第44話
奏美の言う通り、バトルフィールドで俺と対峙するそれは、漆黒の装甲をまとう、人型巨大ロボだった。
全男子憧れのマトを前にしても、それが敵となると、少しも喜べなかった。
「教官。こいつのスペックはわかるか?」
『はい。それは各国が日本の専用機対策に建造した自立兵器、ギガントです。全高約二〇メートル、質量約一〇〇トン。アダマントによるアビリティこそありませんが、反粒子ジェネレータによる圧倒的なパワーとスピード、質量と防御力による基本性能は、専用機の比ではありません』
「反粒子って一グラムで九〇兆ジュールのエネルギーを持つ反面、生成には馬鹿みたいな金がかかるんじゃないのか?」
『昔ほどの費用は掛かりませんが、建造費用で小国が傾くと言われています。しかし、日本は全世界から宣戦布告されています。一国当たりの負担額は抑えられるでしょう』
「あらためて思うけど、全世界から同時に宣戦布告されるのって、酷い虐めだよな」
『中佐殿、そのサイズの相手に、軍隊格闘は通じません。無生物相手ではアビリティの生類憐み道も意味はありませんし、アカツキは弾道ミサイル迎撃のためにエネルギーを消耗し、限界出力も使えないはずです。撤退の準備を』
『危ないよ守人! すぐ逃げて!』
『そいつには貴方の強みが何も通じないわ! 今そっちに行くわ』
『火力でゴリ押しできる分、アタシのビャクヤほうがまだ戦える。相性を考えろ!』
奏美、明恋、狩奈が、立て続けに俺へ撤退を求めてくる。
危険なのは自分らも同じだろうに、人の心配ばかりだな。
だからこそ、俺の闘争心はますます高まった。
こいつが専用機対策として作られた兵器なら、専用機持ちでまだ学生の奏美たちを戦わせるのは危険すぎる。
同じ専用機でも、戦場経験のある俺のほうが、遥かに安全だ。
「大丈夫だ。心配するな。なにがなんでも俺がなんとかする。それより奏美、この時代のボクシングの階級制、ヘビー級は体重何キロ以上だ?」
『え? 七〇キロ以上だけど』
「そうか、俺は七〇キロだから階級は同じ、タイマン上等だな」
『計算がおかしいよ!』
奏美を安心させるためのジョークを挟んでから、俺は一方的に通信を切った。
その瞬間、俺の中から最低限の甘さが消えた。
敵がいるなら、そこは戦場だ。
全身の血液が、燃えるように熱い。神経が焼き切れそうな程に加熱していく。
急速に頭が冷えて、火傷しそうなほど冷却される感覚と同時に、胸の奥がマグマのように熱く、紅蓮の闘志に燃えていくのがわかる。
自分でもわかる。俺はいま、千年ぶりに殺意を覚えていた。
「弾道ミサイル落として殲滅部隊を送り込んで、その理由が資源を奪うためって……そこまでして恨みを買いたいなら買ってやるよ。俺の銃剣でなぁ!」
ギガントは両手を突き出して、前腕の外側に装備されているプラズマキャノンを放ってきた。
俺は、カカトで地面を蹴りながら、フロントブーストで瞬間的に避けながら、ギガントの股下をくぐった。
通り過ぎざまに、音速の斬撃で、スネを切り刻んでおく。
高周波ブレードの閃きが、ギガントの装甲に火花を散らし、斬撃の軌跡を刻み込む。
ギガントの装甲は推定三センチ。プラズマアーマーを考慮しても、俺の銃剣術なら装甲を破るのに苦労はない。
けれど、その内部に密集している人工筋肉、おそらくはカーボンナノチューブ製であろうソレが、刃を阻んだ。
とてもではないが、内部の配線や骨格フレーム、重要なパーツには届かない。
さながら、筋肉の鎧に守られたボディビル出身の巨人レスラーだな。
「■■■■■■■■■■■■■■■■」
唸り声のように駆動音を上げながら、ギガントは質量を感じさせない俊敏さで振り返った。両手首からプラズマブレードが生えて、ブーストタックル気味に襲い掛かってくる。
極大の振り上げや薙ぎ払いを紙一重で避け、衝撃波に肝を冷やしながら、俺は頭を動かす。
――さて、どうするか。
この体格差では、関節技や投げ技は無理だし、機械相手に締め技は効かない。
ギガントの切り上げを避けながら、ついでに指を一本切断してやった。
だが、こんなことをしても何にもならない。
一撃でも喰らえば、こっちはお陀仏。なのに向こうはクリーンヒットをいくら喰らってもピンピンしている。あまりにも理不尽な戦いに、奥歯を軽く噛みしめた。
ギガントは、フェザー級ボクサーも真っ青の高速ラッシュで、地面を駆け回る俺を潰しにかかる。
歩法とブーストモーションでなんとか避け続けるも、まるで爆撃の隙間を縫っているような気分に冷や汗が出た。
お返しに、ギガントの攻撃が空ぶった直後、顔面を狙撃してみるが、効果はないらしい。
ならばと、思い切って両肩のミサイルランチャーから、ミサイルをまとめて発射した。
ギガントは巨体に似合わない機敏さで両腕をクロスさせて、ミサイルの攻撃を防ぐ。
だが、それは織り込み済みだ。
俺は空中にシールドの足場を張り、目くらましの爆煙の中、顔面へと駆け上がった。
「破ぁっ!」
フルフェイスのヘルムを彷彿とさせるギガントの顔面を、横一文字に斬りつけた。
強い抵抗感に抗いながら銃剣を振り抜くも、装甲は貫けなかった。
顔には、特別な装甲を施しているらしい。
「■■■■■■■■■■■■」
ギガントは、体にまとわりつく矮小な虫を払うように、激しく体をゆすって暴れ回った。一方で、俺は空を駆けまわりながら、ギガントの肩を、胸板を、腹を、腰を次々斬りつけていく。
それでも、ギガントは止まらない。
装甲越しに人工筋肉の一部を切断してやることで、ある程度、動きは鈍るも、致命傷には至らない。
装甲の切れ目に向かって、肩のミサイルランチャーを撃ち込んでみるも、効果は薄い。
やがて、俺相手に接近戦では埒が明かないと判断したのか、ギガントはバックブーストで距離を取りながら、肩の兵装を解放した。
真上に突き出す砲身が九〇度倒れて、砲口の奥に光が集まっていく。
次の瞬間、砲口からは、破壊光線が、無数に枝分かれるようにして放たれた。
一瞬で大気を焦がすような極熱が、熱膨張による衝撃波を伴いながら、客席や俺のいるバトルフィールドを粉砕していく。
着弾点は巨大な爆発を起こしながら、周囲が飴のように溶け、見る影もない。
たったの一撃で、アリーナはまるで爆撃を受けたようなありさまだった。
こんなものを喰らえば、即死は免れないだろう。
小国が傾く建造費用は伊達じゃないっていうことか。
「なんとか奴に致命傷を、クソっ」
銃剣を見下ろして、俺は悪態をついた。
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