第5話
ブーッ、ブーッ…
蒼井探索病院から出て数分後。
コンビニで買った饅頭を頬張っているとポケットの振動を感じてスマホを取り出す。
通知はダンジョニストから来たものだ。
≪
ようやく来た。
今回の孵らずの森では、中層の番人であるボスとそれに追従するモンスターが全て深化していた。
明らかに異常と言えるし、他の番人や環境が安全とは言えない。
ダンジョニストでは既に孵らずの森の推奨レベルを不明に変更し、一時的に封鎖状態にしている。
しかし、このまま放置する訳にもいかないので、調査をしなければならない。
そこで、自分の出番というわけだ。
『異名探索者』とは、単独で五大ギルドの一つと並ぶ戦力を有していると運営に判断された探索者達の総称である。
探索者が持つ二つ名とは本来、その実力と功績を表す為に与えられる物だが、異名は少し違う。
異名は、警戒すべき実力を持つ者に付けられる二つ目の名にして、目印の様なものだ。勿論、ただ目印を付けられる訳ではないが。
異名を与えられるメリットは、ダンジョニストからかなりの自由を許されること。
配信義務の免除に始まり、ダンジョニストが持つ資源、情報、人脈のあらゆる力を活用できるようになる。
デメリットは公の場での行動を制限されること。
他者の目に入る場所や自分の配信上で指定の魔法や武器が禁止されたり、一応存在している二つ名の探索者として収まるレベルの活動までしか許されない。もしもこのルールを破ったり犯罪行為が露呈したりなどすれば、すぐさま他の異名探索者や五大ギルドに殺害や捕獲の命令が下されるだろう。
異名探索者は良くも悪くもそういった扱いをされるほど強力なのだ。
今回のこの調査依頼も、異名探索者は断ろうと思えば断れる。運営としても異名探索者を下手に刺激して味方同士で殺し合わせる様な真似はしたくないからこそ、出来る限りこちらの要望は叶えてくれる。
しかし、ここ最近までは全く仕事をしていなかったし、今回は自分が当事者なのもあって、最初から引き受けるつもりだった。すぐに了解の旨の連絡を送り、孵らずの森へと向かう。
まさか人形師も一緒にとは思ってもいなかったけれど、それだけの緊急事態だと認識しているのだろう。
「とりあえず、待たせない様に早く行かないとな。」
――――――――――
「あ、カナタ~。」
孵らずの森の入口まで行けば、既に到着していたであろう人物がこちらに手を振ってくれる。
緑色系のコートを身にまとっている眼鏡を掛けた青年…
「
「えぇ、今回はカナタと一緒と聞いていたので。」
人形師の翠は、こちらに笑顔でそう言ってきた。
一体自分が居たら何故そうなるのか、については深く問わずに早く本題の方に移る
「ところで、今回の調査依頼には何人連れてきたの?もうダンジョンに入れてる?」
「とりあえずは18人ですかね。まだ上層の確認をさせている状態です。」
「ふーむ…上層の状態は?」
「特に異変は見当たりません。やはり中層から手を加えられてそうですね。」
翠は指を軽く動かしながら返答する。
上層は自分が通った時にも違和感を持たなかったので向こうが調べて見つからないのならきっとないのだろう。
なら、あとの問題は中層以降だ。
深化したモンスターや番人が確認された中層、確認されていない以上異変が起こっていないとは言えない下層。
「なら散らしてる人形たちを集めておいて。万が一を考えて一旦固まって確認しよう。」
「随分と慎重ですね。そんなに要塞蜂は強かったのですか?」
「…そういえば配信は見てないんだっけ。強かったよ。本気でやれば勝てるだろうけど、硬さは通常の非じゃなかったし、アレの攻撃は一発受けたら死ぬ威力だった。」
それを聞いた翠は目を見開く
「そうですか、貴方が…」なんて事を呟きながらも、少し考える様なポーズを取ってからこちらの方に目線を戻す。
「そこまで言うならそうしましょう。私としても人形は1体でも壊れて欲しくないですし。」
上層は既に人形達が片付けていた様で、モンスター達と出会う様子はない。
隣で歩いている翠は表情を動かす事もなく無言のままだが、その指が時々動いているのを見るに人形達はまだ集めている最中なのだろう。
『人形師』
その二つ名が表す通り、コイツは人形を制作しそれでダンジョン探索を行う特殊な探索者だ。
しかし、魔石やモンスター、ダンジョンの素材を用いて人形を制作し、扱う事自体は特別という程ではない。
人形を用いる探索者は他にも『双子人形』だったり、一応存在はしているのだ。珍しいが決して唯一無二ではない。
だが、人形師の異常な所はその人形を扱う数だ。知っているだけでも20体の人形を同時に操り戦闘を行っていた。これは勿論桁違いのレベルである。
闇属性の魔法である【人形の意図】は魔法の糸で自身と物体を繋ぎ、魔力を持つ物体の動きを制御する。
本来は遠くに落ちた武器を拾ったり、矢の軌道を多少変える程度の扱いしか出来ない(以前深化したモンスタービー達との戦闘でも使用した。魔法の糸は映像で視認するのはほぼ不可能なため、あの時に使える最大限の手札だったのだ。)
それを人形1体を操るだけでも相当な努力が必要だというのに、人形師はダンジョンが出てきてまだ2年も経っていない頃から人形を扱う探索者として一部で知られるほどの存在であった。
そして現在では1体だけだったはずの人形も増え、気付けばレギオンの名を付けられるほどの探索者にまでなっていた恐ろしい人間だ。
「それにしても、数ヶ月前から配信しているのは見てましたけれど、こっちにも復帰したんですね。」
「……ん?あぁ、うん。正直まだやる気がある訳じゃないけど。今回に関しては当事者だし、責任感が半分、好奇心が半分かな。」
「別になんであれ構いませんよ。久しぶりに貴方と仕事が出来るのが嬉しいんですから。」
「………」
そう言ってもらえるのは、素直にうれしい。
人形師とは、昔からの仲だ。それもあってこちらの事を気に掛けてくれているのだろう。
3ヵ月前になってやっと探索者として戻ってきて、それまではしばらく普通の人間としての生活を送っていた。とはいえ、お金はあるので働く事もせずにダラダラと過ごしていただけだが。
そんな事もあってか、友人から心配されていたのは申し訳ないと思う気持ちがある反面、こっちの事をよく思ってくれているのがわかって少し嬉しかった。
まぁ、次以降また来るかどうかはその時の気分次第になるだろうが……
「そういえば、ハイゼルボウを使っていましたね。真志部にでも勧められましたか?」
「いや、アリアに売ってもらったんだ。」
「……あの商人に?」
「ダンジョン向け商品をレビューするならMAZILAの商品はおさえるべきって言われて。」
あの時はちょっとびっくりしたな。
つい最近突然うちにまで押しかけてきて様々な商品を売りにきたのでしばらく困惑した。
とはいえ善意でやってくれているのはわかったし、友情価格とだいぶお得な値段で売ってくれたので色々買わせてもらったが。
「…そうなんですか。」
どこか不満そうな気がするが、理由が全くわからないので触れないでおく。
なんやかんやで中層への入口まで到着すれば、既に集められていた人形達が待機していた。
見た覚えがある顔もあるが、全く知らない顔も居る。また新しく作ったのだろうか。
「紹介しましょうか?」
「…移動しながら聞こうかな。」
ダンジョンに入ってからかれこれ1時間半。
新しい人形達の名前を聞きながら一先ずはボスのマグマスライムの元へと向かう。
道中2度接敵したが、深化したモンスター相手とはいえ特に気兼ねなく戦闘出来るので特に苦戦することなく抜ける事が出来た。
「本当に深化してますね……この強さは、一般の推奨レベル帯の探索者が来ていれば間違いなく殺されてますよ。」
「それはそう。本当に巻き込まれたのが俺とギルドだけでよかったよ。」
「…モンスターを全て倒して安全を確保するのには時間が掛かりそうですね……」
そうして辿り着いたマグマスライムが居るはずのエリア。
当然、直近で討伐報告が上がっていないマグマスライムが倒されている訳もなく、広々とした空間の中央にマグマスライムは居た。
番人の姿は普段見ていた姿よりも大きく、本来は生えていないはずの2つのツノがその存在を主張している。
「あれは深化してますねぇ。」
隣で見ていた翠も同じ結論を出す。
この様子であれば、恐らくもう一つの番人…大猿魔もだろう。
「水属性と氷属性は?」
「ネロとアイシーを連れてきてます。あとは大閻魔用にフラムとイグニス、他は補助系や弓、前衛の子です。」
「オッケー。こっちが前に出るから援護は任せた。」
――――――――――
「グ、ゥォォォォォォ……………」
深化したマグマスライムとの戦闘に関してはアッサリと終わった。
別にマグマスライムが要塞蜂より弱かったわけではない。むしろ強かった。
しかし、要塞蜂との戦闘で苦戦した一番の理由は配信活動中で色々と制限されていたからだ。
あの時は制限を無視してでも人命を優先するか悩みもしたが、今は配信もしていないし、運営の人払いによって誰かの目に入る事もない。何の気兼ねも無しに異名探索者が二人、その実力を発揮することが出来るのなら負けるハズがない。
「翠、被害は?」
「前衛のシールの両腕が焼かれました。この子はもう戦闘には参加出来ませんね。他は戦闘に支障が出る程の怪我はしてません。」
とはいえ、流石に無傷とも言えない。
人形達の被害も決して少なくないし、こちらも顔や腕などあちこちに火傷跡を付けられている。
火炎耐性には自信があった方だが、ちょっと掠っただけでこれならまともに受けてしまえば大怪我は免れなかっただろう。
「ほら、回復薬です。しっかり怪我を治してください。」
「いいの?多分それ高級品でしょ。」
「わかってて聞いてますよね。私達にこれは不要です。貴方の為に持ってきたんですよ。」
「…ありがとう。」
「どういたしまして。」
翠から手渡された回復薬を傷に掛ければ少し染みるが、すぐに効果が現れ傷が癒えていく。
一般で売られている様な物は完全に回復するのにかなりの時間を要するが、ここまで即効性があるのなら恐らく蒼井探索病院で売られている最高級品…普通に買うなら家を建てられるレベルだろう。
運営に用意してもらったのか、蒼井先生からまけてもらったのか、普通に買ったのか…どれかはわからないが、そんな貴重品を使わないとはいえ気軽に貰ってしまっていいのか少し考えてしまう。
「貴方が居なければ人形達はもっと被害が出ていました。下手をすればコアを破壊されている子も居たかもしれないんです。これはそれに対する報酬だと思えばいいんですよ。」
「……そんなに顔に出てた?」
「えぇ、凄く。変に後ろめたく感じられる方が困ります。貴方の私の仲じゃないですか。」
半分、呆れも入ってそうなため息と一緒にそう言われてしまう。
少し気恥ずかしくて「たはは…」と笑いながら返事するしか出来なかったが、そんなこちらの態度にもう一度ため息を吐かれてしまう。
「悪かったって。この回復薬の分は、大猿魔でちゃんと働いて返すよ。」
「あぁいえ、大猿魔は私1人でやりますのでカナタは中層のモンスターを片付けておいてください。深化した番人の強さは大体わかりましたし、大猿魔相手なら私1人の方が安定するはずです。」
「あー、それは……そう、か。わかった。」
「では、また後程下層調査の時に会いましょう」と言って翠は大猿魔の方へと向かっていく。
それを見送って、完全に傷が塞がってから体の調子を確かめてから自分の仕事を始める。
どれだけ深化したモンスターが居るかはわからないが…とりあえず地道に片付けていこう。
――――――――――
探索開始から4時間が経っただろうか。
かれこれ1時間以上狩りを続けた結果深化したモンスターの出現も減ってきた。しばらくすれば通常のモンスター達が生まれ始めるだろう。
この調子で行けば、万が一の深化存在との遭遇に備えて推奨レベルを少し高めに設定しておけばまた解放出来るだろう。
そうこうしていれば、人形師の方からも連絡が来る。
『こっちは終わったよ、そっちはどう?』
どうやら大猿魔も無事に倒せたようだ。
メッセージ的に大した被害もなさそうで一安心しながら返信する。
『だいぶ片付いた。下層の調査が終わったら終わりで良いと思う。』
『りょうかい。じゃあ待ってるから』
スマホをしまい、翠が居る大猿魔のエリアの方へと向かう。
特に道中も何かある訳でもなく、問題なく下層へ続く階段付近で休憩する翠と合流する。
「何体ぐらい倒しました?」
「モンスタービーが70、猿鬼が40、ファイアスライムが3ぐらいだったはず。」
「結構倒しましたね。」
「そっちの被害は?」
「イグニスとネロとアミーが戦闘不能になったぐらいで、他は大丈夫です。多めに連れてきていたのとマグマスライムとの戦闘で消耗が少なかった事が功を奏しましたね。」
そういい、チラリと横に居る腕や足が壊れてしまっている人形達の方に目を向ける。
中には顔が吹き飛んでいる子も居るが、これでコアさえ壊れていなければ修復可能だというのだから驚きだ。
「下層に行けるだけの余力は残ってる?」
「えぇ、まだ13人は自由に動かせますからね。もしも下層の番人も深化していれば流石に無理ですが、それ以外ならなんとでもなります。」
「……なんか、やる気あるな。普段じゃそこまで動かないはずなのに。」
いつも「人形を壊したくないから私以外でも出来る仕事はしない」と言い、他の異名持ちに仕事が回される事が多かったのを憶えている。なんなら自分も昔は人形師が断った仕事を何回か回された記憶がある。
ただ運営としても異名探索者に回される様な仕事は大体人形師が一番向いているという事もあってか毎回確認されたりしていたが……
「……まぁ、今回ばかりは必要そうな仕事でしたので。」
なんとなくの疑問だったが、普通に答えられた事も本人が必要だと考える程の仕事だと認識している事にも驚いた。
確かに単独ではダンジョンの安全を確保するのにはかなりの時間が掛かるだろうが、決して私一人でも出来ない内容ではない。というか、他の異名持ちを呼べば恐らく時間もどうにかなる。
それでも人形師が仕事を受けたという事は、また別の理由という事になる。
「運営側でなにか問題でも?」
「別にダンジョニスト運営内で何か起こった訳ではありませんよ。」
「ただ、今回は明らかに故意に引き起こされたものだとわかります。モンスター達が突然深化したのではなく、誰かの手によって深化させられた。」
「…そりゃまぁ、そうだとは思うけど。仮に特異犯罪者の犯行だと考えられても人形師が必要だとは思わないでしょ。」
「ただ、孵らずの森に入っていった者で怪しい人間は記録映像に一切映りませんでした。」
「このことから運営は今回の事件について、五大ギルドの所属、もしくは異名探索者の誰かが『蠱毒』を手引きして引き起こした物だと考えています」
その言葉に、少し困惑する。
蠱毒…犯罪を行った探索者で特に危険視されている存在である『特異犯罪者』の一人。
確かに、アレはまだ何処に居るかもわからない状態だが、アイツと協力して行動を起こした奴が…五大ギルドか異名持ちの誰かの中に居ると。
「それはまぁ……なるほど。わざわざお前が来てくれるわけだ。」
ダンジョンに入った人間に怪しい奴は居ない。
つまり、ダンジョンに基本一つしかない入口以外から入った可能性が高い。
だから疑いを掛けられているのは全員運営から魔道具の『転送石』を借りられる者達。
その中でも最近異名探索者として活動しなかった私と、基本仕事を拒否していた人形師。
この2人はそもそも転送石に近付く機会がなかったから容疑から外されたわけだ。
「そういう事です。それで、貴方に五大ギルドの調査依頼を要請したいとリュウセイさんが言っていました。」
「…俺が?」
「私が調査しに行っても向こうに警戒されるだけですからね。カナタの方が適任だと思いますけど。」
「いや~……まぁ………」
向こうが言っている事はわかる。
基本人と関わらない人形師が行くよりも何度か話した事のあるこちらが行った方が良いのはそうだろう。
しかし、受けたのは今回だけで、これ以降はまた一度休みを貰うつもりだった。
とはいえ…これを断れば、裏切り者の特定が遅れてしまう。
また今回の様な事をされてしまった場合、次こそ犠牲者が出るだろう。
「……ぁー、わかった。やる。」
そんな危機的状況で自分だけ何もせずに居る訳にも行かないと思い、渋々ではあるものの受ける事にする。
あまり気は進まないが、仕方ないだろう。
そんなこちらの反応を見ながら「お疲れ様です」と言いながら翠は
「それでは、引き受けてくれた事については私が伝えておきますので。そろそろ下層の調査に移りますか。」
といって立ち上がり、人形達を動かす。
「報酬はしっかりカナタの要望に合わせて多めに出すように言っておきますからね。」
「ははは、ありがとな。」
別にお金や何か欲しい物があるわけでもないけど、人形師からのやさしさには笑ってお礼を言う。
その後、下層の調査を行った結果、下層のモンスターが異常に減っている事から中層のモンスター達を深化させた魔石の元はここだろうという結論を出し、報告は翠に任せて帰った。
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