第24話 どんな未来が待とうとも

「──楓は天宮の姫なんでしょ? だって、そう考えなきゃ木葉があんなに必死になることの説明がつかない。そして、光希は楓の守り人なんじゃないの? 答えて」


 風向きが変わり、少しばかり離れた位置から夏美の声が運ばれてきた。


「それを知ったところで、あんたに何の益があるというの?」


「……っ。確かに私には直接関係はないかもしれないけど、でも、天宮の姫と守り人の関係が記録通りなら……!」


 黙って夏美と木葉の会話を聞いていることもできなくなって、光希は気づけば飛び出していた。電灯にはやはり蛾がひらひらと舞い狂っている。電灯の白い光が三人の影を黒く地面に落としていた。


「私、もう行くね。夕姫も待ってるし」


 夏美が光希を見ずに踵を返し、影は二つへと数を減らす。


「木葉、守り人ってなんなんだ? 護衛とは何が違う? 天宮の姫と守り人の関係ってなんなんだ? 教えてくれないか? すべて、知っておきたい」


 天宮の姫は天宮の中でも強い異能を有する者のことだと佐藤は言っていた。だが、佐藤も、そしてたった今夏美が口にした守り人という言葉が気にかかる。天宮家当主は護衛任務と言っていたけれど、どうにも護衛以上の意味が込められているような気がしてならない。何か、決定的な違いが。


 木葉が肩を震わせて、深い息をつく。


「……守り人はね。天宮の姫を守る者のことよ。護衛といってもいい。そう、あんたのことよ。けれど、いにしえの約定に基づいて、天宮の姫の守護者は相川の家から選ぶことになっているわ。光希、相川は何の家か知っているかしら?」


「当たり前だ。相川は破魔の一族だ」


 憮然として答えた。木葉の問いは、相川の名を背負う光希からすれば愚問にしかならない。


 相川は魔を破る。それゆえに強い力を持ち、穢れを払う能力を有している。神聖な天宮の姫を守護するのなら、これ以上にないくらいの適任だ。


「ええ、そうね。でもね、相川にはもう一つの顔があるのよ」


 木葉の唇がゆっくりと白い明かりの中で動いた。


 ──神殺しの家。


 光希の喉がひゅっと音を立てる。それ以上は聞いてはいけない、と頭が警鐘を鳴らしている。けれど、もう手遅れだ。


「天宮の姫はね、神さまの器なの。だから、まもらねばならないし、強い力を持っているのはそのせい。でもね、強い力には代償が伴うわ。強ければ、強いほど、差し出すものは大きくなる。それが天宮の姫の場合、穢れに身を堕とすこと。相川から選ばれた守り人は、刻限まで神さまの器たる姫を守り、時が満ちて姫が穢れに堕ちたのなら、その命を終わらせる役目を担うのよ」


 何かのタチの悪い冗談を聞かされているみたいだった。電灯の光で黒と白だけで描かれたような木葉の姿。触れられるはずがないのに、一心に光を求めて硝子にぶつかっていく蛾たち。さざめくような風の声すらも今はうるさく思えて。


「なに、言って、るんだ。嘘だろ。……嘘だって、言ってくれ。だって、それなら、おれは、天宮を……殺すために出会ったことに、なるじゃないか」


「……そうよ。本当はあんたに、この話をするつもりはなかった。悲観して欲しくはなかったから。それに、私たちはずっと探しているの」


「探す? 何を?」


「天宮の姫という役目を終わらせる方法よ。その方法を追い求めていた先代の姫は、楓が最後の姫になると予言していた。それに、楓は今までの姫と違って霊力を持たない。楓の器は空っぽなの。きっと、楓の中に神さまはいないんだわ。だから今までとは違う道が拓けるかもしれない。私たちはその可能性を探している」


 そう語る木葉は見た目よりもずっと歳を重ねたようにくたびれて見えた。実際、木葉が何歳なのか光希は知らない。前に会った時も、その前も、変わらない姿形のまま。


「……まあ、まずは楓を取り返さないことには話は始まらないわ。早く寝て明日に備えることね。あんたにはたぶんたくさん頑張ってもらわないといけないから」


「ああ。あと、天宮のデータは全部目を通した」


 さっさと暗闇に紛れてしまおうとしていた木葉を引き留める。木葉はつり目がちな双眸をきゅっと細めた。


「どうして天宮家はあいつを見捨てていたんだ? あんなに事細かに報告書が残されているのに、どうして、助けてやらなかったんだよっ!?」


「そういうふうに定められていたからよ」


「定められていたってなんだよ! そんなの理由にすらならない!」


「分かっているわ。軽蔑してくれても構わない。私たちは、それでも先代の姫の意志を継ぐわ。彼女が指し示した未来を実現させると、決めている。そのためなら手段は選ばない」


 先代の天宮の姫の異能は、未来視の異能。誰よりも先を視る目で、どれほどの未来図を描いたというのだろうか。


「……そうだとしても、そんなのは間違ってる。それで、天宮の心を踏みにじっていいことにはならない」


 ボクはバケモノなんだ。そう言って傷一つない姿を見せた楓は、光希にはどうしても普通の少女のようにしか見えなかった。まだ見ぬ未来のために犠牲にすることなど許されるはずがない。


「おれはあいつを助けに行く。絶対に死なせない」


 木葉を睨んだ。木葉もまた、光希を睨み返す。黒い瞳で光希の奥を見透かそうと覗き込んでくる。


「あの子がそれを望まなくても? いずれその手で殺すことになるかもしれなくても?」


 厳しく木葉は問うけれど、それはきっと光希の答えをもう一度確かめるため。不思議と不快には感じなかった。


「ああ。引きずってでも連れて帰る。おれがあいつを殺す定めなら、そんな未来は壊してみせる」


 語るべき言の葉は尽きた。光希は木葉に背を向けて歩き出す。自分が決して迷わないことを知ったような気がした。





「今度は上手くいくかしら? 前回でさえ失敗したのに」


 夜の歩道に残されて、木葉は独り言ちた。


 そんな未来は壊してみせる。


 かつて、光希と同じ言葉を光希と同じ表情で告げた少年がいた。粛々と役目を受け入れた数多の守り人とは違って、青みがかった黒い瞳に決意を秘めて木葉を見つめたのだ。そのときは少しだけ胸がすくような思いがした。木葉すら、に期待した。


 けれど、結局。


 運命が覆ることはなかったのだ。









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