第34話 はじまりの先へ

 血まみれだったり、ズタボロだったり、学校を堂々とサボったり。入学早々に色々やらかしてしまった面々が再び学校で顔を合わせたのは、あれから丸二週間後のことだった。


「おっはよーう! 今日はいい朝だね!」


「おー! みんな学校行けるようになったからな!」


 朝から騒がしい笹本の双子が並んで歩いていた楓と木葉、夏美に合流する。


「夕姫、夕真、おはよ」


「「楓も元気そうで何より~!」」


 双子間の共感覚によるものか、夕真もいつの間にか夕姫に引きずられて楓を名前で呼ぶようになっていた。楓も夕姫を名前で呼ぶ傍ら、弟を名字で呼ぶのも不便かと夕真も名前で呼び始めたところだ。


「楓、夏美、木葉、おはよう」


「おはよう」


 相変わらず爽やかな清涼剤みたいな笑顔の涼が道の先で手を振っていた。光希は不愛想な顔で立っていて、感心するほど平常運転。朝の挨拶の四音を口にするようになっただけマシといえばマシだ。そうして、グループとしては少し大きめの六人組が揃う。


「そういえば、桜木ってどうなったんだ?」


 楓が何気なく問うと、木葉が肩を竦めた。夏美が苦笑いをして、後ろ、と口パクする。振り返る動作を最小限にするためにできるだけ目だけで後ろを見る。が、電灯の影に隠れていた──もし縦ロールの髪と制服が三分の一ほどしか隠れていない状態を隠れていると表現するのなら──亜麻音と目がばっちり合った。たったそれだけで亜麻音はゆでダコみたいに真っ赤に顔を染め上げ、倒れていく。その身体をすかさず支えたのは花蓮だ。今度は、花蓮の視線が楓に痛いほど突き刺さる。


「な、なんなんだあれ……」


「簡単に言えば、桜木さんは霞浦さんに拾われたってことかな」


 涼が簡潔にまとめる。簡潔すぎて、楓の中で花蓮のじりじりとした視線の意味が消化不良だ。それに目敏く気づいて夏美が補足を始めた。


「ええっとね、花蓮はね、亜麻音ガチ恋勢になっちゃったみたい」


「はあ」


「だから、花蓮にとっては楓が恋敵なんだよ」


「……はあ?」


 説明してもらったけれど、どうやら楓にはまだ難しかったみたいだ。たぶん。楓の脳みそが理解を完全放棄しているというセンも否めないが。


「まあ、そのおかげで助かったところもあったわよ。……『亜麻音さまにこれ以上天宮楓に対してご興味を抱かれるのも嫌なので、天宮楓の正体については言いふらしたりしませんよ』だそうよ」


 木葉がこそこそと耳打ちしてくるが、楓としては正直複雑なのは変わらなかった。


 ぞろぞろと教室棟の階段を上る。入学早々に集団で学校をサボった一団として随分名をはせてしまったようで、なぜか通る道ごとに生徒たちに道を譲られた。じろじろ見られて居心地はよろしくないが、楓だけが目立ちまくっているわけではないので平気だ。光希はやっぱり完璧な無表情をしていた。


「なんだ?」


 つい見つめすぎてしまったらしい。


「……相川、もっと色んな顔できるのにもったいない」


「は?」


 思わず本音をこぼしてしまったけれど、光希は何にも分かっていなさそうだった。


「いーや、何でもない。おまえはそれでいいよ、うん」


 楓だけが光希の色々な顔を知っている、というのもいいかもしれない。光希は怪訝そうに眉を寄せている。楓はふっと笑った。


 光希を護衛と認めるのはまだ癪だが、相棒と認めるくらいなら悪くない。





「たいっへんだ。私はとんでもないことに気づいてしまった」


 放課後になった途端、夕姫が深刻な表情をして切り出した。その第一声で興味を失くしたらしく、木葉は鞄を持ってふらっと教室を出て行ってしまった。


「どうしたの?」


 よくぞ聞いてくれたと深く涼に向かって頷く夕姫。


「今日で、新歓終わってしまう……」


 新歓──新入生勧誘期間の終わりをこの世の終わりと同じような調子で夕姫は語る。無断欠席かつ無断で五星結界を出て夜まで行った罰として、全員仲良く二週間の謹慎を喰らった。当時始まったばかりだった新歓も二週間で終わりを迎えるわけで、謹慎期間ともろ被りしたのだ。


「そ、そっか。ごめんね、夕姫。私もう行かないと」


 木葉に続けて夏美が離脱。


「天宮さん!」


 教室後方の扉で女子生徒が楓を呼んでいた。


「おまえ呼ばれてるぞ」


 光希が肘で楓をつつくが、直後に光希の名前も呼ばれたので、夕姫たちに手を振って二人は教室を後にした。髪をショートカットに切り揃えた三年生の女子生徒はスキップをしながら、楓と光希を連れて行く。彼女が止まったのは、部室棟の風紀委員会室前。なんだか、とっても嫌な予感がする。


「ささ、入って入って!」


 春日井舞奈と名乗った女子生徒はぱっと明るい笑顔を見せて、風紀委員会室に揃っている生徒たちの前に楓と光希を通した。


「はーい、ちゅうもーく! こっちが一年A組の相川光希君、で、こっちが同じクラスの天宮楓さん! 二人が今年の新人ちゃんです! よろしく!」


「えええええ!? 聞いてないんですけど!?」


 反射的に楓は叫んでしまった。舞奈がきょとんとして二人を見る。


「あれれ、言ってなかったっけ?」


「「聞いてないです」」


 楓と光希が唱和すると、風紀委員会室には、またやったよこの人、という嘆きの空気が流れていく。


「……ま、まあ、いっか! もう届け出も出しちゃったし!」


 出しちゃったかー。楓と光希は思わず天を仰いだ。


「あのう、ボク、無能なんですけど、いいんですか?」


 おそるおそる言い出す。すでに知れ渡ってはいると思うが、念のため。風紀委員会は生徒会以上に実力至上主義で成績上位者しか入れないという話を聞いていたから、楓では入れる気がしなかった。


「当たり前だよー! アレ、見せてもらったよ! 一人で霊力なしであれだけの人数の生徒を一瞬で沈黙させるんだもん! あんなすごいの見せられたら、スカウトするっきゃないでしょ! ねえ?」


 風紀委員たちが頷いていた。こんな想像はしていなかったから、楓はまばたきをして固まってしまう。てっきり恐れられているものだとばかり思っていた。


「と、いうことで二人とも入ってくれるかな?」


 戸惑いながら横の光希を見ると、光希は傍目に分からないほどの小さな笑みを浮かべてみせた。なら、もう迷うことはない。そうして、二人は頷いて頭を下げる。





「「よろしくお願いします」」





 たとえこの先どんなことがあったとしても、楓はこの瞬間はじまりを忘れない。頭を下げながら横を盗み見ると、光希と目が合ったことも。二人で忍び笑ったことも。


 この世界に、神はいない。けれど、運命というものはあるのかもしれなかった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神なき世界の異端姫 斑鳩睡蓮 @meilin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ