第21話 ふるると八十八夜

 私の声は貴方に届いていますか?

 今日は嗜好品と「八十八夜」についてお話します。


 貴方にとって「嗜好品」とはどんなイメージがありますか?ぜいたく品でしょうか?私は日常生活を彩る「心の栄養」じゃないかと思ってます。宇宙船のような閉鎖環境において、心の栄養が滞ることはとっても寂しい気持ちになっちゃうのではないかと思うのです。嗜好品がない食卓やおやつの時間なんて、考えただけでゾッとします。


 ところで、ふるるちゃんの実家はお貴族様です。各貴族家はそれぞれ専門分野を持ち、その分野に対して特権と責務を持ちます。聞いたところによるとふるるちゃんの実家では「嗜好品食物の安定供給」という責務を担っているらしいです。お茶とかカカオ、ハーブやスパイス類が該当しますね。とても大事な役割を担っていると思います。


「それにしても、ここの部室のお茶、いつ飲んでもすごくおいしくないですか?」


 いつものティータイム。さくらちゃんはカップを一口すすった後、そんな疑問を投げました。……確かにいつも美味しいねえ?


「ん-、私はただ、いつもの棚から適当に茶葉を選んでるだけだよ?……あれ?これって誰が補充してるの?」

「ああ、それ、私の実家からいつも送ってくるのよ。」


 ふるるちゃんが、少しつまらなさそうに答えます。でもこの棚の茶葉、改めて確認すると、とんでもない高級品に見えます。庶民が部室で気軽に飲むようなものじゃないよね。


「あれ?これも……この葉も……ねえ、ふるるちゃん。これすごく高い茶葉じゃないの?」

「気にしないで、実家で作ってるものだから。それに所詮嗜好品だもの。大したことないわ。」

「大したことあるよ!嗜好品は心の栄養だよ!お茶のないティータイムなんてただのタイムだよ!」

「ぱるね先輩、意味が分かりません。でも……、ふるる先輩の実家って『彩りの貴族様』ですか?」

「あら、よく知ってるわね。でも本当に大した家じゃないから。気にしないで飲んで飲んで。」


 その時、「ポロン!」と観測端末が鳴りました。通知が入ったようです。ふるるちゃんはなんだかつまらなそうにしているので、私とさくらちゃんが画面を見ました。


 ★★★★★★★★★★★★


 【地球観測通知】

 観測データ更新: 八十八夜(初期解析完了)


 【概要】

 八十八夜は日本の伝統的な季節行事で、立春から数えて88日目に行われる文化的イベントです。

 主な活動内容は以下の通りと推定されています。


 ①「新茶の収穫」:この時期に収穫される茶葉が「新茶」と呼ばれ、特別な価値があるとされています。

 ②「縁起の良い日」:八十八夜に収穫された茶葉は健康や長寿を願う縁起物として扱われています。

 ③「農業の節目」:農作業の重要な節目の日とされ、茶以外の作物についても祝いや行事が行われていた可能性があります。


 【観測の限界】

 ・「縁起の良さ」の具体的な背景や根拠は未確定。

 ・他地域や時代による風習の違いについては、さらなる解析が必要です。


 ★★★★★★★★★★★★


「立春から数えて88日目、ですか……?いつでしょう、調べます。……えーと、5月1日頃ですね。」

「へえ、ちょうど今頃なんだね。ふるるちゃん、お茶の収穫時期って今頃なの?」

「え?うーん、宇宙船だと季節関係なく栽培できるからいつ頃ってのはないわね。いつでも新茶は飲めるわよ。」

「つまり毎日が八十八夜なんだ!宇宙船の人はいつだって健康で長寿なんだね!」

「や、それは大げさでしょ。」

「じゃあね、『いつでも八十八夜で目指せ健康長寿!ティータイムイベント』を開催します!」

「ゔぇ!?たかが嗜好品じゃない、イベントなんて……。」

「良いですね、ぱるね先輩。ふるる先輩、やりましょうよ。」

「えええーー、さくらまで!?……わかったわよぅ。」


 こうして、ティータイムイベントの実施が決定しました!部室の道具を確認してみると、お茶点ての道具一式が見つかりました。なので、今回はちょっと本格的に入れてみたいですね。えーと、確か観測端末のデータにお茶点ての動画がありましたよ……っと。参考にしてみましょう。


「こうかな?あれ、こんな感じ?」

「いえ、ぱるね先輩、ここはこーいう感じではないですか?」

「こう?こう?」

「だーー!お茶がもったいない!ちょっと貸してみなさい、お茶はこう点てるの!」


 ふるるちゃんが、棚から見つけた茶筅を手に取り、まるで普段からやっているかのように自然な動きでお茶を点て始めました。まず、湯呑みに抹茶の粉をそっと入れ、お湯を注いでから、手首を滑らかに動かして茶筅を軽快に振ります。泡が細かく立ち上がり、まるで緑色のベルベットみたいなお茶が完成しました。


「ほら、これくらい普通でしょ。ぱるねもさくらも、飲んで良いわよ。」

「(ずずっ……)、お、美味しい!ふるるちゃん、どう見てもプロフェッショナルなんだけど!」

「ま、まあたまに自分でも飲むしね。せっかくならおいしく飲みたいじゃない。」


 さくらちゃんなんて、言葉もなく、ほわぁ……って感じにふにゃけています。これは絶対成功すると、しゃーれ先生にも相談して会場の手配を行いました。数日後、ショッピングモールのフードコート近くを借りたティータイムイベントが行われることになり、準備に奔走することしばし。さあ、当日です。


「いつでも八十八夜で目指せ健康長寿!ティータイムイベント!」の幟も屋台も準備しました。急須で入れるお茶、お茶点て道具で入れる本格抹茶、やかんでがぶ飲みほうじ茶など、お茶の種類もばっちりです。フードコートに人が集まりだすころに合わせ、呼びかけを始めました。


「お茶はいかがですかー。八十八夜で健康長寿!お食事と一緒に楽しんでみてくださいー。」

「何があるんだい?」

「あ、おばあさん。急須でもほうじ茶でも本格抹茶でも入れますよ?」

「ほう、じゃあ抹茶を点てて貰えるかねえ。」

「僕はあっさりしたのがいい!」

「じゃあ、ほうじ茶とかいいよ。ちょっと熱いから、冷ましながらゆっくり飲んでね!」


 屋台の中ではふるるちゃんが、黙々と各種のお茶を準備して回ってます。手際よく流れ作業を続けて美味しいお茶を作り続ける姿に、いつしかお客さんの関心が集まりました。


「この抹茶、ふわっとして香りがすごいね!こんなに美味しいなんてびっくりだよ。」

「ほうじ茶は何か懐かしい味がするんだよな。落ち着くよ。」

「お茶ってどれも同じかと思ったけど、こんなに種類があるなんて知らなかった!」

「あなた、すごく手際がいいわねえ。茶道でも嗜んでるのかい?」

「いえ、家でお茶をよく入れる機会があるだけです。大したことじゃ……。」


 謙遜するふるるちゃんに、お客さんは次々と声を掛けました。


「お茶といえば、『彩りの貴族様』だよな。いつも助かってるよなー。」

「そうそう。スパイスなんかもあそこなんだろ?無かったらと思ったらゾッとする。」

「毎日新鮮なお茶が飲めるのはありがたいですねえ。」


 お客さんからの好反応に、ふるるちゃんは目線を下げて作業を続けるも、ちょっと耳が赤いように見えます。そんなとき、小さな男の子が目を輝かせながら、ふるるちゃんの手元を見ていました。


「ねえお姉ちゃん、このふわふわのお茶、どうやったらできるの?」

「あ……、それはね、こうやって手首を柔らかく動かして泡立てるの。やってみる?」

「うん!お願い!」


 ふるるちゃんがそっと茶筅を渡すと、男の子は一生懸命真似しながら泡立てていました。


「お姉ちゃん、すごい!こんなの、僕のお家じゃできないよ!」

「……ふふ、いいえ?お茶は誰でも楽しめるのよ。」


 ふるるちゃんは少しだけ微笑みながら、静かに答えました。――フードコートのお昼時が終わり、屋台の賑わいも落ち着きを取り戻しました。私は少し屋台を離れ、3人で食べるために食べ物を仕入れてきました。戻ってみると屋台からすぐのテーブルに、ふるるちゃんが突っ伏しています。


「……疲れたー!」

「あはは、ふるるちゃん、お疲れ様。お好み焼きとかタコ焼き買ってきたよ、食べよ?」

「ふるる先輩、お疲れさまでした。大好評でしたね。」

「そうかしら?食べ物があれば誰だってお茶欲しいだけじゃない?」

「それってすごいよ!お茶はみんなが欲しがる飲み物ってことだよね。『彩り』なんだよ。」

「そうです。『彩りの貴族様』はすごいと思います。ふるる先輩は謙遜しすぎです。」

「そう……かしら?そうなのかな……。」


 たこ焼きを頬張ってると、フードコートを離れるお客さんたちから声がかけられます。


「またこんなイベントがあったら絶対来るよ!」

「今度はどんなお茶が飲めるのかな?楽しみにしてるね!」


 ありがとうございますとにこやかに送り出していると、ふるるちゃんが呟きました。


「嗜好品なんて、ただのぜいたく品だと思ってたけど……みんなが喜んでくれるのね。」

「ふるるちゃん、『彩りの貴族様』の自覚が出てきた?」

「もうぱるね、茶化さないで!……まあ、卑下するのはやめるわ。あって困るものではないし。」

「ないと困るものなんだよ、頑張れふるるちゃん!」

「頑張ってください、ふるる先輩。」

「えー、何を頑張れっていうのよー。困るわよー。」


 困った困ったと言いつつ、ふるるちゃんは何か吹っ切れたような表情で微笑みました。こうしてティータイムイベントは大盛況のうちに終わったのでした。


 さて、今日はお時間となりました。『彩りの貴族様』って良い言葉ですよね。なぜ嗜好品を責務とした貴族様に対してこの名前が付いたのか、私には少しわかります。きっと昔の人は、武骨でモノクロな宇宙船の環境で少しでも生活に彩りが欲しくて、嗜好品に力を注いだのでしょうね。貴方に「彩り」を与えるのはどんな存在ですか?生活に色や香り、そしてちょっとした幸せを感じる貴方でいてください。――それでは、また。

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