第34話
中学時代、テレビの中の紛争地域や貧困地帯の話なんて俺にはどうでもよかった。
どっかの誰かの明日よりも、雑誌漫画の続きのほうが気になったし、贔屓にしているスポーツチームの勝敗のほうが大事だったし、小遣いをつぎ込んだガチャで欲しいのが出なければ、世界中の不幸を背負ったような顔をした。
そして、中学を卒業した俺は、死体の山と血の海を見た。
子供を学校に入れるために真っ黒になって働いていた大人も、家族を助けるために早く大人になって働きたいと言っていた子供も、真っ赤に染まって朽ちていた。
誰も多くなんて望んでいなくて、みんな自分じゃない誰かを幸せにしたくて、頑張り続けていた。
なのに、裕福な権力者がさらに肥え太るために蹂躙されていった。
みんな、俺には関係ないどっかの誰かだった。
でも、みんなの生活ぶりを見て、なんとかしてあげられないかと思った。
喜んでくれるかなと思って、俺は仲間たちと、給料で薬や食べ物を買って持って行った。
この人たちが幸せになればいいなと思った。
けれど、死体を前に、もうみんなが幸せになることは二度とないと悟った。
俺らは、恥ずかしげもなく地面に倒れて泣き叫んだ。
全ての人を助けたい。一人の犠牲者も出したくない。
日に日に欲深く傲慢に、身の丈に合わない願望が暴走したバケモノとなって、俺らは最激戦区の最前線で戦い続けた。
でも、軍事高校から引き抜いてきた生徒で構成された、俺ら特殊作戦群第十一小隊、通称、少年兵小隊は、九割以上が戦死した。
それでも、死体の山と血の海は、少しも減らなかった。
……………………………………………………俺らは…………無力だ。
◆
恋芽との試合が終わった翌日の三時間目。
外のグラウンドで、俺は急遽、みんなに千年前の軍隊格闘技を教えることになった。
パイロットスーツ姿のみんなが体育座りをする前で、俺は龍崎教官の横で立ったまま、講義を始める。
「俺が習っていたのは、最新の解剖学や物理学を取り入れた日本拳法を基に作られた自衛隊格闘技、それに古武術の秘術をミックスした、自衛軍格闘技だ。他の格闘技との違いは、その実践性。歴史も伝統もゼロで、ひたすら実戦で使える技術だけの集大成だ」
尊敬を映した数十人分の瞳が、こくんと頷いた。
「だから銃弾を素手で受け流したり刀剣をへし折る技なんかがある」
数十人分の瞳から、ハイライトが消えた。
『え?』
「あと特徴的なのは歩法だな」
『ちょっと待って守人くん! 今の技はなんなの!? そんな技あるの!?』
「時期が来たら説明するから、まずは基本な」
『え~~~~…………』
「人間の体はカカトで前進してつま先でブレーキを踏むようにできている。だからカカトを地面につけておけば」
俺の体は、予備動作なしに、零秒で加速した。
一息に、残像を残すような勢いで五メートル以上も移動してから、つま先で運動エネルギーを殺して止まった。
さっきまで俺のいた地面にはカカトで陥没した跡が、いま俺のいる地面にはつま先で陥没した跡が、小さなクレーターのようにしてできている。
「スポーツ格闘技だとカカトを弾ませてリズムを取るけど、これだとすぐ動けないしいつ動くのか相手に丸わかりだ。あと、動く時は全関節を同時に動かしながら、各関節の最大速度と攻撃がヒットする瞬間を重ねること。時速六〇キロで走る列車の中で時速四〇キロで走る人は、地上を時速一〇〇キロで移動していることになる」
小声で誰かが、「人って時速四〇キロで走れるっけ?」と言ったけど気にしない。
「同時に動かせば、拳の速さは全関節の速度の合計値になる。それに全身を動かせば、拳に全体重を乗せられる。運動エネルギーは質量×速さ×速さだから、この計算式に則れば、俺の体重が七〇キロで拳が時速六一キロだから、運動エネルギーは対戦車ライフルに匹敵する」
『んなわけないじゃん!』
総ツッコミだった。この時代って数学も退化してんのか?
「なんだ、質量×速さ×速さじゃなくなったのか?」
「そういう問題じゃないから! 人間のパンチが対戦車ライフル並のわけないじゃん!」
「じゃあ試してみてよほら!」
一人の女子が、量産機アオツバメを構築してまとう。俺の前に立って、プラズマシールドを張った。
「言っておくけど、ブレイルのパワーは待機出力でもトップアスリートの十倍以上だよ」
俺は、予備動作なしの、零秒右ストレートを放つ。
大気を置き去りにする無音の拳が、青白い半透明の壁に激突する。
「んなぁっ!?」
たまらず、女子はプラズマシールドごと後ろにぶっ飛び、三メートル以上離れた地面の上を転がり、仰向けに倒れた。
がばりと、すぐに上半身を起こすも、その目は驚愕に凍り付いていた。
「吹っ飛ばされにくさは地面との摩擦係数と質量で決まる。パワーは関係ないんだ。て言っても、戦闘出力のブレイルじゃ俺なんてワンパンでミンチだし、レールガンは防げない。今の戦場じゃ、ブレイルを着ていないと役に立たない技術かもな」
みんなが軍隊格闘技を過信しないよう、釘を刺しておいた。
昨日、待機出力で恋芽のイザヨイを両断できたのも、この技術があればこそだ。
女子たちは、唖然としながら、ぽかんと口を開けている。
「あの、明恋……」
「そこから先は言わないで奏美。……あんなのに勝とうとか、過去の自分が恥ずかしいわ」
恋芽は口角を引きつらせながら、乾いた笑いを漏らした。
「守人、今のが奥義とか必殺技なの? メガトンパンチ?」
「いや、基本技だ」
問い尋ねてくる奏美に否定を返してから、俺は演武を始めた。
俺の一挙手一投足で烈風が巻き起こり、女子たちの髪が暴れる。
「実際の格闘技には、ゲームやマンガみたいな【必殺技】ってのは存在しないんだ。いま説明したのはどれも基本技術だ。ジャブ、ストレート、フック、蹴り、投げ、関節、全てに使える。どんな基本技でも極めれば必殺技に成り得る。別の言い方をすると、どんな技でも牽制のつもりで使えば牽制になるし、殺すつもりで使えば必殺技になる」
「へぇ、なんかカッコイイね」
「そうか? まぁ相手の迷走神経を刺激して強制的に心臓を止める【死拳】て技はあるけど」
「それ必殺技だよね! 絶対に必殺技だよね!」
「そうかな?」
奏美にツッコまれると楽しくて、だんだん興が乗ってくる。俺の悪い癖だ。
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