第33話


「わたしはいいの!」


 また、奏美は恥ずかしそうに胸を抱き隠しながら、そっぽを向いた。


「へ、へぇ……」


 なんだか、俺はとてもアンニュイな気持ちになった。


 ――ん~と、それってつまり、昨日の恋芽は公開晒し、とかじゃなかったのか?

海でみんなビキニなのに一人だけスク水で、その後、無理にビキニ着せられて恥ずかしい、ぐらいの感じだったのか? それは恋芽の気にし過ぎ、いや、でも本人にしたら嫌だったんだからやっぱり俺の責任で。


「あ、明恋おはよう、て、え!?」


 俺がぐるぐると悩み続けていると、奏美が変な声を出した。

 続けて、みんなの顔が次々、嬉しそうに紅潮していく。

 どうしたんだろうと思って振り返ると、恋芽が入室してきたところだった。


 そして……胸が以前の三割増しで大きくなっていた。デカイ。

 それは、パイロットスーツが壊れたときに彼女が見せた、本来のバストサイズだった。


 奏美が息を呑んで尋ねた。


「明恋、それ」


 指摘されて、恋芽はほんのりと頬を染めながら、ツンと言った。


「偽装工作は、風紀委員らしくないわ。それだけよ。それと守人、昨日は助けてくれて感謝するわ。ありがとう」


 顔はそっぽを向きつつ、視線は俺に合わせた控えめな感謝に、俺は後ろめたさが加速した。


「いや、あれは元から俺のせいだったわけだし」

「それでもよ。それに、今まで悪かったわね。色々と悪口を言ってしまって」

「へ? 悪口? お前何か言ったっけ?」


 俺の返事に、恋芽だけでなく、奏美はクラス中の女子が騒然となった。


「え? 貴方、覚えていないの? ほら、古武術なんて役に立たないとか、男なんて時代遅れの骨董品とか、淫獣とか。貴方は、私を控室に運んでくれて、ずっと背中を向けて見ないようにしてくれたのに」


「いやここ軍隊だし、あの程度、悪口に入らないだろ。千年前なんて殺すとか、黙れ産業廃棄物とか、犬の餌にするとか、テメェの死体なんてウジも食わねぇよとか日常茶飯事だったぞ」


 奏美を中心に、みんなが引いた。


「守人……そんなこと言われていたの?」

「うん。言われない日がないな」


 俺が頷くと、恋芽が、虫の鳴くような声で囁いた。


「じゃあ私、嫌われていないんだ。よかった」


 ウサギ並の聴力を持つ、俺ら特殊作戦群第十一分隊でないと聞き逃してしまいそうな小声だった。


 どうやら、俺に嫌われていないか気にしていたらしい。

 反省できる子は好きだぞ。


 俺は、恋芽に対する好感度が上がった。

 恋芽は、つかつかと俺に歩み寄り、やや、緊張気味に見上げてきた。


「守人。貴方、編入初日に、胸は大きいほうが好きだって言っていたわね?」

「お、おう」


 ――なんだよ、藪から棒に。つか、そういう話、嫌いなんじゃなかったか?


 恥ずかしいから、あまりその話題は掘り起こさないで欲しい。

でも、彼女には後ろめたいものがあるので、逆らえなかった。


「なら質問よ。貴方は、大きな【胸】が好きなの? 胸の大きな【女の子】が好きなの?」


「え!?」


 答えなんて決まっているけど、みんなの前で、改めておっぱい星人宣言をするのが恥ずかしくて、俺は躊躇った。


「そりゃ、胸の大きな女の子のことが好きに決まっているだろ。俺をカラダ目当ての性犯罪者予備軍と一緒にするなよ」


 案の定、クラス中の注目が集まった。加えて言うなら、廊下から他のクラスの女子生徒まで俺に注目していた。


 ――なんだ、この性癖暴露の羞恥プレイは。


 男組織の軍隊じゃ、猥談なんて日常茶飯事だけど、女子の前で言うのは恥ずい。

 俺が苦悩していると、恋芽は胸の下で腕を組んで、自ら胸を強調し始めた。


「つまり、このクラスでは私のことが一番好み、ということでいいのかしら?」


 教室がざわついた。奏美が席から立ち上がった。


「ちょっと、わたしの家族を誘惑しないでよ!」

「平均胸の奏美は黙っていなさいよ。貴方の胸、大きくはないのでしょう?」

「そ、それは……」


 奏美は胸を抱き隠しながら悔しそうに、歯と言うか唇を食いしばって、恨めしそうに恋芽を睨み返した。


 クラスの女子たちが奏美に群がった。


「さぁ奏美! 今こそリミッターを解放するときだよ!」

「封印を解いて真の力に目覚めるんだ!」

「制御パーツをパージしてスーパーモードになる巨大ロボのように!」

「ちょ、待って! やめて! ホック外れちゃうからぁ!」


 そうやって、みんながきゃいきゃいわいわい騒いでいると、龍崎教官が怒鳴り込んできた。


「さっさと席に着けガキ共! 上官の前でいつまで遊んでいる気だ!」


 制服の中に、特大スイカをふたつ、強引に詰め込んだような爆乳が上下に揺れる様を見て、恋芽と奏美は同時に意気消沈した。女子たちは顔をトロかした。


「教官マジで爆乳だよね」

「何せみんなのオカズ率ナンバーワンだし」

「なっ!? 貴様ら、私をそういう目で見ていたのか!?」


 龍崎教官は、名前通り、怒れる龍の形相で叱るも、女子たちは鬼の形相で応戦した。


「むしろなんで見られないと思ったんですか!?」

「教官、自分がどれだけのドスケベボディか自覚ありますか!?」

「爆盛りスイカを横に二つ並べたようなお尻とおっぱいでもうシャツもタイトスカートも爆発寸前ですよ! 本当に新調したんですか!?」

「貴様らはなんの話をしていたんだ!? ことと次第によっては特別授業も辞さないぞ!」

「このクラスで一番守人くん好みの女性は教官だという話です!」

「なに!?」


 ヤクザも真っ青のコワモテが、カーっと赤く染まった。

 熱く潤んだ乙女の瞳が、俺のことを一瞥した。


「ば、馬鹿者。上官をからかうな! 恐れ多くも中佐殿が私が好みなどあるわけないがだろう。無論、中佐殿が望むなら我が処女を捧げる覚悟はできているが段階を踏まねば!」


「教官鼻血出てますよぉ」

「ッ、トイレに行ってくる。貴様らはしばし待っていろ!」


 龍崎教官は手で鼻を押さえると、猛牛もかくやという勢いで教室を飛び出していった。


 ――龍崎教官て可愛いなぁ。


「教官て顔怖いけど結構ピュアだよね」

「そりゃ飛び級の才女でまだ二十一歳だし。あたしらと四つしか違わないし」


 軍人でそれは通じないだろう、と思いつつ、奏美と恋芽へ振り返る。

 二人は、自分の胸を見下ろしながら、まだ意気消沈していた。

 こっちもまだまだ子供だなと、俺はため息をついた。

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