02

「昨日はインスタントの麺を茹でてラーメンを食べました」

「俺みたいな一人だったらやるだろうけど大崎の家でそれは意外だな」

「そうですね、基本的に食べないので新鮮でしたよ」


 両親なんか目をうるうるとさせながら何度も「美味しい」と言ってくれたぐらいだった。

 あれは私の腕がどうこうよりも久しぶりにジャンクな食べ物が食べられて嬉しかったからだろうけど悪い気はしない。

 ……本当に昔の私は手伝いもしないでわがままばかり言ってきたからその差にもやられている可能性はあるけど。


「そうか、カップ麺よりもインスタント麺の方が数もあって単純に一回あたりの量も多いか」

「五袋の物を買ってきました」

「金も上手く使わないとな」

「時間とお金に余裕があるなら白坂先生の場合は食べにいくのもいいかもしれませんね」

「確かに温かい料理がすぐに出てくるのはでかいよなあ……って、大崎は悪魔だな、悪魔の囁きだ」


 え、いやお弁当とかに頼るなら出来立ての物の方がいいと思っただけなのだ。


「悪魔の大崎か、自分で言っておいてあれだけど想像できないな」


 悪い私はもう卒業したのだ。

 でも、どうしても見たいと言うのならほんの数年前に戻ることで嫌でも見ることができる。


「なんかこれ以上続けると腹が減るから職員室に戻るわ」

「はい」

「またな」

「また明日もよろしくお願いします」


 ふぅ、私は私で放課後に残ったうえに先生の時間を貰ってしまっているのがなんとも言えない気持ちになる。

 ただいまの私にとっては先生が全てだ、他に話せる人もいないのだから心が求めてしまってもおかしくはない、そう正当化してしまっている。


「ねえ」

「はい?」


 いま出ていこうとしたところだったけどこの教室の中に他にも人がいたなんて思わなかった。

「ぎゃあ!?」などと叫ぶことにならなかったのは静かに過ごすようになったことのメリットの一つかもしれない。


「あなたって白坂先生のことが好きなの?」

「先生達の中では好きですね」

「なるほど、付いてきて」


 まあ、相手は同性だから危ないことにはならないだろうと片付けて付いていく。

 中途半端な気温に包まれつつ歩いていると「ここに用があったの」と、彼女が指をさしているその先にはファミリーレストランがあった。


「遅くなったけど私は佐藤早織さとうさおりよ、あなたは大崎唯さんよね?」

「はい」

「唐突だけど私は白坂先生のファンなのよ」

「ふぁ、ファン……ですか?」

「ええ、一年生のときに優しくしてもらってからはずっとそうなの。残念なことはね、私以外に白坂先生に興味を持ってくれる人がいなかったことね」


 やっぱり困っている人を見ると放っておけない人らしい、きっと教師でなくても先生は誰かのために動いていたことだろう。


「だからあなたがファン二号になってくれるとありがたいわね」

「でも、佐藤先輩は独り占めにしたいとか思わないんですか?」

「それはそうよ、だって白坂先生はあくまでみんなの先生じゃない」


 最初から分かっていたことだけどみんなの先生なのに放課後に少しとはいえ私を優先してしまっていていいのだろうか……。


「なんかもう現時点でルール違反のような……」

「なにかしたの?」

「放課後に三十分ぐらい毎日会話をしてしまっているんです」

「ははは、そんなこと?」


 ファン一号は寛容だった、それとも無理やり抑え込んでいるだけなのだろうか?


「でも、これ四月からなんですよ?」


 と新たな情報を足しても「へえ、四月からずっと気にかけているのね」と呟くようにして言うだけ、なんかこれなら怒ってくれた方がマシだと言える。


「あなたもしかして……」

「へ、変な感情があって残っているわけではありませんから。私はただ放課後の教室が好きで残っていただけなんです」


 中学校ではできなかったから満喫しているだけ、そこに先生が加わってしまっているだけでそれ以上でもそれ以下でもない。


「冗談よ、だからそんなに不安そうな顔をしないでちょうだい」

「はい」

「慌てさせてしまったからドリンクバー代金は私が払ってあげるわ」

「いいんですか? それなら――いえ、ちゃんと自分で払います」


 危ない危ない、同性はやっぱり危険だ。

 それこそなにかが発生してもどうしようもない対先生よりも大変かもしれない。


「そういうタイプなのね」

「はい、奢ってもらったりはしないようにしているんです」

「分かったわ、本人が嫌がっているのに押し付けようとしたところでエゴでしかないものね」


 ほ、ちゃんと聞いてくれる人で安心した。

 あと払うからにはと意地汚い自分が出てしまっていた。




「いま友達が来ているんだけどリビングを使わせてもらってもいい?」

「いいよ、だけどなんで聞きに来たの?」

「姉ちゃんだっていきなり知らない人と会いたくないでしょ? とにかく事後を起こさないようにだよ」

「私なら大丈夫だからゆっくり遊んで」


 ああでも、友達がいるところに参加するわけにはいかないからご飯なんかも我慢するしかないか。

 ただ……作って食べられないことが確定してからはどうしても食べたくて仕方がない状態になってしまった。

 気を使わせてしまう前にささっと家から出てしまおう。


「姉ちゃんどこにいくの?」

「スーパーにいってくるね」

「分かった、ちゃんと早く帰ってきて」

「うん、少ししたら帰ってくるから大丈夫だよ。いってきます」


 一人で長時間外にいても一緒に遊べる友達なんかもいないから想像よりも早く帰ってきて驚くだろうな。

 でも、なにを買おうか? 台所は使えないからお弁当とかの方がいいのかな。

 それならお弁当屋さんがあるからそっちで買った方が……と悩んでいたときのことだった、「ねえ」と話しかけられたのは。


「はい、どうしました?」

「きみ、白坂陽治って知ってる?」

「え、はい、担任の先生です」


 あ、簡単に吐いたりしたら駄目か……。


「家も知ってる?」

「家は知らないです」


 流石に家の方は知っていても教えたりはしなかったけどね。

 この人が先生の友達ならいいけどそうではないならこれは困ったことになったかもしれない。


「そっか、じゃあ付いてきてよ」

「あ、あの、逃がす気がありませんよね?」

「そりゃ、うん、一人で待っていても気まずいからね」


 そもそも今日は土曜日でお仕事なんかをやっているからまだいないと思う。

 二人でお仕事が終わるまで外で待っておくのは現実的ではない気がするけど。


「ここが陽治の家ね」


 い、意外と家から近い場所にあった、本当に先生の家ならずるをして知ってしまったみたいで申し訳ない気持ちになる。


「鍵はここにあるんだ」

「まさか入るんですか……?」

「そりゃあね、外で待つなんて夏以外でもするべきじゃないよ」


 それなら私はここでと挨拶をして離れようとしたのにできなかった。

 数秒もしない内に先生の家らしい場所に連れ込まれていたことになる。

 本当なら家に帰ってきたときに先生を驚かせてしまうし、別の人の家、この人の家なら意味が分からなさすぎて固まってしまうはずだ。


「もしかして疑っているの?」

「え、いえ、そういうわけでは……」


 これってファン一号の先輩的にどうなのだろうか? 無理やり連れ込まれたからセーフ? 分からないけど月曜日になったらちゃんと話そう。


「ふむ、そうだねえ――お、あったあった、ほらこれが証拠」

「あなたと白坂先生のツーショット写真……ですね?」

「うん、僕は陽治と家族だからね」

「あ、そうだったんですか、それなら安心です」


 ではない、こうなってくると私が勝手に上がることになってしまっていることが不味いのだ。

 だけどこの家に上がることになってからもこの人はずっと腕を掴んだままだ、トイレとか以外は許してくれそうにもない。

 そういうのもあってこの人と自分と戦っている間に時間が経過し、ガチャガチャという音が聞こえてきたときには冷や汗が一気に出て……。


「ただい……ま?」

「おかえり陽治、お昼ぐらいからずっと待っていたよ」

「な、なんで大崎がいるんだ!?」

「しーここで大声を出したら近所迷惑になってしまうだろう?」


 もっともだけど先生が驚くのも無理はないよ……。


「お前一歩間違えたら軟禁とか監禁に該当するぞ……」

「確かにトイレのとき以外は腕を掴んでいたけどこれはこの子も悪いんだよ、だってすぐに帰ろうとするんだからね」

「当たり前だろ……」


 ま、まあ、こうして前に進んでくれたからいいか。

 多分この感じを見るに先生がお兄さんだろうからここから先は同じようにはならない。


「悪いな大崎」

「いえ、大丈夫ですよ、寧ろ勝手に上がってしまってすみませんでした」

「いやそれは常日頃から掃除もしていて汚くしているつもりはないし、別にいいんだけどさ」

「ドキドキしましたけど弟さんは面白い話もしてくれたのであっという間にこの時間になりました」

「お、よく弟だって分かったな? そう、慎治しんじは弟なんだ」


 なるほど、慎治さんか。

 次があるのかどうかは分からないけどいきなり名前で呼ぶわけにもいかないから白坂さんと呼ぶ方がいいか。


「きみ、名前は?」

「唯です」

「そうか。それなら唯、もう遅い時間だから帰った方がいい――痛い」

「お前が言うなお前が! はぁ、こうなったら一人だと危ないから家まで送るよ、ご両親のどちらかとだけでもいいから話をしないと駄目だ」


 大袈裟ではあるものの、隼人に分かってもらうためにはこれが一番いいから甘えることにした。

 電話をすることなんかも許可してくれていたからなんの連絡もなしにこんな時間になっているわけではないけどこの方が信じてもらえるだろうからね。


「まだ帰ってきていないみたいなので今日のことはここだけの話ということにしませんか?」

「駄目だ、そりゃ大崎からしたら休めなくて嫌だろうけどこういうことはしっかりしておかないといけないんだ」

「そうですか、それならリビングで待っていてください」

「「お邪魔します」」


 まだご飯は作っていないみたいだったので作ってしまうことにする。

 だってお昼ご飯も結局食べられていないからね、早く作ってなんでもいいからお腹に入れたかったのだ。


「姉ちゃんおかえり」

「ただいま隼人、あとごめんね?」


 不機嫌でもなんでもなくて安心した。


「いいよ別に、だってこの人のせいなんだろ?」

「あ、そっちは担任の白坂先生だから違うよ、いま指をさした人も白坂さんなんだけどね」

「あ、ということはいつも必ず放課後に姉ちゃんと話しているのはこの人なんだ」

「うん、いつもお世話になっているの」

「ふーん」


 でも、先生達には同じようにできないみたいで冷たい感じがした。

 別にお姉ちゃんは急に消えたりしないから心配しなくてもいい、それどころかいつまでもいてなにもしていなくてもうざく感じるようになるかもしれないのに。


「き、君が弟君か」

「うん、だけどなんで姉ちゃんと話すの?」

「それは大崎だけが一人で心配になるからだ」


 そうなんだよね、あのクラスでは私以外が楽しくやれている。

 だからなにか行事がなくても、例えば雨なんかが続いて女の子的には微妙なはずなのにそれすらも仲を深めるために使えてしまうのだ。


「じゃ、なにか変な感情があるとかじゃないんだね?」

「あ、当たり前だろ?」

「それならいいけど」


 すみませんと謝っておいた、敬語を使えないことも駄目だと思う。


「唯、僕らの分も作れる?」

「はい、食べたいなら作りますよ」

「それならお願い」

「ゆ、ゆいぃぃぃい!?」


 少ない家族人数でまだ半分カレーのルーが残っていて助かった。

 私はまだまだ始めたばかりだけどこれなら問題なく出してあげることができる。

 あ、それでも白米の量が全然足りないから追加で炊くしか……ないか。


「ただいまー……って、ええ!? な、なんで家に白坂先生が!?」


 これも驚くよね、母が悪いわけではない。


「すみません、ただ少し大崎さんのことでお話ししておきたいことがありまして」

「ま、まさか唯がなにか……? と、とりあえず隣の部屋にいきましょう」


 違う部屋に移動してくれたのは助かった。

 あと、先生――お兄さんが消えても平然とソファに座っているだけの白坂さん。


「唯のお母さんは美人だったね」

「昔からよく言われるんです」

「唯は可愛い系なのにね」

「それは言われたことがないですね」


 容姿とかに自信を持てなかったからとにかく話すことでなんとかしようとしていた。

 まあ、その結果がこれだから話す能力もなかったことになるけど……。


「ただいまー隼人、ママは?」

「父さん、母さんならあっちにいるよ」

「また急に掃除とか? 仕方がない、たまには手伝って――ええ!?」


 父は白坂さんに驚いているのにやっぱり白坂さんはなにも動じず、それどころか私の方に来て「唯、早くカレー食べたい」と自由だ。


「もうすぐできますからね」

「楽しみ」


 白米――ライスの方はもう炊けている方を出せばいいか。

 私達なんて少し遅れても問題ない、なんならいつもと比べれば少し早いぐらいだ。


「どうぞ」

「ありがとう、いただきます」


 いやこれ、白坂さんが落ち着いてくれていて良かったとしか言えない。

 考えて行動しているわけではないのならすごいし、考えて行動してくれているのなら先生と同じで優しい人だ。


「お前……なにお世話になってんだ」

「カレー美味しいよ、唯は優しいから陽治にもくれると思う」

「本当にすみません!」


 ただ、それは私にとっていいあだけで先生からしたら心臓に悪いことなのかもしれない、いまが冬ではなかったことに一番安心しているのは先生なのかもしれなかった。


「気にしなくていいですよ。それより私は嬉しかったです、唯は学校での話を全くしてくれなくなってしまったので気になっていたんです、なので白坂先生と話せているだけでも安心できたんです」

「あーそれも放課後になったら俺が無理やり相手をしてもらっているだけで……」

「無理やりやろうとしたら唯は逃げていますよ、だからここまで続いている時点で違うんです」


 なんかいつもはふわふわな母がおかしかった。

 父と隼人も固まってしまっているので気にせずにいられる白坂さんが羨ましかった。

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