第24話 ふるるとバラのお茶会(前編)
私の声は貴方に届いていますか?
今日は宇宙船を運営している「お貴族様」についてお話します。
宇宙船には私たちの『日本』地域のように地域ごとのコミュニティがあり、民主主義で運営されていますが、宇宙船全体を纏め上げるコミュニティというか政治体があり、その組織ではいわゆる「帝国制」が採用されています。帝国というからには皇族や貴族も存在しますが、いわゆる人権に相当する権利・義務については貴族も平民も違いはありません。貴族でも犯罪を行えば平民と同じ法で裁かれます。また、教育についても絶対的な実力主義であり、平民と貴族は学力が同じなら普通に同じ学校に通います。
また、貴族・皇族は絶対的な世襲制ではありません。世継ぎに十分な資質がない場合は世襲しないため、エリート層といえど教育に手を抜くことはできないとされています。それでも名門と言われる貴族家はいくつかあり、ふるるちゃんの実家もその1つです。3代続けば優秀とされる宇宙船貴族の中、千年以上の歴史を持つとされています。
そんなふるるちゃんが、個人AR端末を見て頭を抱えています。どうしたのでしょう?
「うがーー!また、勝手に!」
「ふ、ふるる先輩?」
「ほら、さくらちゃんが怯えてるよ?どうどう、ふるるちゃん。」
「馬扱いしないで!もう、もう、もう!」
ウシ扱いしたら良いのかな?というボケはやめておいたほうがよさそうですね。
「そういうのを日本のことわざで『火に油を注ぐ』って言うのよ!」
「まだ何も言ってないよ、ふるるちゃん。」
「わかるんだから!……うー。ごめん。ちょっと興奮した。」
「落ち着いた?どうしたの?」
「うん……。お母さんがちょっとね。勝手に『お茶会』をセッティングして、それに出席しろって。」
「『お茶会』?美味しいもの食べられるなら良くない?」
「相変わらずくいしんぼさんね。お茶会って言ってるけど、体のいい『お見合い』よ。そろそろ相手を見つけなさいってプレッシャーなのよ。」
「お見合い?今どき?」
宇宙船の恋愛観は、貴族でも平民でも恋愛がほとんどです。世襲が重視されない以上、家同士が積極的にお見合いするようなこともほとんどないと聞いていたので、私はつい聞き返してしまいました。
「私のお母さんはね、今どき珍しい家柄重視のお見合い結婚でね。誇りを持ってるというか、それはいいんだけど、私にそれを強要しようとするのよ。はあ。」
「ああ、それはなんだか、大変そうだね。」
「……そうだ!ぱるね、さくら!」
「「はい?」」
「あなたたち、一緒に来なさい!美味しいお茶とお菓子が待ってるわよ!」
「え、ほんと!?……いや、ちょっと、それはどうなのかな?」
「お菓子に反応したわね!見逃さないわよぱるね!さくらちゃんもどう?」
「え、うーん。正直言えば、ちょっと興味があります。」
「きまり!お母さまにお話してドレスも用意してもらうから。それじゃあ次の日曜日ね!」
「3日後だよ!急だね!?」
こうして私たちの「突撃!ぱるねちゃんちのお茶会大作戦」が急遽決まったのです。……そして当日、私たち3人はふるるちゃんちの執事さんが運転する車に乗っていました。前も言ったことありましたっけ、この車、窓が曇りガラスで外の風景が映らないんですよね。セキュリティのためとはいえ、いったいどんな秘密のルートを通るのかいつも気になってしまいます。
「お嬢様方、門を抜けますので窓を透明に致します。」
「わかりました。ぱるね、さくら、ここが私のおうち。」
「「……うわー!」」
パッと曇りが消えたガラスの外に映るのは見渡す限りのバラ園。青空に向かって広がるように咲き誇る色んな色のバラの花々が。道の両脇には、純白のバラの列が一直線に屋敷へと続く石畳のアプローチを彩っています。窓を開けてみると風に揺れるたびに甘い香りを漂わせていました。
「ああ、今はバラの時期だったわね。今年も頑張ったわねー。」
「庭師にお伝えしておきます。喜びますよ。」
「すごいね、ふるるちゃん、これが伝統だね、千年の重みだね。」
「本当にすごいです……。」
「まあ、家柄が古いだけよ。あと少し進んだら到着ね。」
そのまま言葉を失い、ただ風景を見つめる私たちを乗せて、車は静かに進みます。その先に見えてきたのは、歴史を感じさせる大きな洋館でした。堂々とした外観に、窓枠には繊細な彫刻が施されています。バラ園の美しさを背景に、洋館の存在感がさらに際立っていました。
「立派な洋館だねー。日本建築じゃないんだ?」
「このエリアは日本観測区外よ。季節の巡りは同じだけどね。でも、少しだけ日本の建築を『借りて』いるわ。まあ、あとでね。」
日本観測区の区外に出るには、移動時間が短すぎます。いったい、どんな速度で移動したんだろう……。車は、石畳の床が淡い光を反射し、重厚な柱が並ぶ屋根付きの車寄せに静かに止まりました。執事さんがすっと扉を開けてくれます。そして、ふるるちゃんが一歩外に出ると、左右に並んだ人々が一斉に頭を下げました。
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
「ええ。今日は客人もいますからよろしくね。」
「かしこまりました。奥様がお待ちです。」
「そう……。このまま向かいます。」
少し低めの声で静かに告げるふるるちゃんの表情には、いつものバタバタした感じは微塵もありません。ただただ、凛としていて、どこか近寄りがたい雰囲気さえ漂わせていました。
「ね、さくらちゃん、すごくない?本物のお嬢様が居るよ。」
「ふるる先輩、こんな感じの人でしたか……?」
「ちょっと、聞こえてるわよまったく。行くわよ。」
ふるるちゃんが先導し、私たちは屋敷の大きな扉をくぐりました。広々としたエントランスホールを抜け、高い天井にぶら下がる豪華なシャンデリアを望みながら、磨き抜かれた大理石の床に足音を響かせます。そのままホールを抜ける廊下を進むと、壁には歴代の家人達と思われる肖像画がずらりと並んでいて、私たちはその目線を感じながら歩いていました。
「わ、このおじさんは厳格そう。綺麗なお姉さんもいるね。」
「確か、千年以上続く家系ですよね、これが歴史の長さなんですね……。」
「こら、足を止めない。サロンに着いたわよ。……扉を開けてちょうだい。」
いつの間にかそこにいた執事さんが、静かにサロンの重厚そうな扉を開きました。広々としたサロンと、その向こうに広がる景色が目に飛び込んできます。サロンの壁一面に大きな窓がありました。その外には、青空を背景にした広大なバラ園。咲き誇る花々が風に揺れ、遠くには竹林と石灯籠が控えめに配置されています。
「わ、これ、すごいね。これ、日本建築の伝統技法じゃなかったかな?えーと。」
「借景ですね。」
「そうそうさくらちゃん、それ!まるで一枚の絵画みたい!」
「……ふむ。」
不意に響いた低い声に目を向けると、サロンの中央にある豪奢な椅子に、一人の女性が座っていました。深いワインレッドのドレスをまとい、背筋を伸ばして椅子に腰掛けています。静かな光を宿した目が、私たちを捉えていました。
「お母さま!これは……。」
「ふるる、あなたのご友人、なかなか良いセンスをしているわね。いらっしゃい。ふるるの母で、りすてるです。」
「突然騒いでしまってごめんなさい!私はぱるねです。ふるるちゃんと同じ、地球観測部で2年の部員をやってます。」
「さくらです。同じく地球観測部の1年です。」
りすてるお母さま、ふるるちゃんから聞いた感じだともっと厳格で貴族らしいイメージでしたが、思ったよりは物腰が柔らかく感じます。
「3人とも、今日お茶会があることは聞いているわね?今日は3人の男の子をお誘いしてお茶会を開きます。それとふるる。」
「……はい。お母さま。」
「男の子3人には誰が私の娘なのか、伝えないからそのつもりでね。」
「え!それってどういう……。お母さま、2人を巻き込まないで!どうしていつもこうなのよ……。私に家柄を押し付けたいからって……!」
ふるるちゃんは怒りをにじませつつも、なにか諦めたようなトーンで反論しますが、お母さまは軽くあしらいました。
「ただのいたずらよ、ふふ。でもね、あなたに家柄は付いて回るわ。ただ逃げるだけじゃなくて、どう向き合うのか考えながらお茶会に参加してみなさい。さあ、3人とも準備してきなさい。(パンパン!)彼女たちに、お仕着せ頼むわね。」
物腰が柔らかいようで押しが強いお母さまは、そう言った後メイドを呼びました。こうして私たち3人は、メイドさんたちにそれぞれ別室に連れていかれ、なにやらおめかしをすることになったのです。そして、お茶会が始まります。
さて、今日はお時間となりました。お茶会の続きは次の機会にお話ししますね。少々強引なお母さまがセッティングしたお茶会ですが、なにやら思惑がありそうです。どんなドラマが待ち受けているのでしょう?貴方も一緒に想像してみてください。――それでは、また。
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