第20話 イセカイ文化と街おこし

 私の声は貴方に届いていますか?

 今日はイセカイ文化と街おこしについてお話します。


 以前「マホウレーティング」が4段階ある、とお話しました。お話しした通り、一番過激なレーティングは「自由にPvP可能」となります。公園区ならともかく居住区で導入なんて出来そうにないんですが……、それをやってしまった居住区があるんです。その名も「コロニーΩ」。――私たちはどんな喧騒に巻き込まれてしまうのでしょうか?


「ところであなた達、今日予定がないなら、今晩私のマンションに泊っていかない?」


 春の声散策が終わってお茶会も終わり、車で帰ろうかというとき、先生が声を掛けました。私たちは車に乗り込みながらアイコンタクトを取ります。とくに予定もなかったので、私が代表して返事をしました。


「はい、おじゃましていいんですか?楽しみです!そーいえば先生、どこにお住まいですか?ルーファ?あ、高級住宅街のウィスラとかですか?」


 最後にさくらちゃんが乗り込んだ後、動き出す車の中で先生は答えました。


「ふふ、『コロニーΩ』よ?」

「……なんですか?その、中学二年生が考えた最強の宇宙船居住区みたいな名前。」

「!?」

「どうしたの、さくらちゃん?」

「え、っと、やっぱり用事が……。」

「あらさくらちゃん、せっかくの歓迎会なんだから、主賓の退席はだめよ?」


 なぜか固まってしまったさくらちゃんに、後部座席の2人は「?」となります。オレンジ色のコンパクトスポーツカーは、かすかな音を立てながら加速し、軌道エレベーターの中に入りました。20分を過ぎたころ、車は武骨な居住区モジュールに吸い込まれます。


 突然、BGMが変わりました。それまで車に流れていた音楽がかき消され、空間全体に重厚なリズムが響き渡ります。金属の打音と弦楽器の低音が響き、笛のような高音が重なることで高まる緊迫感。曲調は激しくも規則的で、どこか「これからボス戦が始まるぞ」とでも言いたげな雰囲気を醸し出していました。


「な、なに、なんなのこれ!どこぞの民族舞踊曲?先生、チャンネル変わっちゃったわよ!」

「うぅ、やだ、帰りたい……。」

「この曲、外から流れてるよ?ほら、窓開けても聴こえるもの。……あれ、横から何か来るよ?」


 ガチャン、ガチャン──と地面を蹴る音。黒光りする金属の身体はまるで恐竜のよう。車と並走するように接近してきたそれは口を大きく開けてこちらを向きました。瞬間、膨大な熱量を感じます。なんだか、いかにも今から攻撃しますよ、って感じです。あれ?結構ピンチ?


「捕まってなさい、振り切るわよ!」


 コンパクトスポーツカーはそのサイズに似合わぬ獰猛な音を立て、一気に加速、そして大きく切ったハンドルにより左旋回しました。まっすぐ進んでいたら居たであろう場所が大爆発を起こします。大きく舞い上がる煙と破片に一瞬視界を奪われるも、車はまるでそれを気にする素振りもなく突き進みました。


「あっぶな!なんで居住区にこんなのが出るんですかぁ!」

「ここが、コロニーΩだから、っよ!」


 いつの間にか、大きな城壁と大砲を携えた街の前まで来ていました。正面に城門が見えます。重厚そうな扉が薄く開き、車は扉をかすめるようにドリフトで潜り抜けました。直後、扉が重く閉まる音。最後に扉と何かが衝突する低い音が響いた後、静寂が私たちを包み込みました。


「さ、マンションまでもうすぐよ。」

「違うでしょ!今の襲撃、全スルーとかおかしいでしょ!先生、説明してください!」

「さくらちゃん?さくらちゃん?大丈夫?」


 真っ青になってるさくらちゃんが心配です。先生の車は武骨な街並みを抜け、1つの建物の地下に入りました。入ってしまえばそこは宇宙船でよく見かけるマンション建屋で、エレベーターを登り、そのまま2DKの一室に案内されました。室内は落ち着いた雰囲気で、そこかしこに日本の小物を取り入れたワビサビが表現されていました。先生は私たちが居るのにもお構いなしで冷蔵庫を開け、ビールを取り出して一飲みしました。


「ふぅー、みんなは先にお風呂入る?あと、ビールは出せないけどオレンジジュースあるわよ?」

「私が入れますね。コップはどこにありますか?」

「あ、ぱるね、私もお願い……じゃあないですよね!生徒の前でお酒は飲まない!あと何ですかここ!」

「コロニーΩよ?」

「名前は聞いたから!さっきの襲撃は、なんだったの、よ!」

「ふるるちゃん、先生だよ、敬語は忘れちゃだめだよ。」

「……コロニーΩは、PvP全許可のアンシンアンゼンマホウ戦で絶賛街おこし中、です。もう来ることはないと思ってたのに……。」


 ぽつりと話したさくらちゃんと先生に、私たちは問いかけました。曰く、この居住区ではアンシンアンゼン、プリ〇ュアなマホウに目をつけ、住居外すべてをPvPエリアとして開放することで街おこしを狙ったとのことです。その思惑通り、対人戦やロールプレイ好きの人々がこの街に集まり、今ではこんなディストピアになっているとのこと。


「体験すればわかる」とのことで、それ以上の詳しい話はありませんでした。明日あさっては休日。女の子が4人いればそれなりに姦しく……、夜は更けていきました。先生の日本コレクションを見せてもらったり、生観測データ閲覧会で見つけた意味分からない情報にみんなで大笑いしたり、楽しかったです。


 翌日、まだ太陽の気配がない早朝。ふと目が覚めて窓の方を見ました。カーテンから漏れる閃光と低い振動に、目を丸くします。恐る恐るカーテン越しに外を見た、その先には……街が赤く燃えていました。


 空は重い雲に覆われ、緑や赤の光弾が飛び交う戦場と化していました。轟音と金属音が響き渡り、黒煙が空を覆い、街全体を赤と灰色に染め上げています。下を見ると建物の陰を駆け抜ける影。よく見ると、昨日襲われた騎兵とは異なるメカ兵器でした。その足元には、ローブを纏った人影が次々と現れ、抵抗を続けています。呪文の詠唱が響き渡ります。光の弾が放たれるたびに爆風が広がり、騎兵が、人が、瓦礫が宙を舞いました。……その時後ろから感じた気配に、私は話しかけました。


「楽しそうだね?」

「バカぱるね!あれのどこが楽しそうなのよ!死んじゃうわよ!私たちも死んじゃうわよ!」


 いつの間にか一緒にのぞき込んでいたふるるちゃんと、うるさそうに寝返りを打つさくらちゃんが対照的ですね。さくらちゃん、意外と大物です。一方でふるるちゃんは本当に知らないのか、震える手で私にしがみついて離そうとしませんでした。


 私は動画で見たことがあります。規模こそ街全体が舞台の大規模なものですが、これはPvP戦でした。証拠に、吹っ飛んだ人たちは頭に赤い×が付き、しばらくして立ち上がっては街角の隅っこで雑談をしていました。×が点滅し始めると復帰が近いようで、思い思いの方向に走り去っていきます。きっと次の戦場に向かうのでしょう。アンシンアンゼン、プリ〇ュアなマホウ戦が繰り広げられていました。


「あら、今日のPvPイベントは早いのね。まだ朝食も準備してないのに。」


 いつものごとく気配無く、しゃーれ先生がマグカップを持って傍に立ちっています。


「いつも、こんな感じですか?」

「ええ、まあ、コロニーΩでは普通ね。でも今日はロールプレイイベントもあるって通知があったから、これからのストーリー展開が熱いわよ。見に行く?」

「ロールプレイ?」

「登場人物になりきって物語を楽しむイベントね。今日はえっと、未来視少年と、幼馴染少女の物語……、いえ、ネタバレはやめておきましょう。朝食食べる時間は十分にあるから、ゆっくり準備しましょ。」


 そして1時間後、私たちは街に降り立ちました。完全にビビって私から離れないふるるちゃんと、まるで動じていないさくらちゃん。時折飛んでくる光弾は、しゃーれ先生の高レベルフィールド防御マホウが完璧にはじき返していました。


「なんでみなさん、防御マホウに手を出さないんでしょうかねえ。今なら一方的に完封できるのに。」

「せ、先生、帰りましょうよぉ?今日はもう、普通に寮に送ってくれるだけで良いですからぁ。日本のことわざには『逃げが勝ち』っていうのがあって……。」

「まあまあ、そこの角を曲がればすぐですから。ほら、すぐ下に見える橋の真ん中。『居る』でしょ?ちょうどいいからここから見学しましょう。」


 ストーリーBGMが物語を盛り上げる中、数多くの騎兵やメカ兵器に囲まれながらも獅子奮迅の動きで蹴散らしている一人の女性。一見圧倒的に見えました。ですが、少し離れたところで動けなくなっている青年は「よせフィオリン、ダメなんだ、今日はダメだ、逃げろ!」と叫んでいます。その時、暗雲を切り裂いて、禍々しいオーラをまとった巨大な機械兵が現れます。


「お嬢さん?そこまでなんだなあ。」

「逃げろぉぉぉぉぉ!」


 そして少女は……。


「今日のロールプレイはいまいちですね。悲壮感が足りません。叫べばいいってものではないんですよ?」

「……え?さくらちゃん?」

「あと、巨大機械兵のセリフが軽い。とどめを刺す前に『愚かなお嬢さん?抗いな?ほら、油断してると腕取っちまうぜ?』位挟んでもうちょっとシーンの厚みを確保しないと。」


 しゃーれ先生と私たち、あとロールプレイ中のプレイヤーさんたちまで巻き込んで、批評が場を支配しました。空気が、空気が重いです。ふるるちゃんが「やめたげて、もうライフはゼロよ!」って目をしています。そういえば「ライフがゼロ」って昨晩、日本観測で見つけたことわざでしたね。


「それに、あの巨大兵器のモーションも浅いです。もっとこう、衝撃波を伴う一撃とか、ゆっくり腕を振り上げる演出を挟むべきですよ。一見遅く見えるけど逃げられない。時間がスローモーションになるような空気感が大事なのに。……はっ!?」


 唐突に我に返ったさくらちゃんは、そのまま真っ赤になってしゃがみ込んでしまいました。


「忘れてください……。」

「ガチじゃん、辛口じゃん、忘れるとか無理よ!」

「さくらさん、最近会ってないけど、お母さんはお元気?」

「元気です……。」

「あなたも去年までこの街で暮らしてたのよね。お子さんが、魔法少女になって大変だって聞いたことが……。」

「黒歴史なんです、忘れてください……。」

「「……。」」


 その日のロールプレイはお開きとなり、殺陣の動きやセリフ回しの検討など、プレイヤーたちは熱心に振り返りと練習に励んでいました。さくらちゃんの指導が欲しかったようですが、結局その日、さくらちゃんが復活することはありませんでした。その場に、黒歴史に触れる勇者はだれも居ませんでした。


 さて、今日はお時間となりました。コロニーΩで実施された「日本のイセカイ文化で街おこし」、私は結構いい感じだったと思うのですよ。そうだ、もし貴方が私たちの宇宙船にイセカイテンセイしたら、どんな冒険で世界を変えますか?――それでは、また。

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