ホワイトチョコレート

 茹だるような夏の暮れ、季節外れの雪が降ったその日、君は僕の前に現れた。

 ある朝、目を覚ますと、町は銀白に染まっていた。明確な違和感にも勝る好奇心に駆られ、クローゼットからコートを引っ張り出して、駆け足で家を飛び出す。玄関扉を押し開けた僕を包んだのは、喉を突き刺すほどに鋭い寒気と、積雪を照らす真っ白の朝日だった。

 昂揚感に包まれた僕は、足の赴くまま見慣れた通学路に沿って歩いた。前へ進むほどに残す足跡は深くなり、住宅街を抜けた頃にはスニーカーがすっかり埋もれてしまうくらいだった。柔らかなそれを踏み締めつつ歩き、ふと視線を奪われたのは、ちょうど公園の前を通り過ぎたときだった。

 静謐せいひつに染まる公園の、少し色褪せたブランコに、純白の少女が座っていた。──純白というのは、たとえば彼女の肌や、着ている服、積もった雪の色であったかも知れない。しかしそれ以上に、純白という言葉でしか形容できないような空気を、きっと彼女はまとっていた。

 少女の怪異的な美しさに見惚れていると、こちらの目線に気がついたのか、ブランコから飛び降りてゆっくりと歩み寄ってきた。素足で雪を踏む彼女は、足跡の一つも残さず歩いている。それは宙に浮いているというよりも、まるで彼女が雪そのものであるかのようだった。

 目の前に立ち止まった彼女は、ただ僕を見つめていた。何をするわけでもない様子に、何か声をかけようとして、咄嗟の無意識で口を噤んだ。触れてはいけない、きっとそう思った。一切の根拠も確証もない、それはただ漠然とした恐怖心だった。

 そんな自身の直感に従い、少しあとずさろうとしたときだった。大きく踏み込んで、少女は僕の腕を掴んだ。脊髄反射で振りほどこうとしても、白く華奢な手は縋りついたまま離れない。透き通った氷柱を撫でるような、繊細な手だった。

 言葉は喉の奥につっかえたまま、彼女と見つめあった。羨望のような、哀惜のような、月白色の甘い眼をしている。僕を掴んだ腕は冷たい体温を持ったまま、服に積もる雪のように纏わりついて離れない。

 ふと、少女の身体が融けだしていることに気づいた。それは氷の溶解ではなく、存在が冬の空気に拡散するような──次第に輪郭を失う彼女を引き留めようとするが、季節外れの荊棘にさらされた喉では、もはや息を吸うことは叶わない。静寂に同化していく彼女を、僕はただ見つめていた。

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