第36話


 六時間目と帰りのホームルームが終わり、放課後になると、俺はすぐに立ち上がった。


「教官、さっきの戦史の授業で訊きたいことがあるんだけど、この時代の弾道ミサイル対策ってどうなっているんだ?」


「弾道ミサイルの迎撃態勢についてでしょうか?」


 龍崎教官は、厳格な表情で、質問の内容を正確に把握しようと、そう尋ねてきた。


「ああ。俺の時代で日本が第三次世界大戦に巻き込まれたのって、C国の弾頭ミサイルが引き金だったから、ちょっと気になって」


 弾道ミサイルとは、一度、高度数百キロまで上昇し、そこから大きく弧を描きながら、敵国の頭上まで飛んでいき、重力加速度を味方につけて隕石のように超々音速落下するミサイルのことだ。あまりの速さに、迎撃するのは不可能と言われている。


「はっ、残念ながら、現代でも落下を始めた弾道ミサイルを確実に迎撃する装備は存在しません。そのため、弾道ミサイルは敵国から打ち上がったところを狙うのが主流です」


「どうやってだ?」


「まず、多数の宇宙基地を打ち上げ、自国上空で待機。宇宙軍同士で戦い制空権ならぬ、制宇宙権を確保します。あとは、敵国から打ち上がった弾道ミサイルの軌道が最高高度に達し、もっとも動きが鈍化した瞬間を撃ち落とします。また、ミサイルを搭載した人工衛星から、直接地球へ落とす方法もあるので、宇宙では日々激戦が繰り広げられています」


「でも日本は全世界から宣戦布告されているんだろ? 宇宙基地は大丈夫なのか?」

「はい。なので専用機は、宇宙軍へ優先的に回されています。万が一、彼女たちが――」


 龍崎教官がそこまで言ったところで、説明を遮るように、教室のドアが開けられた。


 出入り口に立っていたのは、見たことのない女子だった。

 でも、随分と目立つ容姿で目を引かれた。


 ポニーテールにまとめたボリュームたっぷりの髪は、日本人には珍しいほどに濃い赤毛で、光沢を帯びる程に艶やかだった。


 ハリウッドでも女優として通じそうな、ワイルドな美貌は、この時代に来てから始めて見るタイプだ。


 背は俺より少し低いくらいで、スラリと長い手足はモデルのようだ。

 そして、絶世の美貌の下では、奏美や恋芽を意気消沈させる龍崎教官と同サイズのバストが、これでもかと自己主張していた。


 胸が大きすぎてブレザーの前は閉まっていない。


 ブレザーの上衿の延長にある下衿が、シャツを盛り上げる胸の横に来ていた。

 彼女の登場に、クラス中の女子たちが色めき立った。

 中には、お姉さま、などと言っている女子もいる。


 どうやら、彼女はかなりの人気者らしい。

 大きな瞳が、俺をまっすぐに見つめて、上機嫌に輝いた。


 全身に絶対の自信を溢れさせ、彼女は誇らしげに胸を張りながら、力強い足取りで歩み寄ってくる。


 そして、片手を腰に当てて、勝利者のような笑みを浮かべた。


「アンタが皆神守人だね。昨日の試合は見させてもらったよ。アタシは学園主席、二年一組鳴界狩奈(なるかいかるな)だ。今日はアンタにいい話を持ってきたよ」


 お姉様と言われつつ、学年は俺と同じだった。

 けれど、本人もまるで、後輩を相手にするような落ち着きぶりと姉御風の口調だ。


「喜びな。アンタを、このアタシの恋人にしてやるよ」


 教室を、黄色い悲鳴が走り渡った。


「ついに! ついに狩奈が恋人を! 守人くんうらやましい!」

「入学以来フッた生徒の数は一〇〇とも二〇〇とも言われる狩奈が恋人!?」

「でも、守人くんなら納得だよね! むしろベストパートナー?」


 みんながはしゃぐ中、奏美と恋芽は不安げに、俺と鳴界の間で視線を行き来させる。


 そして俺は言った。


「え? 嫌だ。それで教官、話の続きなんですけど」


 静寂に包まれた教室で、俺は龍崎教官との会話を続けようとした。


「ちょぉっと待ちな!」


 また、人の話を遮って、鳴界が割り込んできた。さっきよりも、余裕がない声で。


「【イヤダ】っていうのは、千年前の言葉でOKって意味だね?」

「いや断ったんだよ。なんで俺が初対面のお前と付き合うんだよ?」


 教室中の女子と、鳴界の顔に衝撃が走った。

みんな、ぎょっと目を見開いたまま、ぎこちない動きで動揺し始めた。


「おいおいアンタ目は大丈夫かい? 初対面でも、見りゃわかるだろ? この美貌、このルックス、この胸。アタシが相手してやるって言えばその場で腰砕けになるだろ!?」

「確かにお前は顔もスタイルも抜群だし胸も最高だな。けっこう惹かれるよ」


 鳴界の声と表情に、余裕が戻った。


「だろぉ? 小学校から去年まで、ミスコンで十連覇しているんだぜ」

「でも外見がいいのと恋愛感情抱くのは別だし。悪いけど付き合いたいとは思わないな」


 ビギリと、音が鳴りそうな勢いで、鳴界の頬が引き攣った。


「そういうお前はなんで俺と付き合いたいんだ? お前とは初対面だよな?」


 鳴界は、慌てて表情を取り繕った。


「そんなの、アンタがアタシにふさわしいからに決まっているだろ? 地球唯一の男で、女にはないその勇壮な姿。低い声。そして明恋を圧倒した実力。どれも最高だよ。それにね、さっきからアンタといると、こう、気分がいいんだよ」


「ならなおさらお断りだ。好意の入り口として外見や腕っぷしに惚れるのはいいけど、俺の内面を何も知らないのに付き合ってくれは早すぎる」


 ――それに最後のは、男性フェロモンにあてられているだけだしな。


 男だからって理由でモテても、嬉しくはない。

 鳴界が再び不機嫌な顔になると、龍崎教官が参戦してきた。


「悪いが狩奈。今のが中佐殿の意思だ。これ以上中佐殿を煩わせるな」

「これは教官。嫉妬ですか?」

「小娘に嫉妬するほど落ちぶれてはおらんぞ」


 二人は睨み合いながら、互いに歩み寄り、特大のバストが正面衝突した。

 スイカ大のバストが四玉、圧し潰し合い、童貞なら理性を失いかねないほど刺激的な光景になっている。俺は軍人なので理性は失わないが、しばらく眺めていたい気分ではある。


 そこへ、今度は奏美と恋芽も口を挟んだ。


「これ以上、わたしの家族にちょっかいをかけるなら、わたしも黙っていられないよ」

「それに、守人は巨乳目当ての発情犬じゃないわよ。守人は淑女なんだから」


 ――紳士って言葉は死語なのかな?


「なんだいアンタらは? アタシは守人に用が、ん? 家族?」


 鳴界の視線が二人に向くと、彼女の顔色が変わった。


「アンタ、思い出したよ。守人の身元引受人で親戚の生徒、皆神奏美じゃないか! なるほどそういうことか。さてはアンタ、専用機【レイメイ】のアビリティで守人を精神操作したんだろう! 守人が誰にも恋しないようにとか!」


 教室中の視線が、一斉に奏美へと殺到した。

 みんなの間に流れる戸惑いが、痛いほど伝わってくる。


 奏美は、みんなの顔色を見回してから、言い訳を探すように口を開くも、何も言えないようだった。


 たぶんだけど、みんなは奏美が専用機持ちであることすら知らないのだろう。

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