第45話


「なんとか奴に致命傷を、クソっ」


 銃剣を見下ろして、俺は悪態をついた。


 今の破壊光線の余波で、銃剣の高周波ブレードが機能を停止していた。プラズマブレードも動かない。


 アビリティは無意味。軍隊格闘は効かない。銃剣は壊れた。

 ギガントとの戦力差に、俺は攻めあぐねてしまう。


 そこへ、思わぬ攻撃が横やりを入れてきた。


 ギガントの側面に、荷電粒子砲と榴弾砲が殺到した。

 炸裂する重火力に続けて、プラズマ弾と、大口径のレールガンの弾が直撃して、ギガントの注意が逸れる。


「守人! 助太刀に来たよ!」

「三手に分かれて、教官をまいて来たわ」

「守人、援護は任せて! わたしの専用機は、そのための機体なんだから!」


 客席の南口、北口、それに東口に、専用機を装備した奏美たちが立っていた。


「三人とも危険だ! すぐ逃げろ!」

「危険て、アンタ誰に言ってるんだよ!」


 ギガントが左腕の砲身を狩奈に向けた途端、彼女の姿が十一人に分身した。

 それも、まったく別々の場所に現れ、ギガントは砲口を迷わせた。


「私の未来視なら、こんなデカブツの動きなんて簡単に読めるわ!」


 叫んで、明恋は六基のビットを操り、プラズマ弾を撃ち続け、ギガントを牽制した。


「守人! 受け取って!」


 ギガントの注意が逸れている間に、奏美は、腕と一体化させるタイプの、砲身が短い荷電粒子砲を放り投げてきた。


「それを腕に連結させて、アカツキの臨界出力で撃って! アカツキの出力なら、ギガントの守りも破れるはずだよ!」


「そいつはありがたい!」

「あと、わたしのレイメイの能力で守人のアカツキのエネルギーを――」

「奏美!」


 奏美の言葉を遮ったのは、未来視アビリティを持つ明恋だった。

 ギガントの腕が奏美へ向いて、プラズマキャノンの砲口が光を帯びた。

 俺のアシストは間に合わない。


 奏美自身も、俺を援護することに気を取られて、回避が間に合わない。


 かろうじてプラズマシールドは張るも、どれほど防げるかわからない。

 身も凍るような恐怖感に、俺の心臓がすくんだ瞬間、しかし助けは現れた。

 明恋の呼びかけに反応し、脊髄反射で動いたのは、狩奈だった。


 狩奈はブースターで奏美の元へ飛びながら、奏美の前面にプラズマシールドを張る。


 二重のプラズマシールドが巨大なキャノン砲の光弾を防ぎ、進行をコンマ一秒遅らせた。


 その隙に、狩奈は奏美を守るように抱きかかえ、光弾の余波を背中で防いだ。

 痛みに顔を歪める狩奈に、奏美は目を丸くした。


「ありがとう狩奈。でも、どうして?」


 確かに、高飛車な狩奈らしからぬ行動だ。けど、彼女は眉をひそめた。


「は? 同校生が撃たれそうになったら普通助けるだろ?」


 狩奈のノブレスオブリージュ――高貴なる者の義務――に感謝し、彼女のことを見直しながら、俺は自嘲気味に笑った。


 俺の人間性を見抜く目も、まだまだだ。

 それにこれで、俺は死んででも狩奈を守りたくなった。

 三人を助けたい一心で、俺はギガントへ肉迫する。


「大丈夫だ奏美、アカツキのエネルギーなら、まだそれなりに残っている。ギガントの装甲に張り付いて、零距離から臨界出力を叩き込んでやるよ!」

「■■■■■■■■■■■■」


 ギガントは、全身に無数の傷を刻みながらも、なおも殺意を漲らせるように駆動音を剥き出しにした。


 俺の気分はギガントマキア、神話の巨人狩りだった。


 ギガントは、俺を遠ざけようと両腕のキャノン砲を撃ちながら、威嚇を続ける。

俺は空中を走りながら、光弾を巧みに避け、ギガントとの距離を詰めていった。


 ギガントが、手首からプラズマブレードを形成して、右ストレートを繰り出した。

 腰の入ったいい拳に、俺は必勝の機を見出し、加速した。


 耳に、奏美たちの悲鳴が聞こえるも、俺は冷静だった。

 眼前に迫るプラズマブレード目掛けて、プラズマシールドを三枚、重ねて張った。


「シールドの多重展開!?」


 明恋が驚愕の声をあげた。

 誰かから教わったわけじゃない。

 狩奈と奏美のシールドが重なるのを見て、真似ただけだ。

 予想外の抵抗力に、ギガントのブレードは動きがコンマ一秒止まった。


 その隙に体をひねり、ブレードを紙一重で避けて、俺は装甲をギガントの右腕に擦るようにして、敵の死角、右わき腹へと潜り込んだ。


 ――しまった!


 ギガントのブレードにかすめたブースターが壊れた。体勢が崩れて、荷電粒子砲の砲口を、ギガントに合わせられない。


 だが、俺が奥歯を噛みしめた刹那、奏美の精神と繋がったのがわかる。あの温かい感覚が、頭の中に流れ込んできた。


 まだ、ブースターによる飛行に慣れていない俺だけど、ブースターの出力と角度が微調整されて、態勢が立て直る。


 頭の中に、奏美の頼もしい声が響いた。


「守人! やっちゃえ!」

「感謝するぜ、奏美ぃ!」


 ギガントの右わき腹に荷電粒子砲の砲口を添え、アカツキの特殊機能を起動させた。


 限界出力を超え、ブレイルの全エネルギーを一度に使い切る必殺奥義、【臨界出力】。


 ジェネレータがフル稼働する。バッテリーの内臓エネルギーを、根こそぎ荷電粒子砲に注ぎ込む。右手に構えた砲身が励起して、神々しいほどの光を放った。


「喰らえ!」

「■■■■■■■■■■■■■■」


 俺が引き金を引く刹那、ギガントが、あらぬ敏捷性でクイックバックブーストを展開。瞬間的に俺と距離を取った。


 それでも、俺は素早く砲口をスライドさせて、ギガントを射程から逃さない。


 けれど、ギガントは巨大なプラズマの障壁を構築してきた。盾どころか、まるで城壁だ。


 プラズマシールドは、ブレイルにもこのアリーナにも搭載されている機能だ。

 専用機対策として建造されたギガントについていないわけがない。

 けれど、もう荷電粒子砲は止められない。

 後は、アカツキの臨界出力を信じるのみだった。


 勝利の戦女神に祈りを捧げながら、俺は右手に連結した荷電粒子砲に左手を添えて、全身で反動に備えた。


 奏美が託してくれた荷電粒子砲は、光の激流を迸らせながら吼えた。


 俺の家族を、仲間を脅かす悪へ抗うように、破滅の光はギガントのプラズマウォールに激突して、轟音を打ち鳴らす。


 ギガントの防御力と、俺の攻撃力は完全に拮抗していた。


 それでも、プラズマウォールにヒビが入り、僅かな希望が見えた。なのに、その直後、アカツキのエネルギー残量がゼロに近づいた。


 それは同時に、奏美たちの命運の残量でもあった。

 勢いを失っていく光に、俺は歯噛みした。


「くっ、このままじゃ、エネルギーが足りない。あいつの壁を破れない!」


 ――この時代でも……俺は守れないのか……。


 そんな予感に背筋が冷たくなった時、折れそうな心を支えてくれる、優しくも力強い声が響いた。


「まだだよ! 守人!」


 背後から降りかかってきた声の主は、俺の右隣に並ぶと、俺の右腕を抱きしめ、両手を俺の手に重ねてくれた。


「わたしのエネルギー、全部持っていって!」


 奏美のレイメイから、俺のアカツキにエネルギーが流れ込んでくる。


 視界に映るエネルギーメーターが、一気に一〇〇パーセントへと回復していく。それに伴い、荷電粒子砲から噴き出す光の激流もその勢いを増して、眩い光で俺の視界を照らしてくれる。


 奏美の声と存在に勇気と希望を貰いながら、俺らは二人で砲身を支えた。


「奏美、お前は最高の家族だよ!」

「うん! 大好きだよ! 守人!」


 俺らの気持ちの昂りとシンクロするように、光の激流はさらに勢いを増して、プラズマウォールにヒビを入れる。


 そして次の瞬間、プラズマウォールは粉々に砕け散り、破滅の光は、邪悪な鋼の巨人の胸板を貫通した。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 断末魔のようなけたたましい破砕音と共に、ギガントは粉々に崩れ去り、アリーナに金属の雨を降らせた。


 唯一、原形をとどめた下半身が、倒壊するビルのようにゆっくりと傾き、地面に倒れた。


 それから、俺は奏美に肩を貸してもらいながら、ゆっくりと地面に降り立った。

 龍崎教官から、通信が入った。


『中佐殿、ご無事ですか?』


「ああ。目標は破壊した。学園の被害状況は?」


『はい、死傷者はゼロです。他の地域へ投下された兵器も、全て国内の防衛軍により殲滅されました。街には被害が出ましたが、死傷者は確認できません。中佐殿、我々の完全勝利です』


 死傷者ゼロ。その言葉が甘く、俺の胸に染みわたり、かつてない充足感で涙が滲んだ。


「そうか。それはよかった……」


 万感の思いを噛みしめながら、俺は奏美を見下ろした。

 奏美は優しく、包容力に富んだ笑みで俺を見上げ、そっと抱き着いてくれた。


「守人、わたし、一緒に戦えるかな?」

「当たり前だろ。お前は、俺の家族で、仲間なんだからさ」


 自然にふきこぼれる笑みを彼女に返してから、俺は新たな呼び声に顔を上げた。

 客席から、明恋と狩奈が、笑顔で手を振りながら、こちらへ飛んでくるところだった。


 俺と奏美は、彼女らに手を振り応えた。

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