むな。まあいい、お前も食べるだろ?」

「相手が唯のときでもポロっと出てしまわないように僕にも『お前』と呼ぶのはやめた方がいいんじゃないかな」


 まあそうか、教師だから気を付けないといけない。

 相手が圧を感じないようにしているつもりであって、相手から見たらどういう風なのかは分からないから怖い。


「なあ、大崎はどうだった?」

「さっきも言ったけど時間つぶしをしたかったみたいだね、家にいたくない理由でもできたのかな」

「元々、大崎はすぐに帰る子じゃなかったからな、あとはこの前のあれが原因じゃないか? 学校での話をしていたなかったみたいだから急に知られてご両親といづらいのかもしれない」

「そこも意外だよね、唯みたいな子ならなんでも教えていそうなのに」

「俺らだってなんでも言えたわけじゃないだろ、特に喧嘩なんかをしたときはさ」


 相手が慎治の場合はどうしても家で顔を合わすことになるし、傷とかもバレバレだったから意味はなかった。

 あと、両親はそこまで俺達に興味を持っていなかったから隠そうとしなくても自然とそうなってしまったと言う方が正しいかもしれない。


「唯のこと気になる?」

「やっぱり心配になる」

「唯はそこまで弱くないと思うけどね」


 そうだな、学生時代にクラスにいた女子と違って不登校になっていたりはしないからな。

 もちろん、これからどうなるのかは分からないけどこうして慎治みたいに近づく存在がいる限り、大丈夫な気がするのだ。

 だったらこれ以上はいらないのかもしれない。


「気持ち悪いとか思ってほしくないからやめるかな」

「え、もったいないよ」

「二年の佐藤とも話せているから大丈夫だと思うんだ」

「モテるけど上手くいかない理由が分かったよ」

「急になんだよ……」


 モテるなんて全くそんなことはない。

 それこそ慎治の方がモテるくせに大事なところでふざけるせいで失敗ばかりしている方が意味が分からなかった。

 弟はどこまでも謎が多い存在だった。




 何日もすぐに帰って外で時間をつぶすというのは現実的ではなくて、結局そうしない内に教室で過ごすようになっていたけど先生は来なくなってしまっていた。

 元々、少し休憩をしたくて教室に来ていたわけだから一人でなければ意味がないとやっと理解したのかもしれない、この前の私みたいに休憩場所を変えたというだけのことだろう。


「来ないわね」

「そうですね」


 こうしてファン一号である先輩もいるのに応えられない日々が続いている。


「それでもこうしているのはワンチャンスに賭けているから?」

「放課後の教室が好きだからです、独り占めしたいんですよ」

「あら、それなら私は邪魔なの?」

「いえ、全くそんなことはないですよ、このクラスの人が全くいない状態なら独り占めできているのと同じです」


 だって一人なのをいいことに変なことをしているわけではないからね。

 私はただ椅子に座って色々なところに意識を向けているだけだ。

 いまなら先輩もいるから候補が増えているだけでそれだけでしかない。


「やっぱり弟さんに会ってみたくなってしまったの」

「それなら連絡してみますね」

「ええ、お願い」


 そう頻繁にやり取りをしているわけではないけど自分から送ってきたのに長時間スルーされることも多いから期待はできなかった。


「あれ」


 なのに今日はすぐに返ってきて『それなら唯の家までいくよ』と、雨が降るかもしれない。


「私の家に来てくれるみたいなので佐藤先輩もよろしくお願いします」

「もしかしてあなたから送ったのは初めてだったりする?」

「そうですね、いつもメッセージが送られてきて返させてもらっているだけですから」

「あなたって……いえ、ありがとう。いきましょう?」

「はい」


 慎治さんの家も知っていれば自分達の方からいった。

 頼んでいるのはこちらだからそうして当たり前だろう、今回は知らないからまた甘えることになってしまうけど。


「あ、途中で会えた」

「こんにちは」

「初めまして。私は佐藤早織と言います、よろしくお願いします」

「僕は白坂慎治、よろしく」


 まだそう時間も経過していないけど先輩が簡単にテンションを上げたりしないことは分かっている、だからクールなままなのも普通だった。


「へー」

「あの、慎治さん近いです……」


 自分に自信があるのはいいことではあるものの、もう少しぐらい考えてもらいたかった。

 って、私が言えたことではないんだけど……距離感がバグっていたのはどっちだよという話ではあるし……。


「いや、ひとりぼっちとか言っていたくせにちゃんと友達がいるんだなって」

「あ、確かにそこは間違いでしたね、すみません」


 休み時間とかにも来てくれるのに失礼な発言だった、謝られても分からないだろうから内でだけ謝っておいた。


「佐藤さん、学校での唯ってどんな感じ?」


 あれ、さん付けをするのか。


「大崎さんは」


 あ、私はこのときにやっとあのときの先生の気持ちがよく分かった。

 そこで止められてしまうとどうしようもなくなる、あと慎治さんも変な質問はしないでほしい。

 だってそういうことに関しては対両親の場合と違って答えてきているから、相手が変わっても出てくる答えは変わらないからだ。


「良くも悪くも真面目です」

「良くも悪くも、か」

「それより白坂先生が来なくなってしまったのですがなにか知っていませんか?」

「んーこれって言っていいことなのかな」

「なにか知っているのなら教えてください」


 もちろんだけどこれは私どうこうよりもファン一号として気になるから聞いているのだ。


「結局唯は強いということでこれ以上は必要ないと判断したんだって」

「私が強い?」「大崎さんが強い?」


 弱いなら分かるけど強いというのは分からないな。

 強い人間なら学校でも家でも話さずにいても余裕だろうから、あの当時はガチガチに自己ルールを定め行動できていたのに時間が経過するにつれていまみたいになっていっていたから。


「早くも不登校になっていたりはしないでしょ?」

「なるほど、教えてくれてありがとうございました」

「僕に会いたがったのは唯のためか」

「主なのはそうですね」

「唯の側に佐藤さんみたいな人がいてくれるのはありがたいよ」


 ど、どこ目線で話しているのか。

 私に兄がいてもこうはなっていなかっただろうから不思議だった。

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