第35話
「それ必殺技だよね! 絶対に必殺技だよね!」
「そうかな?」
奏美にツッコまれると楽しくて、だんだん興が乗ってくる。俺の悪い癖だ。
「それから達人にもピンキリあるんだけど、一応は達人て呼ばれる人がみんな使える【調和】についても説明しとくな」
「調和? 中佐殿、それはなんでしょうか?」
やや離れた場所に立つ龍崎教官が、真面目な顔で尋ねてきた。
「自身との調和。相手との調和。空間との調和。戦場との調和。宇宙との調和だ。人間は動きのイメージと現実の動きにズレがある。これはボディコントロール能力が低いからだ。自身との調和ができれば、肉体を一〇〇パーセント、一ミクロン単位一万分の一秒単位の精度で動かせる。全関節の最大速度と攻撃がヒットする瞬間を重ねるなんて簡単だ」
俺は全身の関節を同時に動かしながらも、徐々に脱力していく。
加速しながらも空気抵抗は減り、烈風が静まっていく。
「相手との調和は、相手の動きを先読みすること。恋芽との試合で見せた、事実上の未来視だ。相手の意を肌で感じ取る。極めれば、相手が動いてから動くカウンターの【後の先】、相手と同時に動く【対の先】、相手より先に動いて攻撃を潰す【先の先】が可能となる」
さらに加速するも烈風は止み、風切り音も鳴りを潜め、女子たちが違和感に囁き始める。
「空間と調和すると、空気を通して周囲の状況がわかる。これができると死角からの攻撃も防げるようになる。そして戦場と調和すると、遥か遠くから狙う狙撃や、流れ弾にも反応できるようになる。宇宙との調和は、次の機会にしようか」
とうとう、俺は常人では動きを視認できない速度を維持したまま、無音で演武を続けた
「これが空間と調和するってことだ。音がするのは空気と衝突しているから。動きに無駄があるから。完成された動きは、空気との摩擦を失い、全てを断ち切る」
演武の中で、髪を一本抜いて放り捨ててから、手刀で一閃して、演武を締めくくった。
宙を舞う、断ち切られた髪をつまんで、みんなに見せた。
奏美や恋芽、龍崎教官、他の女子たちは、鼓動すら止まっているかのように、その場で固まった。
「固定されていない空中で……ほぼゼログラムの髪を切ったの? 素手で?」
唯一、口をきけた奏美に続いて、恋芽と龍崎教官も、どうにか口をきいた。
「これほどの絶技を身に着けるのに何年かかったの……」
「きっと中佐殿は有名格闘家の息子で物心ついた頃から地獄の猛特訓を積み、武の神髄を叩き込まれたに違いない」
「いや、俺の訓練期間は十か月だし、千年前の仲間はだいたいみんなできたぞ」
「守人、どんな訓練を積んだのさ!?」
「なら、貴方と同じ訓練を積めば私たちも同じレベルになれるの!?」
「教えてください中佐殿! 一体どのような訓練をされたのですか!?」
詰め寄る奏美と恋芽と龍崎教官に、俺はけろりと返した。
「ヒヨコのためだ」
三人は瞬きをして、きょとんと素になった。
「俺らが入学して地獄の基本教練が終わった後、各班に生まれたばかりのヒヨコが三羽ずつ配られたんだよ。上官が『お前らはそいつらを猫のように可愛がり、命の大切さを学ぶのだ』って言うからさ。目いっぱい可愛がったんだ」
目を細めながら青い空を眺めて、俺は、千年前の思い出に浸った。
ヒヨコは小さくて丸くて黄色くてモフモフで、俺らの癒しだった。
地獄の軍隊生活における、唯一の希望で、みんな我が子のように愛した。
「お前はふわふわだな。もこもこしていて可愛いぞ」
「こら、俺の頭の上でフンしやがって。次は怒るからな」
「こいつオスかな、メスかな。まぁ大きくなればわかるか。いっぱい食べろよ」
「見ろよ。ピヨ子、もう羽が白くなってきたぞ。成長早いな」
「ピヨ丸のオモチャを作ったぞ。遊んでくれるかな?」
けど、俺らは、カカトで踏み込みつま先で止まる歩法を期日までに会得出来なかった。
その日の夕食。各班のヒヨコが一羽ずつ姿を消して、上官は俺らの目の前で、チキンを食べた。
俺たちは断末魔のような慟哭を上げて、上官に襲い掛かった。
そして、他の上官に殴られ、床に押さえつけられた。
理不尽への怒りと憎しみを込め、嘆き倒す俺らに、上官は言った。
「ヒヨコを殺したのは誰だ!? 俺か!? 違う、貴様らだ! 貴様ら一人一人の弱さがこの事態を招いたのだ! 覚えておけ、無力は罪だ! 弱さはそれだけで周りを傷つけ殺す! 俺が憎いか? だがな、俺を殺してもこいつらは生き返らない! それが死だ!」
『うぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』
その日、俺らは取り返しのつかないものを失った。
それから俺らは変わった。
集中力は常にピークを維持しながら目は爛々と輝き、不眠不休で酷使される肉体は常に破壊と再生を繰り返し、死と隣り合わせの精神は研ぎ澄まされ、魂は細胞の一つ一つと調和し、己と世界の境界は失われ、宇宙と混然一体となった。
「そうして俺らは調和を会得した」
「過酷過ぎるよ!」
「それでも人間なの!?」
奏美と恋芽の眼には涙が浮かんでいた。一人、冷静な龍崎教官が、鋭い表情をした。
「なるほど、人は大切なものを失い成長するのですね」
龍崎教官の言葉に、ふと、奏美が表情を失う。そのことを気にしながら、俺は一瞬、戦場に出てから失った人々のことを思い出しつつ、龍崎教官へ頷いた。
「……ああ、その通りだよ。じゃあ次のステップに行くぞ。ここまでは武術家レベルの話だ。あらゆる兵器を使いこなし戦場を生き残る兵士としては、やっぱり銃剣付小銃を薦めたいところだ。というわけで、これからみんなに、剣術と銃剣術の違いについて講義するぞ」
そうして、俺は専用機であるアカツキを構築してから、続けて二三式小銃型銃剣付レールガン、通称、ニーサンを構築して構えた。
人は大切なものを失って成長する。
けど、そんな成長方法は、俺らを最後にしたい。
――そう考えていると、ふと、奏美の表情が優れない気がした。どうかしたのか?
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