第22話 「端午の節句」にまつわる研究成果
私の声は、貴方に届いていますか?
今日は日本の「端午の節句」にまつわる研究成果をお届けします。
日本では5月初旬、子供の成長を祝う「端午の節句」という文化があるそうですね。 とくに印象的に感じたのが、空を泳ぐ「コイのぼり」。人工衛星からの映像を見たとき、空を自由に泳ぐコイたちがとても素敵でした。日本文化ってすごいですね!どうやったら、こんな発想が生まれるんでしょうか?
そんな素敵なアイデアに触発され、宇宙船では「コイを空に泳がせろ大作戦」が始まりました! さあ、私たちは、この壮大なミッションを成功させられるのでしょうか?
「今日からお世話になります。正式に入部することになりました、さくらです。」
「「よろしくーー!」」
パチパチパチ。室内に拍手が響きます。この間から体験入部で顔を出してくれていたさくらちゃんですが、今日、入部届が提出され、正式に部員となることになりました。まだまだ部員は少ないですが、これからもっと楽しい部活になればいいですね!
「で、皆さん、今日はまったりコースなんですか?」
「ん?どうだろう?今日くらいそろそろ……(ポーン!)、ほら、来た来た。」
3人で端末をのぞき込むと、そこには「端午の節句」というタイトルと、空を泳ぐコイの動画でした。風を受けて体をくねらせながら、コイは悠然と泳いでいます。ひるがえる赤や青、緑の複雑なうろこを体にまとった大きなコイ。日本の田園風景の中、青空と山を背に空を泳ぐ、のどかでどこか懐かしい景色が映し出されていました。
「すごーい……!日本ってコイが空を泳ぐのね!大きい!」
「綺麗だね!これ、宇宙船でもできるかな?学校の池に居るコイを空に浮かべようよ!」
私の思いつきに、ふるるちゃんが一瞬きょとんとした後、怪訝そうに答えます。
「いや、無理でしょ。せいぜいARじゃないの?それに、池のコイを空に放り上げたら死んじゃうじゃん……。そんなの可哀そうよ。」
「……水を空に浮かべることはできる。なら、その中にコイを浮かべれば?」
「それだ!」
私は大声を上げ、さくらちゃんの方に振り向きました。肩をつかんでぶんぶん振りながら声を掛けます。
「さすがさくらちゃん、天才!絶対いけるよ、ちょっと相談に行こう!」
「うわ、わ、え?ど、どこに行くんですか?」
「あー、こうなったらぱるねは止まらないわよ?さ、ついていきましょ。」
意気揚々と部室を出た私は、2人を引き連れて少し歩いた先の教室に向かいました。私たちの部室に似た、理科室風の教室に到着しました。ここは以前訪れたことがある、真面目でちょっとマッドサイエンスな、マホウ科学部です。いつものごとく、申し訳程度にノックしてからそのままガラリと扉を開けました。
「こんにちわー。ふぇいな部長ー。空にコイを泳がせてみませんか?」
「ぱるね君はいつも唐突だね。何のことだい?」
私は部長とその部員たちに、空を泳ぐコイの映像と、実際に泳がせてみたい、きっと綺麗だからと説得に入りました。ふぇいな部長は興味深そうに話を聞いた後、こう答えました。
「難しいね……。でも、面白そうだ。空中に水を安定して浮かべる技術か、実現する価値はある。」
「そうですか!そうだ、ほかに声をかけた方がいい人居ますか?相談してきます!」
「そうだね、まずは彼だね、……。」
そんな風にどんどん人を巻き込んでいく様子を、びっくりしたような目で見つめているさくらちゃんと、あきれた様子のふるるちゃん。2人はこんな会話をしていました。
「すごいですね……。ぱるね先輩、交友関係広いんですか?」
「んー。ふぇいな部長とはよく相談に行くけどね、ほかの人は初対面じゃないかな。」
「えぇ?普通にしゃべってるじゃないですか、談笑までしてる。」
「まあ、ぱるねは人を巻き込む天才だからね。いつも振り回してるようで、周りの人は全然苦にしていない。楽しくプロジェクトを進めることにかけて、ぱるねほど適材はいないわ。」
「……。」
さて、こうして始まった「コイを空に泳がせろ大作戦」ですが、大変でした。水を浮かべることはできても試しに入れてみた石が落ちちゃったり、浮かべた水が空のかなたに逃げてしまったり。コイを浮かべられそうなくらい安定するのに数日を要しました。まずは池から高さ数cm、コイの動きに合わせて水を前に移動する仕組みも完成し、ついに本日、本格的にコイを泳がせる実験を行うことになりました。
空への入り口は池に浮かべた黄色いサークルです。装置のスイッチを入れると、淡く青白い光が生まれ、水玉が1つ、2つ……、少しずつ浮かび上がりました。この輪の中にコイが訪れれば、一緒に空へ浮かび上がるはずです。みなが固唾をのんで見守る中、私は餌袋に手を突っ込みました。
「さあ、みんな、餌だよー。お空にもいっぱい餌があるよー!」
そして、サークルの中に餌を投げ込むと、いつものごとくバシャバシャとコイたちが寄ってきました。そのまま餌を追いかけるように、コイたちが優雅に空へと誘われます。浮かんだ水玉の中にも餌が浮かんでいて、それを追いかけるように勢いよく、コイたちが泳ぎます。赤が差し込んだ白地のコイ、黒が混じったブチのコイ、淡い黄色や薄紅色のコイ。コイは体に薄く水をまといながら優雅に揺らめいて舞い上がり、太陽の光を反射して、金銀に煌めいていました。
「うわあ、うわあ、すごい、すごいよ!あ、行っちゃう、みんな、追いかけよう!」
「う、うん、これはすごいわ。ほんとだ、屋根より高いコイのぼり、そのものね……。」
「綺麗ですね。これは……、光るリボン?コイの体が揺れるたびに、水にまとった光模様が踊ってる。……私、不安だったんです。新入部員が1人しかいなくて、これからやっていけるのか。今年はまだよくても、先輩たちが卒業したらどうなるんだろうって。」
「さくらちゃん、大丈夫だよ。部活は違ったって、学校にはいろんな人がいて、楽しそうな人も困った顔をしている人もいて。手伝って、手伝われて、いつの間にか空を飛ぶコイも生まれちゃうんだよ。」
「そうねぇ。まあぱるねは人を巻き込みすぎだけどね!どっちにせよ、地球観測部は、見つけたら実現せよ!がモットーだから。人数少なくたって、おもしろいもの見つけていれば、なんとかなるわよ。」
「先輩……。」
さくらちゃんは、私を見て、次にふるるちゃんを見て、それから、1人うなづくように目を閉じました。しばらくしておもむろに空を見上げ、下を見て、一言つぶやきます。
「それはそれとして、池のほう、みんな居なくなっちゃってませんか?」
「……へ?」
さくらちゃんの指摘に、私たちはハッとして池を覗きました。見事に魚影がありません。上を見上げると、屋根より高いコイの姿。池の上どころか、校舎全体にまでコイたちの活動域は広がっていました。
「回収、回収はどうやって!?早くスイッチ切るのよ!」
「だ、ダメですよ、水玉が弾けてコイが落ちてしまいます!」
「これは困ったねぇ。うーん、少しずつ出力絞るから、君たちはコイが地面に落ちないよう、水槽持ってキャッチしにいってくれないかな?」
「ええ、部長!本当に全部手で集めるしかないの?……なんでこう、いっつも最後が締まらないのよ!」
「ふるるちゃん、ごめんね、ほら向こう。そろそろ先生方がオカンムリだよ。一緒に怒られてね。」
「ふえーーん!」
コイたちは校長先生お気に入りの日本インスパイヤ、一点物で、とても高価だと後で聞きました。当然大目玉が落とされましたが、何とか無事にコイをすべて回収できました。のちに重力フィールドの新たな制御技術に関するふぇいな部長の発表した論文が、学会で大きく取り上げられたのはまた別のお話です。
さて、今日はお時間となりました。日本のコイは空を泳ぐだけですか?もしかして大きくなって背中に乗ったりできるんですか?またいつか、貴方のお話を聞かせてください。――それでは、また。
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