第23話 黒歴史の歴史?

 私の声は貴方に届いていますか?

 今日は日本の言葉として知られている「黒歴史」についてお話します。


 宇宙船では「いんたーねっと」の情報解析が行われていますが、片道10光年少しのタイムラグがあるため、宇宙船の方から指示して情報を入手していてはいつまで経っても情報の更新が行われません。そこで、現地の人工衛星にいんたーねっとの情報を自動収集するAIを送り込み、まんべんなくデータ収集が行えるようになったのが10年前です。


 今では約10年のタイムラグこそありますが、一般に公開されている情報であれば基本的にあらゆる情報が収集され、宇宙船のデータベースに蓄積されるシステムが構築されています。そのデータベースには「日本のことわざ集」などといった日本の言葉に関する情報も含まれ、日々最新の情報にアップデートされていると聞きます。


 それでですね、先日ちらっと聞いた言葉があるんです。多分あれ、日本の言葉だと思うんですが、うーん、語感でなんとなく雰囲気をつかめるんでその時は聞き流したんですけど。あとになってずっと言葉の意味が気になってるんですよね。なので、まずは本人に聞いてみましょう。


「さくらちゃん、あのね?」

「はい、なんですか?ぱるね先輩。」

「『黒歴史』ってどういう意味?」

「っ!?げほっ!えほっ!」


 あれ、さくらちゃんがいつもの物静かな感じを捨てちゃいましたよ。お茶にむせている彼女を、ふるるちゃんと2人で介抱しました。


「ぱるねぇ、ときどき思うのだけど、あなたって容赦ないわよね?」

「え、そんなひどいこと言った?」

「うぅ、ぱるね先輩、あの日々は若き日の過ちだったんです。忘れたい過去なんです……。」


 そう、それそれ!私はさくらちゃんをはしたなく指差し、話を続けます。


「えっとね、雰囲気でなんとなく、意味はわかるんだよ。でも、『黒歴史』って言葉、私よく知らなくて。多分、日本の言葉なんだよね?」

「あー、そっちの話?そうね、確かに日本の言葉よ。私知ってるわ。日本の情報なら観測端末から調べた方が早いんじゃない?」


 ふるるちゃんは言うが早いか、早速端末を広げ、データベースを探しました。程なくして「黒歴史」に関する情報が見つかります。


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 【観測データによる「黒歴史」の概要】

「黒歴史」とは、日本のいんたーねっとで生まれた言葉です。主に「恥ずかしい過去」や「なかったことにしたい記憶」を意味します。語源は「ある日本のロボットアニメ」に由来し、作品内では「過去の文明が残した忌まわしい出来事や封印された歴史」として描かれていました。その後、個人の失敗や思い出に対する自嘲的な表現として広まりました。


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 ふむ、と私はうなづきました。


「あ、大体あってた。恥ずかしい過去とか、無かったことにしたい過去って意味なんだね。……つまり、さくらちゃんには恥ずかしい過去があるってことだね。教えてくれたらうれしいな!」

「やっぱり容赦ないわ、ぱるねって。」

「うぅ……。言わなきゃダメですか?」

「そういうの、日本のことわざで『若気の至り』って言うのよ!さくら、意外と話してみたらなんてことない、って思い出になるわ、きっと、多分!」

「ふるる先輩も容赦ないじゃないですかぁ。……はあ、えっと、映像です。これが私の『黒歴史』です……。」


 さくらちゃんがため息をつきながらAR端末を操作すると、ふわりとホログラムが浮かび上がりました。そこに映し出されたのは、中学生時代のさくらちゃんが演じる「光の魔法騎士」シェリカ・リムナと、その仲間たちとのロールプレイの映像です。


 背景には壮大な魔法都市が広がっていました。恐らくコロニーΩで行われた大規模なARイベントの一環でしょう。街全体がファンタジーの舞台に変貌し、高層ビル群は尖塔や城壁に姿を変え、空には巨大な魔法陣が浮かび、光の粒子が漂っています。地区全体がこのロールプレイに対応しており、さくらちゃんたちはその壮大な舞台で、全力で物語の中心を演じていたようです。


「光の魔法騎士、シェリカ・リムナ!この光で闇を払います!」


 シェリカ――これは、さくらちゃんです――が堂々と名乗りを上げます。煌びやかな衣装をまとい、虹色に輝く杖を掲げる姿は、まるで物語の主人公そのものでした。


「すごい……本格的だね!」

「なかなかやるじゃない。これ、街全体が舞台になってるの?ちょっと規模が大きすぎない?」


 私が感心して言うと、ふるるちゃんも腕を組みながら頷きました。


 そのとき、画面の奥から金と黒のドレスをまとった美しい女性が現れました。銀髪が風に揺れて、紅い瞳が冷たく光ります。高貴な雰囲気が漂っていて、私は思わず見入ってしまいました。


「私はラミール・エクラ。この世界の滅びを防ぐため、お前たちをここで止める。」

「滅びを防ぐ?この世界を脅かしているのはあなたでしょう!」


 シェリカが杖を構えて問いかけると、ラミールはゆるやかに微笑みました。


「いいえ、この世界はすでに崩壊の淵にあります。柱を失い、支えをなくしたこの地を守るためには、闇の力がどうしても必要なのです。」

「闇の力で守るって……それじゃあ、本当に平和になるとは思えない!」

「希望の光が真実を覆せるのなら、私を超えてそれを証明なさい。シェリカ・リムナ。」


 ラミールが黒い扇を広げると、無数の黒い花びらが舞い上がり、空間を覆いました。――


「……これ、黒歴史じゃないよ、普通にすごいよ!」

「むしろ誇れる青春じゃない。これはこれで素敵だと思うわ。」

「うう……、だから見せたくなかったんです!」


 私が感動を隠せずに声を上げると、ふるるちゃんも笑って言いました。顔を赤くしながらつぶやくさくらちゃん。でも、どこか少し嬉しそうにも見えました。


「わ、私だけ『黒歴史』を公開するなんてずるいです!先輩たちのも見せてください!」

「うわっ!?さくらちゃんが怒った?」

「私はねえ……黒歴史っていうのとは違うかもしれないけど、小さいころダンス発表会に参加してね、大失敗しちゃったことがあるわ。ほら、映像」


 ふるるちゃんが映像を操作すると、ホログラムには煌びやかな舞台が映し出されました。格式高いホールで、小さなふるるちゃんがフリルたっぷりのドレスを着て、貴族の子女たちと共にダンスを披露しています。


 けれど、彼女だけステップを間違えたり、他の子が優雅に回る中で回転のタイミングを外して、とうとうドレスの裾に足を引っ掛けて転んでしまいました。それでも、涙目になりながら小さな手を伸ばして立ち上がり、ぎこちないステップで必死に踊り続ける姿に、観客席から温かい笑いと拍手が起こっています。


「けなげでかわいいです、ふるる先輩の小さい頃ですか?」

「可愛い!これも黒歴史なんかじゃないよ、良い思い出だよ!」

「実はこのころのこと、ほとんど覚えてなくてね。多分当時の私にとっては『黒歴史』だったはずね。でも、今見たら、自分でいうのもなんだけど、可愛くない?一生懸命だったことは伝わってくるし、こういう映像が残ってるのも良いかなーって今では思うわ。」


 さて、さくらちゃんがこちらに目を向けました。


「それで、ぱるね先輩はどうなんですか?黒歴史、ないんですか?」


 うーん、困ったぞ。正直に言っちゃっていいのかな。……良いよね。


「実はねえ……、いまだに『黒歴史』にピンと来てないんだよね。」

「ぱるねぇ?あなた、そういうの日本のことわざで『煙に巻く』って言うのよ。」

「えーと、失敗したり恥ずかしかったりしたことを話せっていうなら、いくらでも話せるよ?でも私、あんまりそういう思い出、隠したいとか思わないんだよね。」

「ぱるね先輩?」

「それに、2人の思い出だって、黒歴史には思えないよ。その時真剣に頑張った、立派な過去だよ。なんで2人は黒歴史って思ったのかな?」

「そんなの簡単よ。答え出てるじゃない。」


 ふるるちゃんが、余裕たっぷりの微笑みを浮かべて言葉を続けました。


「真剣だった思い出って、後から振り返ると恥ずかしいものなのよ。ぱるねは鈍感だから感じないかもしれないけど、さくらや私は繊細な女の子ですから?恥ずかしくてふたを閉めたい気持ちになるのよねー。」

「あ、ふるるちゃんひどいよ!」

「でも、ふるる先輩は、黒歴史も今はいい思い出、って言えるんですね。良いなあ……。」

「私は忘れちゃってるからねえ。さくらは忘れないだろうけど、それで良いんじゃない?」

「そうだよ、本気で頑張った思い出は大切な宝物だよ。だからさくらちゃんも、その『黒歴史』を宝箱に大事にしまって、あと、たまには思い出してあげてね。」

「……!はい!」


 さて、今日はお時間となりました。黒歴史って、封印された歴史という意味ですよね。でもそれは、大切な思い出を宝箱にしまう行為なんだと思います。貴方には「黒歴史」ありますか?それはきっと、未来の貴方が笑顔で思い返す宝物になるはずです。本気で頑張った思い出を、大事にしてくださいね。――それでは、また。

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