第28話 ホタルが照らす未来
私の声は貴方に届いていますか?
今日は宇宙船環境と「ホタル」との関係についてお話します。
「ホタル」の観測通知があったので、実際に生育している環境をフィールドワークで学びましょうと、しゃーれ先生から提案がありました。なんでも、宇宙船環境に関する問題点も学べるらしいですよ?……そして今日、私たちは先生に連れられてフィールドワークに出かけるようとしていました。
「さて、今日は『ホタル』のフィールドワークよ。行きましょうか。」
「「「はーい。」」」「ピュイ!」
「ところで先生、どこに行くんですか?」
いつものオレンジ色のコンパクトカーに乗り込んだ私たちと一羽を代表して、ふるるちゃんが尋ねました。
「ホタルの育成に力を入れている自然公園があるから、そこに向かいますね。日本にある有名な橋を模したきれいな場所があるのよ。落ち着いててきれいな場所ですよ。」
「ホタルを昼から見に行くんですか?夜に楽しむものですよね?」
「フィールドワークですからね。ただ観光を楽しむだけじゃなくて学習しないといけません。『自然環境』を作ることは、宇宙船では重要な意味がありますからね。」
「『自然環境を作る』……?実家じゃ食料品育成環境を作ってるけど、それとはまたちがうのかしら?」
そんな会話をしながら走ること数十分。車が最後のカーブを曲がると、目の前に静かな風景が広がりました。ゆるやかに流れる川の上に木製の橋が架かり、その周囲には青々とした竹林が揺れています。橋は自然の中に溶け込むような曲線を描き、どこか親しみを感じる形をしていました。
車を降りると、湿った空気がふわりと体を包みこみます。竹林の隙間から射し込む柔らかな光が、川辺の静けさをさらに引き立てていました。
「ここが目的地です。どうです?きれいな場所でしょう?」
木目が美しく、しっかりとした作りの橋は、自然の中で調和しているように見えます。川のせせらぎと竹林を渡る風が、生き物たちの息吹を運んでくるようでした。
「……落ち着きますね。」「チュルルル……」
さくらちゃんと、ろあが静かに呟きます。あれ?ろあは私のペットじゃないのかな?空気を読まずに突っ込もうかと思ってたら、私たちに近づく人影が見えます。こちらの人かな?挨拶をしてみましょう。
「こんにちは!」
「あら、元気な女の子ね。こんにちは。しゃーれ先生、こちらが生徒さん達ですか?」
「はい、そうです。今日はよろしくお願いします。みんな、彼女はこちらの『生態圏調査設計士』をされている『ねいら』さんです。」
「「「よろしくお願いしまーす!」」」
「ねいらさんは、このエリア全体の自然環境を設計し、管理している方です。地球の自然を模倣するだけでなく、宇宙船特有の環境に合わせた調整を日々行っているんですよ。」
しゃーれ先生は、いつものニコニコ顔で紹介を続けます。ふるるちゃんが、興味深そうに質問を投げかけました。
「環境の調整ってなにをするんですか?」
「ホタルが生息するためには水の流れ、竹林の湿度、微生物のバランスが必要です。でもそれだけでは足りません。地球には雨や風、季節の変化といった外乱がありますよね。それを再現するために、いろんな制御を行っているの。」
「全部ねいらさんがやってるんですか?」
私が目を丸くすると、ねいらさんは苦笑しながら答えました。
「宇宙船全体のチームでやってることよ。私は現場監督みたいなものね。私は自然が大好きだから、こうやって実際に触れてみることで、地球の環境に近づけることができたらいいなと思ってるわ。それに――」
ねいらさんは、私たちの目を一人ずつ見渡して続けます。
「この場所にいるすべての命がどう繋がっているのかを考えながら手を動かすことに意味があるの。たとえばね?」
ねいらさんは川のほとりに歩み寄り、そっと手をかざしました。彼女の指先が小さく動くたびに、空気がふわりと震えたように感じます。そして、川の流れがゆっくりと変化し始めました。さっきまで穏やかに流れていた水が、突然小さな渦を作り始めたのです。
「わ、川が!なにこれ、宇宙船マホウかしら?」
「いいえ、これは幻影じゃないですよ。実際に川の流れを変化させているの。」
ねいらさんは微笑みながらさらに指を動かしました。次の瞬間、渦が消え、川面は再び静けさを取り戻します。
「宇宙船マホウの概念をちょっと拝借して、制御が現場で簡単にできるようにしています。ただ、実際の環境に影響を及ぼすので、扱いには免許が必要ね。そうそう、皆さんはホタルの観測に来たんですよね。ホタルというのは、環境の指標となる生物なんですよ。」
「指標、ですか?」
さくらちゃんが聞きます。
「ホタルが増える環境というのは、自然の再現がうまくできている証拠になるの。水がきれいで、微生物や植物がバランスよく存在していないとホタルは増えません。たとえば、ホタルの幼虫が餌にするカワニナや微生物が住む環境が必要です。」
「カワニナって何ですか?」
「実際に見てみましょうか。」
私は首をかしげながら尋ねます。ねいらさんは川のほとりに歩み寄り、小さな網を川の浅瀬にそっと差し入れます。水の流れに逆らわず静かに動かし、網を引き上げました。 私たちが一斉にのぞき込むと、そこには黒っぽい小さな巻貝がコロコロと転がっていました。ふるるちゃんが感心したように呟きます。
「わあ、ちっちゃい……、これが、カワニナ?」
「そうよ。ホタルの幼虫にはカワニナが必要。そしてカワニナには適度な水温と餌となる藻類が必要。藻類には適度な水流による攪拌によって酸素を供給しないといけない。酸素を維持するには有機物が多い環境は具合が悪い……など、色んな条件が連鎖的に広がって影響を与え合います。この条件を整え、設計して管理するのが私の仕事ね。」
「ほえー……。」
「ぱるね、なに間の抜けた声出してるのよ。」
「えーと、すごいと思って。自然って、そんなにいろいろな要素が複雑に影響し合ってできてるんだなって。地球って良いところなんだなあ。」
「そうとも言えませんよ?地球でもホタルの生育環境が減ってきてるらしいですし、色んな苦労をして維持管理をしている人たちがいるのは同じだと思います。お互いに切磋琢磨しないといけませんねえ。……さて、このまま夜まで待ってもいいのですが、今日は特別に、今から『夜』にしてみますね。」
ねいらさんがそう言ってウィンクし、小さく手を動かします。すると、空の色がゆっくりと変わり始めました。オレンジ色だった太陽が徐々に傾き、その光が空を赤紫色に染めていきます。竹林の影が長く伸び、川面に揺れる光が淡く輝き出しました。
「ほえー……、日が沈む……。」
「できるのは分かりますけど、実際体験するとすごい光景ですね。」
「宇宙船の人工環境だものね。……あ、何か光ってるわ!」
すっかり夜のとばりが降り、空が藍色に染まりました。そのとき、竹林の奥から小さな光がふわりと飛び上がります。それは1つ、また1つと数を増やし、やがて川辺全体が無数の光で満たされていきました。
「これがホタルの光。この光は大切な『コミュニケーション』の手段なの。私たちが言葉を使うように、ホタルは光で会話するのよ。」
「えっ、ホタルって会話するんですか?」
さくらちゃんが驚いたように尋ねると、ねいらさんは笑顔でうなづきました。
「パートナーを呼ぶためだったり、仲間同士で危険を知らせ合ったり、自分を守るために『私はまずい生き物だよ』って伝える手段にもなります。そして、大事なのは、この光は環境そのものの状態を反映していること。光が弱くなったりリズムが崩れたりする時は、この場所のバランスが崩れているサインかもしれないわ。」
「バランスが崩れてるサイン……。でも、宇宙船内ならバランスは崩れないんじゃないんですか?」
「あら、良い質問ね。そうよ、確かに宇宙船内なら環境バランスは崩れないわ。でもね、それが生き物にとっては良くないのよ。」
「……ああ、『宇宙船環境は安定しすぎてしまう』って授業で習ったことがあるわ。」
「そうです。地球には雨や風、季節の変化といった外乱があるけど、宇宙船ではわざわざそれを作らないといけないのよ。そうしないと、命が息をしている環境を維持できないから。」
「だから『ホタルの光が環境の状態』になるんだ……。この光を守るのが『生態圏調査設計士』さんのお仕事なんだね!」
私はホタルの光に手を伸ばしながらねいらさんに伝えると、ねいらさんは少し照れてるようにも見えましたが、流石に大人の女性、すぐに姿勢を正し、すました笑顔で答えてくれました。
「ふふ……、ただの自然大好きなおばさんよ。今日のお話はこのくらいかしらね。」
「ねいらさん、今日はありがとうございました。さあ三人もお礼を。」
「「「ありがとうございました!」」」
「どういたしまして。また遊びに来てくれると嬉しいわ。」
夜になった自然公園には、ホタルの淡い光が、あちらこちらに点滅していました。その光はまるで小さな星が地上に舞い降りたように、竹林の隙間や川辺を穏やかに照らしていました。
さて、今日はお時間となりました。私たちの祖先は氷河期から逃れるために地球を脱出しましたが、今の地球は暖かいみたいですね。貴方はホタルを見たことはありますか?ホタルの光に触れることがあったら、その環境を大事に守っている人たちのことを応援してみてください。――それでは、また。
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