第25話 ふるるとバラのお茶会(後編)

 私の声は貴方に届いていますか?

 今日はふるるちゃんのバラのお茶会についての続きをお話します。


 宇宙船に住む私たちにとって「お茶会」という文化的な概念は、もっぱら地球観測によって記録される地球の伝統から学び実践されています。私たちの地区は観測対象である日本の影響を強く受け、日本の茶道を意識した厳かな儀式となっています。


 茶道はただお茶を飲むだけの場ではありません。そこにはお茶を点てる技術や礼儀作法、美しい器、そして季節を感じる設えなど、すべてが繊細に計算された美意識が込められています。日本で長い歴史を持つこの文化が、どのように人々の心を和ませ、また同時に試される場であったか……それが「お茶会」という言葉に込められた奥深い意味ではないでしょうか。


 一方でふるるちゃんの実家では、日本の茶道というより地球の西洋文化がベースの貴族感に基づいたお茶会が催されているようです。りすてるお母さまは借景など日本の影響を受けた文化も取り入れているようですから、お母さまの出身は日本を観測している地区なのかもしれませんね。


 ところで、ふるるちゃんはともかく私はお貴族様のお茶会作法なんて分からないのですが……。まあなんとかなるでしょうと、気軽に構えています。メイドさんにされるがままにされるままそんなことを考えていると、いつの間にかドレスに身を包んだ知らない私が鏡に映っていますよ?


「ほえー、お姫様になってる。ふりふりだー。」


 ピンクのドレスにふんわり広がるスカート、胸元や袖口には細やかなレースがあしらわれていて、まるでおとぎ話のお姫様のようです。これは他の2人にも期待が持てます。再びサロンへ向かい、2人の登場を待ちました。


 程なくして、さくらちゃん、ふるるちゃんが登場しました。


 さくらちゃんのドレスは淡いラベンダー色で、控えめながらも上品なデザインが彼女の雰囲気にぴったりでした。シンプルなラインに、袖口や裾に繊細な刺繍が施されていて、まるで春の陽射しにそっと咲く花のようです。


 ふるるちゃんのドレスは深いネイビーブルーで、シンプルながらも洗練されたデザインが彼女の堂々とした佇まいを引き立てていました。飾り気の少ない装いの中にも、細かな刺繍や上質な生地の光沢が彼女の家柄を物語っています。


「みんなお姫様だね!本当のお貴族様みたい!」

「私は本物よ!……まあでも2人ともあなたたちらしいわ。似合ってるわよ。」

「ありがとうございます。りすてる様、こんなに私たちに合わせたドレスを用意頂いて感激しました。」

「ふふ、思った通り似合ってるわね。さあ、もうすぐお相手も到着するから座ってお待ちなさい。」

「どうやって調べたんだか……。まあいいわ。お茶を頂きます。」


 ティーカップを傾けてしばし。サロンの扉が静かに開き、まず執事が軽く一礼をしました。


「お客様がお揃いになりました。」


 扉の向こうから現れたのは、えりお、まーり、うぃにーの3人です。


 えりおは深みのあるグレーのスーツを纏い、柔らかな笑みを浮かべていました。彼の穏やかな仕草が、場の雰囲気を和らげるようでした。


 続いてまーり。明るいネイビースーツを軽快に着こなし、サロンを見渡して「すごい!」と無邪気に驚く声を上げています。無邪気な感じの人ですね。


 最後に入ってきたのはうぃにー。漆黒のスーツに身を包み、端正な顔立ちと真剣な眼差しで周囲を見渡しています。その動作の1つ1つが、彼の生真面目さを物語っていました。


 お互いの名乗りが済んだ後、うぃにーが質問します。


「さて、失礼を承知で伺います。この場にいらっしゃる皆様があまりにも魅力的で、どなたがご令嬢様か分からないのです。確か、一人娘でいらっしゃるとお聞きしましたが、そのお方を見極める術が私にはございません。」


 りすてるお母さまは、ティーカップをそっとソーサーに戻すと、微笑を浮かべながら答えました。


「せっかくの機会ですから、少しゲームを楽しんでいただきましょう。こちらの娘たちの一人は、確かに私の娘です。会話を交わし、観察して、それぞれの魅力の中から真実を見極わめてくださいな。……簡単すぎては退屈でしょう?」


 りすてるお母さまの言葉が静かに響き渡った後、男性陣は一瞬、お互いの顔を見やり無言で反応を探り合いました。


 えりおは小さく笑みを浮かべ「なるほど、興味深い試みですね。」と静かに言葉を口にしました。一方、まーりは肩を軽くすくめ「おもしろいじゃないですか!こういうの、好きかも!」と笑います。最後にうぃにーが真剣な表情を崩さぬまま「難題ではありますが……ご提案に感謝申し上げます。」と短く応じました。


「まあ、簡単じゃつまらないわよね。皆さんの観察眼、楽しみにしてるわ。」


 男女3人それぞれの自己紹介の後、どこか投げやりに聞こえるふるるちゃんの声に、最初に声をかけたのはえりおでした。彼は見事な窓の景色に目を向け、静かに問いかけます。


「この庭と遠景の繋がり、見事ですね。確か、こういう景色を取り込む技法には特別な名前がありましたよね……何でしたか?どうしても思い出せなくて。」

「あ、これは『借景』と言います。遠くの景色をお庭の一部として取り込む技法です。」

「なるほど、さくらさん、詳しいね!こんな素敵な演出技法、覚えておかなきゃ。」

「いえ、ただ本で読んだだけです……。」


 控えめながら丁寧な説明をしたさくらちゃんは少し恥ずかしそうに微笑みました。続いて、まーりが待ちきれない、といった感じで声をかけてきます。


「じゃあ、次は僕の番かな。みんな、ここに来て目についたもので、今一番気になってるモノって何?」

「それならお菓子だよ!テーブルのお菓子がすっごくおいしそうで、もう気になって気になって!」


 私は手を上げ、そう答えます。ふるるちゃんがジトっと「このくいしんぼさんめ」と言いたそうな眼を向けてきますが無視します。まーりは大きくうなずいて同意してくれました。


「確かに、僕も気になっていた!このオレンジ色のマカロン、美味しそうだものね。」


 さあ、最後の質問者はうぃにー……、のはずですが、彼はじっと静かに、ふるるちゃんを見ています。そして、その視線を外さないまま問いを投げました。


「ここにいらっしゃるどなたも魅力的な方々です。しかし、真の貴族令嬢とは、その佇まいだけで人を納得させるものであると存じます。どなたがその器を持つ方なのか、改めて見極めさせていただきたい。」

「貴族らしいって何かしら?椅子に座って偉そうに見せればいいってこと?まあ、そういうのを見極めるなら、どうぞご自由に。」


 ふるるちゃんの皮肉に、場が静まり返ります。……が、それはそれとして。お茶会なのですから、美味しいお菓子を食べるべきなのです。私はひょいと、オレンジ色のお菓子を口に運びました。


「んっ!やっぱり、これ美味しいね!みんなも食べようよ。」

「ぱるね先輩……。」

「あのねえ……。」

「ははっ!ぱるねさん、いいねえ!確かにお茶会ではお菓子を楽しむのが一番だ!」


 さくらちゃんとふるるちゃんがあきれるように私を見て、まーりが大笑いしながら彼も一口含みました。えりおとうぃにーも「確かに、美味しいものはまず楽しむべきですね。」「ティーが冷めました。入れなおして頂けますか?」と言い、サロンに穏やかなティータイムが戻ってきました。


「ところでさ、『貴族らしさ』ってなにかな?」

「ぶっ!?」


 そこに特大の爆弾を引き戻したのも私でした。え、気になったんだもの。


「ふるるちゃん、吹き出すのは良くないよ、多分そういうのは貴族らしくないってのは私でもわかるよ。」

「ぱるねが爆弾ぶっこむからじゃないの!」

「気になったんだもの。宇宙船でのお貴族様のお仕事って、『変わってはいけないものを守る』ことだよね?」

「「「変わってはいけないもの?」」」


 私の疑問に、ふるるちゃんだけでなく、男性陣3人も問い返します。私は構わずお菓子に手を伸ばし、そして続けました。


「宇宙船って、閉じた環境でしょ?何か大事なものが壊れたりしたら全部ダメになっちゃうよね。だから、基幹っていうのかな?変わっちゃいけない一番大事なものを守る人が必要で……。それが宇宙船で帝国制が維持されてる理由で、お貴族様の仕事なんだって教えてもらったことがあるんだよ。」


 このお菓子美味しいのでつい手が伸びますね。モグモグと口を動かしつつ、お茶を一口。口の中のものが無くなったのを確認してから、さらに言葉を続けます。


「でも、そうじゃない部分、たとえば文化とか伝統とか、そういうのは変わっても大丈夫だよね?」

「え……うん。」

「多分だけど、みんなが言ってる『貴族らしさ』って、『貴族らしい伝統』とか『貴族らしい文化』ってことでしょ?ふるるちゃん、そういうのに縛られるのが嫌なんだよね?」

「そう……ね、そうだけど。」

「伝統とか、文化とかは、そもそも変えていいものなんだよ。窮屈だったら、ふるるちゃんが変えてしまえばいいんじゃない?」

「え……そう、なるの?」

「そうだよ!それで、守らなければいけない大事なものだけ、『貴族らしく』守っていくことができれば、それがお貴族様だよ。」

「で、でも、伝統を変えるのって、すごく大変よ。それを認めてもらうのは……。」

「まあ、難しいわね。」


 そう答えたのは、りすてるお母さまです。ティーカップを一口傾けると、言葉をつづけました。


「私みたいに、『貴族の伝統』に恋愛して結婚したような頭の固い人間に向かって『伝統を捨てろ!』なんて言ってたら埒が明かないわね。それでも、私だって変えてしまった『伝統』はあるのよ?たとえば、この『借景』。私がこの家に嫁いできたとき、この屋敷の庭は、もっと典型的な西洋式庭園だったの。」


 お母さまは窓越しに庭の遠景を眺めながら、少し懐かしそうに微笑みました。


「でもね、私にはどうしても馴染まなかったの。私は日本観測区で育ったから、自然と調和した景色に心惹かれるのよ。この屋敷を見たとき、バラ園の美しさはもちろんだったけれど、それ以上に遠くの山や竹林が目に入ったわ。それを切り取って、この家の一部にしたいと思ったの。」


 お母さまはカップを置き、静かに言葉を続けました。


「伝統的な庭師や一部の使用人たちからは反対されましたけどね。それでも、『借景』という考え方をこの家に持ち込んだことで、訪れる人の心が安らぎ、広がりを感じてもらえるようになりました。……私は、伝統を変えてはならないとは一言も言っていないわ。ただ、『守らなければならないものを守っている誇りと責任』だけは、持っていてほしいと思っています。ふるる、あなたがどうしても貴族を捨てたいのなら止めないけれど、私たちが担っている重責からは目を背けないでほしい。」

「お母さま……。」

「ただ、重責の意味を取り違えないでね。伝統や文化くらいなら、こっそり変えてしまえば良いわ!」


 その瞬間、彼女の微笑みはいたずらっぽく弧を描き、サロンの空気を和ませました。……これで終わればよかったのですが、そのときです。えりおがふとぱるねを見て、にこりと微笑みながら言いました。


「ぱるねさん、あなたの言葉に深く感銘を受けました。伝統と変化のバランスを保つという視点、素晴らしいですね。どうでしょう、私の家の未来を一緒に考えてみませんか?」

「えっ?」


 私が驚く間もなく、まーりが手を叩いて声を上げました。


「それいいね!ぱるねさんみたいな人が僕の家にいたら、絶対に楽しいだろうな!ぱるねさん、僕と一緒にいろんな伝統をぶっ壊して、新しいものを作らない?」

「え、えーっと……?」


 そして最後に、うぃにーが真剣な顔で口を開きました。


「ぱるねさん、あなたのように直感で核心をつく方は、私の家にも必要です。ぜひ、一緒に未来を築いていただけないでしょうか。」

「ええー、こ、こまるなあ……。」

「ちょっと待ちなさいよ!私のお茶会なのよ!なんでぱるねが主役みたいになってんのよ!」


 我慢しきれずに、ふるるちゃんが顔を真っ赤にして怒りだしました。そんな様子に、みんなはいたずらに成功した子供のように笑い合います。そうしてふるるちゃんのお茶会は和やかに終わったのでした。


 さて、今日はお時間となりました。変えてはいけないもの、変えても良いもの。この2つは似ているようで、時に私たちを迷わせます。でも、その違いを見つけることができたとき、きっと新しい道が開けるのではないでしょうか。大切なものに気づいたり、それを守るために少しだけ変化を受け入れたり。そんな勇気を持つことができれば、貴方や私の世界ももっと豊かになるかもしれません。とても難しいことかもしれませんが、貴方がそんなふうに悩んでいる人を見かけたら、少し手を差し伸べてみてください。――それでは、また。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る