第43話


「やっと、お前の力を使えるなアカツキ、お前の性能、俺に見せてくれ!」


 アカツキはなおも加速し、音の壁を遥か過去へと置き去りにしながら、俺を宇宙へ続く中間圏へと運んでいく。


 青い空の奥が黒味を帯び始めた頃、ブレイルのレーダーと俺の直感が、同時に弾道ミサイルを捉えた。


 音速の数十倍で飛んでくる弾道ミサイルの軌道を、レーダーは正確には計算できない。


 だが、俺の直感は告げていた。

 感覚でわかる。俺らに迫るアレは、三秒後に、この軌道を通る。


 もはや言葉では説明できない。理屈を超えた先にある、戦場で生きた兵士の本能だけが教えてくれる。予言能力にも近い研ぎ澄まされた超感覚で、俺は確信を以って挑んだ。


 銃剣に取り付けたプラズマブレードの出力を最大に設定して起動させると、銃剣の先端から、全長五メートルのプラズマソードが形成された。


 それを横薙ぎの態勢に構えて、俺は視力で弾道ミサイルを捉えた。


 円筒状の白い災厄は、俺の時代と変わらないデザインで、だからこそ、ドス黒い実感を伴って俺の闘争心を煽った。


 千年前、アレが俺らの国を戦争へ巻き込んだ。アレが無ければ、戦友たちは死なずに済んだかもしれない。


 前方のミサイルと千年前のミサイルは別物だが、弾道ミサイルという民間人を狙った兵器に、俺は怒りと憎しみで全身の血が加熱されていくのを感じた。


 この時代に来て、初めての怒りを刃に乗せて、俺は叫んだ。


「そう何度も、俺の国に落とさせるかよ! 俺はもうただの中学生じゃない。テメェの好き勝手にはさせねぇよ!」


 俺の集中力が限界を超えた途端、背景の雲が、ゆっくりと流れる。

 武の達人が必殺の瞬間に見る、ゾーンのようなものだ。


 何百倍にも引き延ばされる時間の中でもなお、弾道ミサイルは超高速で接近してくる。


 まさに、音速を超えた、魔速の災厄だ。

 弾道ミサイルの軌道上に差し込んだプラズマブレードと、弾頭が触れ合う。


 俺と弾道ミサイルが交錯する瞬間、凄まじい衝撃と圧力が、手の平を通じて腕に、そして全身を貫いた。


 それでも、その暴虐に耐えられたのは、出力特化型のアカツキならではだろう。

 俺は千年越しの感情を込めて、肺の空気を全てくれてやるつもりで叫んだ。


「いっけぇえええええええええええええええええええええ!!」


 弾道ミサイルとすれ違い、背後で紅蓮の爆炎が球状に広がっていく。

 けれど、音速を遥かに超える俺は、爆発の衝撃波すらも置き去りにして、俗に宇宙と呼ばれる場所へ到達した。


 宇宙でも問題なく呼吸ができる、ブレイルの搭乗者保護機能を堪能する。

 アカツキを待機出力へ落とし、消費したバッテリーを貯めながら、地上と通信を取った。


「教官、目標を撃破した。これより帰投する」

『さ、流石です中佐殿。まさか、弾道ミサイルを直接落とせる人間がいるとは……感服致しました』

「いや、俺より前の時代だと普通だったみたいだぞ」


 緊急事態とはいえ、さっき怒鳴ってしまったので、優しく説明する。


『そういえば、そうでしたね』


 流石は教官、軍事史にも精通しているらしい。

 迎撃ミサイルが発達するより前の時代。昭和の頃は、ミサイルは戦闘機に乗って直接撃墜しに行くのが常識だった。


 俺がやったのは、その真似に過ぎない。

 地球へ向かいながら、ふと、奏美のことを思い出した。

 緊急事態だったから、彼女に何も言わずに出撃してしまった。

 可愛く怒り、ご機嫌を損ねる奏美を想像しながら、俺は含み笑いを漏らした。

 新たな悪寒がしたのは、その瞬間だった。


 まだ終わっていない。

 俺の感覚は、第二波の存在を感じ取り、体を方向転換させた。


 再び限界出力でプラズマブレードを最大サイズにして、二発目の弾道ミサイルへブースターを展開する。


 交差する瞬間、ミサイルの装甲にブレードを突き立て、通り過ぎる。

 超高熱のプラズマの刃は、ミサイルの装甲にオレンジ色のラインを残し、振り切った。


 なのに、ミサイルは爆発しなかった。


「火薬じゃない!? なら、あれは……マズイ!」


 俺は、すぐさま、第二次世界大戦の話を思い出した。


「教官! 地上に殲滅部隊が向かっている!」


 ミサイルを追いながら、俺は状況を説明した。


『殲滅部隊? それは弾道ミサイルではないのですか?』


「ああ。プラズマブレードで斬りつけても爆発しない。きっと、弾道ミサイルを落として街を破壊してから殲滅部隊を投入して、生き残った民間人を殺す気だ。広島に落ちた原爆の時とおんなじだ!」


『今の話を関係各所に通達しました。ミサイルでないなら、国内の防衛部隊で対処できます。各地の基地から、ブレイルを装備した兵が順次、出撃しています』


 龍崎教官が言い終えると、地上へ向かうミサイルは複数のパーツに分裂した。

 その中から、多種多様な戦闘兵器が次々解き放たれ、東京中に散っていく。


 そして、スサノオ学園に向かうカプセルの装甲が段階的に外れて、格納している兵器の正体を明るみにしていくと、俺は目を疑った。


 いくら未来だからと言って、まさか本当に作るとは思っていなかった。

 敵国は、将来の軍を担う人材をどうしても減らしたいらしい。


 俺は、敵機を追いながらソレに銃剣で射撃をしかけるも、分厚いプラズマシールドに阻まれてしまい、効果は薄かった。


 十数秒後。

 俺とソレは、ほぼ同時に、アリーナのバトルフィールドへと戻ってきた。

 誰もいない、閑散としたアリーナで、奏美からの通信が入った。


『守人! 無事だったんだね!』

「心配させて悪かったな奏美。いまはシェルターか?」

『うん。みんなもいるよ。教官、守人の援護に行かせてください。遠隔エネルギー供給ができるわたしのレイメイなら、守人の援護に向いています』


 奏美は語気を強めて、龍崎教官に願い出る。

 でも、俺はそれを断った。


「いや、こっちは一人でいい」

『一人でいいって、守人、相手は、【巨大ロボ】だよ!』


 奏美の言う通り、バトルフィールドで俺と対峙するそれは、漆黒の装甲をまとう、人型巨大ロボだった。


 全男子憧れのマトを前にしても、それが敵となると、少しも喜べなかった。

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