第28話


「なら、それで十分だよ。今日から、この機体で訓練してもいいか?」


 龍崎教官が目配せすると、研究員の一人が前に進み出た。


「長く放置していた機体なので、点検させて頂きたい。引き渡しは、明日の放課後にしてもらえますか?」


「わかった。じゃあ奏美、俺らはアリーナに戻って訓練の続きをしようか」

「う、うん……」


 奏美は、まだどこか納得できていないような顔で、不安そうに頷いた。


「そう心配するなよ。それに、恋芽の未来視なら、攻略する方法がないでもないし」


 奏美の顔が「え?」と上がった。


「そのための確認だけど、恋芽のアビリティは予言じゃなくて未来視なんだよな? それは、自分の視界に未来の光景が重なるって意味か?」

「ちょっと違うかな。聞いた話だと、いま見ている光景の少し先が頭に浮かぶみたい」


 奏美のくれた情報に、自然と口角が持ち上がった。


「なら、ブーストモーションは必須だな。すぐに戻ろう」

「う、うん」


 俺はアカツキから降りると、龍崎教官たちにお礼を言って、その場を後にしようとした。

 けど、その直後、一人の研究者が、奏美を呼び止めた。


「ところで奏美さん、貴女の専用機ですが、まだ使う気にはならないのですか?」


 その言葉で奏美の表情は凍り付いて、その場に立ち止まった。


   ◆


 二週間後。

 俺と奏美は、選手控室で試合開始時間を待っていた。


「さてと、じゃあ行くか。奏美も、そろそろ関係者席に行かないと、間に合わないぞ」


 俺が飄々と声をかける一方で、奏美の表情はうしろめたさで強張っていた。


「ねぇ守人、どうして、わたしの専用機について、何も聞かないの?」


 この二週間。俺は奏美から、みっちりとブーストモーションやプラズマシールドの使い方を学んだ。

 でも、俺は奏美の専用機については、一言も触れなかった。


「え? 聞いて欲しいのか?」

「ううん、そうじゃないの。でも、専用機持ちなのを隠して、量産機を使っているなんて、気にならないの?」


 やや怯えた表情の奏美に、俺はため息をついた。


「あー、そういうパターンか。もしかして、俺が何も聞かないのは、隠し事していたことに怒っているんじゃないかとか、それで俺に嫌われるんじゃないかとか思ってないか?」


 口の内側でくちびるを噛みながら、奏美は視線を逸らした。図星らしい。


「おいおい、俺の器をなんだと思っているんだよ。人間、隠し事なんてあって当たり前だし、言わないってことは言いたくない理由があるんだろ? むしろ、触れちゃマズイかなって思っていたぐらいだぜ?」


「守人……」


 奏美は、不安で緊張していためもとを緩めて、感極まったように、じんわりと、俺をのことを見つめた。


 けど、最後のダメ押しに、俺は下ネタでオトした。


「まぁ本当のことを言わないでいると、俺の想像力が無限に加速するんだけどな。たとえば使えば使う程、巨乳化が加速するアビリティなんじゃないかとか」

「きょ、巨乳じゃないもん、ちょぉぉぉっと大き目ぐらいだもん!」


 両腕で胸元を抱き隠しながら、顔を赤らめる奏美。

 すっかりいつもの調子を取り戻したようなので、俺は笑顔で控室のドアへ向かった。


「じゃあ、言いたくなったら言えよ。その時はじっくり聞かせてもらうからさ」

「……うんっ♪」


 奏美の笑顔に見送られて廊下を出ると、俺は勇気百倍でバトルフィールドへと向かった。


   ◆


 俺が入場すると、満員御礼の客席は沸騰して、とびきりの黄色い歓声と声援が響いてきた。


 巨大な空には、巨大なMRスクリーンが何枚も展開されて、俺の姿が映っている。

 龍崎教官の話では、今日の試合は全国にテレビ放送され、客席には学園と軍の関係者だけでなく、一般の人や、政治関係者まで来ているらしい。


 VIP用のボックス席には、総理大臣まで来ているらしい。


 戦場では散々注目されてきたけど、こういう注目のされ方は初めてなので、あまり馴染まなかった。


 それでも、俺は右手を上げて、みんなの応援に応えた。


 客席の縁から、バトルフィールドを包むようにドーム状のプラズマバリアが張られているため、流れ弾の危険性は考えなくていいらしい。


 反対側の選手入場口からは、月色の専用機、イザヨイをまとった恋芽が、地面の上、十センチを浮遊しながら、宙を滑るように入場してきた。


 将来は国防を担うであろう専用機持ちのためか、恋芽の入場でも、それなりの歓声が響いた。


 けれど、恋芽は一顧だにせず、まったくの無反応を貫いた。


 彼女の剣呑な視線は真っ直ぐ、俺を射抜いていた。


「のこのこと歩いてきて、浮遊走行ぐらい身に着けられなかったのかしら?」


「俺にはこのほうが性に合っているんだよ」

「ッ、聞いたわよ。貴方も、専用機とうまく適合したんですってね」

「おう、ただしアビリティは生き物を傷つけない超平和主義能力だし、機体は出力特化型だから試合では一切使えないぞ」


 恋芽の眉が、訝しむように眉間に寄った。


「何よそれ、専用機の意味がないじゃない。それに、どうしてそんな情報を教えるのよ?」

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