第46話 エピローグ

 千年前。

 敵と味方と民間人の血肉に赤く染まった視界で、俺は生まれて初めて空の青さを学んだ。


 この世で一番綺麗な青に、涙が止められなかった。

 生まれてきてごめんなさい。

 守れなくてごめんなさい。

 無力でごめんなさい。

 俺は自分の過去と今が、際限なく恥ずかしかった。


   ◆


 ギガントを討った翌日の朝。

俺は、街のとある公園にそびえたつ、一基の記念碑に献花していた。


 第三次世界大戦で戦い死んだ兵士たちを悼む大慰霊碑には、前線で戦い散った全部隊名が刻まれている。


 そこには、俺の所属していた【特殊作戦群第十一小隊】の名前もあった。


「墓地じゃなくて慰霊碑だけど、千年ぶりだな、でいいのかな?」


 石造りのソレは六月の太陽光をいっぱいに浴びて、右手で触れると温かった。

 その温もりが、みんなの体温を克明に思い出させてくれる。


 悲しみよりも、懐かしさが先立つ。


 別れの辛さよりも、再会の喜びが先立つ。

 心に刻まれたアルバムがフィルムとなって、思い出が動画として鮮明に蘇るようだった。


「第十一小隊は、まだ散ってなんかいない。まだ、俺がここにいる。だから、まだ俺らは負けていない」


 心穏やかに、晴れやかな気分で、俺は慰霊碑から右手を離して、鋭く敬礼の形を取った。


「日本自衛軍、元特殊作戦群第十一小隊、皆神守人中佐は、これより新たな任務に就く。だから……お前らはそこで俺の奮戦を見守ってくれ」


 敬礼する右手を下ろして、踵を返すと、空の青さに顔を上げた。

 千年経っても、空の青さは変わらず、この世界の何よりも美しい青だった。


   ◆


 学園に戻った俺は、戦闘訓練の時間に、また、訓練場でみんなの前に立っていた。

 いつも通り、みんなに古武術と銃剣術を教えるためだが……。


「俺の出兵が延期って、どういうことだ?」


 俺の問いかけに、龍崎教官は申し訳なさそうに声のトーンを落とした。


「お詫びの言葉もありません。先日の試合を見た上層部が、中佐殿の軍隊格闘術と銃剣術、それにプラズマシールドを足場にした戦い方を高く評価しておりまして。中佐殿にはしばらくの間、特別教官として指導に当たって頂きたいとの通達がありまして」

「それで一組の生徒までいるのか」


 学園側は、一度に教える人数を増やして、多くの生徒に俺の技術を学ばせる気だろう。


 狩奈のいる一組を一瞥してから、俺はあごをなでた。


「まぁ、そのほうが戦力強化にはなるか」


 それがゆくゆくは多くの人々を救うことになるなら、断る理由はない。


「ところで教官。奏美はどうしたんだ?」

みんなの中に混じって立つ奏美は、真っ赤な顔を両手で押さえて、静かにうつむいている。


「昨日、勢いで俺に好きって言ったのを気にしているんだよ。『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』とか縁起悪いから、戦争が終わるまでは誰とも付き合う気ないんだけどな」


「ていうか守人のことは基本、全員好きなんだから恥ずかしがることないんじゃないのか?」


 狩奈が指摘すると、明恋が声を張り上げた。


「わた、私は別に好きとかそういう感情は……ちょっとしかないんだから!」


 ――ちょっとあるんだ。


 女子たちが、温かいまなざしで明恋のことを見つめた。

 この時代の女子はいい子ぞろいだなぁ、と心が和んだ。


 そこへ、奏美がもじもじと歩み寄ってきた。


 赤い顔をわずかに上げて、指の間からつぶらな瞳をのぞかせながら、上目づかいに尋ねてくる。


「ねぇ、守人は、わたしのこと……好き?」


 胸の奥にキュンとくる可愛さに、俺は信条を曲げて、つい笑顔で頷いてしまった。


「あぁ、大好きだぞ」


 俺が穏やかな声を返すと、奏美は息を呑んで固まった。


 それから、奏美は顔から手を離すと、俺の胴体に腕を回して、自分の体温を刻み付けるように、全力で抱き着いて来た。


「えへへ、守人、これからも、ずっと一緒だよ」


 この笑顔を守るために戦おう。今も、この先もずっと。

 そう思うと、俺は、自分の今と未来が、際限なく誇らしかった。


「ちっ、第一夫人は取られたか。まぁ順番なんてどうでもいいか。最後に勝つのはアタシだからな。じゃあ守人、アタシ第二婦人で。明恋は第三夫人でいいか?」

「だから私はそういうつもりじゃ、そりゃ、守人がどうしてもって言うなら応えてもいいけど!」


 狩奈と明恋の言葉を皮切りに、女子たちがキャーキャー盛り上がり始める。

 なんだろう、何か話が変だぞ?


「教官、これはどういうことだ?」


 龍崎教官は、息を荒くしながら、緊張した声で尋ねてくる。


「あの、中佐殿は、年上は駄目でしょうか……」

「いや教官までどうした急に?」


 俺に抱き着く奏美が、くるんと顔を上げて、きょとんと、思い出したように言った。


「あ、そういえば千年前って一夫一婦制だっけ? 男が絶滅してから、複婚になったんだよ。わたしのお母さんは二人組だけど、他の子の親は三人四人も珍しくないよ」

「…………え?」


 視線を女子たちへ投げると、みんな怪しげな表情をしていて、完全に発情していた。


「守人くん、とりあえず、ここにいる全員と付き合おうか!」

「そうそうとりあえずお試しってことで!」

「守人くんならきっと何十人相手でもイケるよ!」


 身の危険すら感じる状況と犯罪臭に、俺は渋い顔をした。

 確かに、この時代の子らはみんな可愛い上に性格もいい子揃いだけど、男性フェロモンにあてられているのは明らかで、正直あまり嬉しくない。


 と、思っていたのも束の間。淡い欲求が、俺の中に走った。


 ――ああ、そうか。


 なんだかんだで、俺はこの時代に来てから、一か月近く経っている。


 その間に、俺は奏美だけでなく、明恋や狩奈、そしてみんなの人となりに触れてきた。


 俺は知っている。彼女たちが明るくて優しい女の子であることを、そして、ツンとしている明恋を仲間外れにしないで、むしろ愛でる度量の持ち主であることを。


 そうして、彼女たちもまた、俺と接して俺の内面を知り、昨日は学園を守るために戦う俺を見ている。


 もう、俺らは内面を知り合った仲なのだ。なら、彼女たちの恋心は、正当なものだ。ハーレムの主になる気はないものの、自然と湧き出る欲求を止めるのは難しい。


 俺の今と未来が誇らしいものになるか、恥ずかしいものになるか。それは、俺次第だと、覚悟を決めた。


★本作は2012年にMF文庫Jから発売したデビュー作、【忘却の軍神と装甲戦姫】と同じ現代少年兵が1000年冷凍睡眠したら女子しかいない世界でパワードスーツに乗って戦うという設定で書いています。

20代の鏡銀鉢VS30代の鏡銀鉢ですね。前作を読んでいる人は比べてみてください。

前作のほうが面白かった、鏡銀鉢劣化したなと思ったら笑ってくださいwww


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令和アンラッキーボーイ、目が覚めたら女しかいない世界が戦争しています! 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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