第27話
龍崎教官は、気乗りしない様子で、俺らをラボの一番の奥へと案内した。
研究員の姿はなく、機材の電源も、軒並み落ちている。
まるで、ラボの物置のような、寥々たる場所だ。
室温すら、一度か二度、低く感じた。
そんな寂れた場所に、一機の赤い機体があった。
飾り気が無く、シンプルなデザインだけど、むしろ俺好みだった。
貧相なのではなく、洗練された、瀟洒なデザインだと思う。
「これが、その欠陥機なのか?」
「はい。出力特化型機体、アカツキです。奏美、ブレイルの出力について説明してみろ」
教師口調で指示されて、奏美は授業中に当てられた生徒のように背筋を伸ばした。
「はい。ブレイルの基本電力は、半永久的に動く水素電池で賄い、足りない分はバッテリーの電力を消費して補います。また、バッテリーの電力は、重水素と三重水素の核融合を利用したジェネレータからの電力供給で、随時回復します。出力は、大きく分けて四つ」
奏美の右手が、指を四本立てた。
「主に訓練で使う、相手の安全性を考慮した【待機出力】。その上が、燃費を優先した【巡行出力】。その上が性能を重視した【戦闘出力】。一番上は【限界出力】ですが、機体に負荷がかかるから長時間の使用はできません」
「待機、巡行、戦闘の順に強力なのか。俺の時代の戦闘機と同じなんだな」
俺の感想に、奏美は小首をかしげた。
「そうなんだ? たぶん、それが元になっているんじゃないかな」
「奏美の言う通りだ。そして、アカツキはエネルギーが続く限り限界出力の使用が可能で、さらにその上に、全エネルギーを一度に使い切る【臨界出力】というものがあるようです」
「つまり必殺技か」
「はい。ですが使用後はバッテリー残量がゼロになり、しばらくはジェネレータを冷却する必要があるため、強制的に待機出力まで落ちてしまいます。それに、学内での試合は、安全性を考慮して待機出力限定です。この機体の強みは一切使えません」
「じゃあ、アビリティに期待するか。よっと」
とりあえずと乗ってみると、アカツキは問題なく起動した。
欠陥機とはあくまで比喩で、本当に壊れているわけではないので当然だが、ちょっと安心した。
でも、まだ不安は残る。肝心のアビリティが起動しないと、俺は白兵戦闘術だけで恋芽に勝たなくてはいけない。それは、リスクが高い。
一抹の不安を胸に、龍崎教官の顔色を窺うと、突然、彼女の瞳が、ぎょっと丸くなった。
「まさか、信じられません。中佐殿とコアの適合率が九〇パーセントを超えています! 国家を代表するエースパイロットでも、こんな数字は滅多にいません!」
どうやら、三度目の正直ならぬ、二〇度目の正直が成功したらしい。
俺はほっと胸をなでおろした。
「すごいよ守人! でもどうして、あ、もしかして守人が男だから?」
「なるほど、男と女では脳の構造も異なる。このコアが、男の脳波に適合する性質であれば、今まで誰も適合できなかったのも頷けるか」
龍崎教官が納得すると、俺らの様子をうかがっていた研究員たちが、次々集まってくる。
みんな、史上初の適合者に興味津々みたいだった。
「それで教官、アカツキのアビリティが何なのかはわかるのか?」
「はい、いま表示されます。アカツキのコアのアビリティは……ッ」
龍崎教官は目を見張ったまま、息を呑んだ。
どうしたのだろうと、不思議そうな顔で奏美が空間に表示されたMR画面をのぞき込むと、小さな悲鳴を上げた。
「そんな! これ、本当にアビリティなんですか?」
「残念だが、そうなるな……」
龍崎教官が沈鬱な表情で口を閉ざすと、少し遅れて俺の視界にAR画面が開いた。
【アビリティ】
【生類憐み道:生命の肉体をすり抜け傷つけない】
そのアビリティの効果に、研究員たちは眉をひそめながら、ひそひそと囁き合った。
アカツキの高感度センサーは、その全てをもれなく拾う。
みんな、かなりガッカリしているようだ。
「やっと適合者が見つかったと思ったら、とんだハズレアビリティだな」
「よりにもよって、相手を傷つけないアビリティとは」
そんな声が、あちこちから聞こえる。
奏美が、狼狽した声を上げた。
「ちょっと待ってください教官。まとめると、守人の専用機は、出力の上限値が高いことと、相手パイロットを傷つけないのが特徴なんですよね?」
「そう、なるな」
「でも、試合は待機出力限定だし、勝敗は選手の戦闘不能か敗北宣言ですよね?」
「うむ、そうだ、な」
「専用機のメリット全殺しじゃないですか! 試合でどう戦えばいいんですか!?」
「それは……」
生徒の前ではいつも威厳に満ちていた龍崎教官は、言葉に詰まってから、俺に向き直った。
「中佐殿、お役に立てず、申し訳ありません」
――謝っちゃったよおい。
でも正直、俺はそこまで悲観していなかった。
「謝るなよ。俺はこれで問題ないぜ。どんなアビリティでも使い方次第だ。それに、専用機なら基本スペックは量産期のアオツバメよりも高いんだろ」
「はい。それは間違いありません」
「なら、それで十分だよ。今日から、この機体で訓練してもいいか?」
龍崎教官が目配せすると、研究員の一人が前に進み出た。
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