第23話 行方
二人で部屋を出ると部室棟の方面へひた走る。生徒会室、および風紀委員会室は部室棟の中にあるのだ。
「光希、これまでに天宮さんが狙われているっていう兆候はあったの?」
「ああ、何度か暗示術式をかけられた生徒に天宮は、……襲われてる」
精霊を使役するには契約が必要だ。ある程度の素養と霊力量を以てして、精霊を従える。精霊は意思を持ち強力な力を備えるが、代わりに術者の霊力を常時消費し続ける。つまり、精霊術者は自由に精霊の強大な力を振るうことと引き換えに、通常術式を使用することがほとんどできなくなる──というのが常識だ。どう考えても多くの霊能力者たちを操る強力な術式を精霊術者が扱うのは不可能だろう。
階段を上って電気の付いた廊下を行けば、風紀委員会と書かれた金属プレートが打ち付けられた部屋に辿り着いた。
「失礼します」
頭を下げて中に入ると、涼が不自然に動きを止めた。
「兄、さん……」
驚いた顔で固まったのは涼だけでなく、風紀委員会室で話をしていた顔の整った男子生徒もだった。涼と似た雰囲気の顔を持つ男子生徒は涼に困惑の視線を向ける。
涼の幼馴染なので、光希は涼が家族とあまりよい関係を築けていないことを知っている。陰陽師の系譜を受け継ぐ神林家だが、涼にはその手の術式には適正があまりなかったようなのだ。他の術式には優れ、光希と並び立つほどとまで言われているが、神林家の当主は神林の術に適正を持たない涼が気に食わないらしい。
「何か、ここに用か? 一年。俺たちは忙しい。用がないのなら帰りたまえ」
固まっている涼たちを何事もなく無視し、メタルフレームの角ばった眼鏡をかけた男子生徒が鷹揚と声を発した。
「会長、ここ、私たち風紀委員会の部屋なんですけど!」
頬を膨らませて抗議するのはショートカットに髪を切り揃えた女子生徒だった。
「なんかごめんね! 私は三年の
横柄な態度の男子生徒がもう一人の天宮。次期天宮家当主と目されている男だ。性格は少々アレだが、実力・能力ともに申し分ないと言われている。
「おれは一年A組の相川光希です。そちらも同じく一年A組の神林涼です。突然のお願いで申し訳ないのですが、一年C組の桜木花蓮さんが最後にどこで確認されたか、分かりますか?」
「ほう、貴様らもそこに目を付けたか。面白い」
光希の言葉に清治は口の端を吊り上げた。
「つまり、貴様らはあの無能の天宮を気にしているのだろう?」
無能、という言葉に冷ややかな響きが混じった。光希はわずかに表情を硬くしたが、清治が気にした様子はない。
「放課後の事件について、俺たちも調査を進めていた。以前から、天宮楓の周りで度を越した暴力行動を起こす生徒を確認していた。風紀委員会が急行しても取り押さえることはできずに業を煮やしていたんだが──、とにかく、その現場と同質の術式の痕跡が今回も発見されたことから、これも天宮楓を狙った犯行だと考えている。そして、それがおそらく桜木花蓮という名の生徒によるものだという推測も立っているわけなのだよ。したがって、生徒会としても風紀委員会としてもこのような事態を見逃すことはできなくてね。桜木花蓮について、どう処分を下そうかと思案していたところだ」
当然といえば当然だが、生徒会と風紀委員会は楓と花蓮が失踪していることまでは把握していないようだ。それが彼らにも伝わるとすれば、明日の朝の話になる。
「そうなんですね。では、十六時前に桜木さんと天宮さんがそれぞれどこにいたのか追えますか?」
涼の質問に応え、舞奈が備え付けのパソコンを操作する。彼女曰く、監視カメラの映像を見ることは実はちょっぴりズルなのだとか。要するに、風紀委員長の肩書を以てしてもグレーゾーンに当たる行為だという話だ。
「見つけた。……うーん、東門の辺りを二人で並んで歩いてるけど、どういうことだー?」
光希と涼は顔を見合わせた。必要な情報は得られた。長居する理由はない。ありがとうございました、と慌ただしく風紀委員会室を後にする。
「相川光希」
部屋を出て走り去ろうとしたところで、声が光希の背中を刺した。足を止めて振り返れば、清治がいる。
「何か用ですか? 急いでいるんですが」
相手が生徒会長であることを忘れ、光希は棘のある返事をした。
「ほう、意外だな。貴様が感情を露わにするとは」
思わず眉根を寄せる光希を知ってか知らずか、清治は嫌味な口調を変えずに言葉を続ける。
「……無能の姫に、戦闘兵器の貴様。至極お似合いだな」
光希の顔から感情が抜け落ちた。心の中にある蓋がごとりと音を立てる。この学校の外に出た瞬間、光希は──。
「会長」
普段は穏やかな涼が冷え切った目で清治を見据えた。けれど、凍てついた目をしているのは清治も同じ。
「涼、大丈夫だ。早く行くぞ」
人間諸共凍り付いてしまいそうな空気の中、光希が呟く。当事者にそう言われてしまっては涼も矛先を収めざるを得ずに押し黙る。光希は口を引き結んで踵を返した。
『二十時に光希と涼の部屋に再集合よ。よろしく』
早足で歩けば十分に時間に間に合う。すっかり暗くなった学校の敷地はどこか別世界のように沈んで見えた。
「光希、天宮さんが桜木さんと一緒に歩いていたってどういうことなんだろう。騙されていたのか、脅されていたのか。……それとも暗示を掛けられていたってことかな?」
「……」
あるいは、すべてを知ってなお楓が花蓮の手を取ったのか。
光希には涼が想定しなかった四つ目の選択肢を否定する理由が思いつかない。四つ目があり得てしまう。それが光希には恐ろしい。
二十時に再び部屋で七人は集まった。もう、ここは男子寮だとツッコむ気力はない。諦めて仏のような気持ちで、狭い部屋にすし詰め状態の面々を受け入れる。
「風紀委員会に確認を取ったところ、桜木さんと天宮さんは一緒に東門を出たみたい」
「どういうこと? 楓は抵抗したりや縛られてたりしてなかったの?」
口火を切った涼に早速夕姫が疑問を投げかけた。
「映像で確認したから間違いないよ。僕は仮定として、天宮さんが暗示に掛けられているって考えてる」
「……。私は学校周辺の監視カメラの映像を洗ってみていたんだけど、東門近くでやっぱり一緒に連れ立っている楓と桜木花蓮の様子を確認してる。つまり、裏は取れたってことだね」
「ですわね。わたくしは霞浦の家に比較的近い方面、青波学園西側から捜索をしておりましたけれど、手掛かりはつかめていませんわ」
「同じく、南方面担当の笹本もですー。つまり、これって、東側に捜索範囲を絞った方がいいってことかな」
「そうね、けれど、正直二人が五星の外に向かっている可能性が高い気がするわ。だから、無理を承知でお願いすると、五星の壁を監視してほしいの。夜は門が閉ざされているから、警戒すべきは朝の門が開く瞬間ね」
全員が頷く。いずれにせよ、結果が出るのは明日になりそうだということで解散が決まった。見送りついでに光希は独りで外を歩く。ぐるぐると渦を巻く思考を少しでも落ち着けようと足を動かした。白い蛾がひらひらと電灯の周りを飛んでいる。
楓のことを憂えているのが光希だけではないと知れたのは嬉しいことだった。楓はきっと知らない。霊力の有無、実力の有無、それだけでは決まらない関係がこの世界にはあるということを。みんなで頑張っておまえを探したんだ、と告げたら楓はどんな顔をするのだろう。
そうやって考えることで光希はひたひたと身体を浸す不安を抑えようとしていた。間に合わないのではないかという焦燥が身体の内を焼いている。楓が戻ることを望まないのではないかという恐れが絶えず押し寄せる。
「くそっ、おれは……!」
どれだけ戦闘能力の高い光希でも、この瞬間は無力だった。
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