第19話 地球観測部のいつもの風景
私の声は貴方に届いていますか?
今日は地球観測部のいつもの風景についてお話します。
実は、暇なんです。本当に。
前線基地である地球観測センターでは日々膨大なデータが集められているのですが、私たち学生に届くのは「面白そうなもの」に絞り込まれた通知だけ。それも観測センターのAIが解析した後、人間の観測員がさらに厳選したものです。
一応、AI抽出データについては私たち学生にも公開されてはいますが、大半は「人が何か音楽に合わせて踊っているだけ」とか「犬がボールを延々と追いかけている映像」というレベルです。「もう、選別はプロの方々に任せればいいんじゃないかな?」という気だるい雰囲気がここ数年の地球観測部を支配していました。
「いんたーねっと」の発見で一時期爆発的に増えた部員が、一転減少傾向になって今は2人……、いえ、今日から3人です!暗い話はここまでにしましょう。とにかく、ここしばらくは通知任せの、ゆったり部活を楽しんでいます。2人だった日常に、新たな登場人物が緊張で視線を巡らせながら現れました。
「失礼しまーす……、この教室が地球観測部で間違いありませんか?」
入学式の後に出会ったさくらちゃんです。今日は午後から部活があること、この場所のことを伝えていましたが、さっそく来てくれたようです。
「あ、さくらちゃん、ようこそ!ここ席空いてるから座って座って!荷物とかは空いてるロッカー自由に使ってもらえばいいから。」
「あなたが新入生?ちょっとぱるね、紹介してよ。」
「うん。さくらちゃん、彼女が地球観測部のもう一人の部員で、ふるるちゃん。それで、新入生のさくらちゃんだよ。」
「よ、よろしくお願いします。」
「よろしくね!今日ね、ちょうど新作のお菓子を入手できたのよ。紅茶入れるわね。それともコーヒーがいい?ミルクとレモンもあるよ。お砂糖は自分で取ってね。」
「え?えーと、じゃあミルクティでお願いします……。」
一時期は20人以上が在籍したこともあり、部室は教室1つ分で広々としています。元々は理科室だった名残で、壁の棚には試験管やガラス瓶が整然と並べられています。
3人で使うには少々大き目なテーブルを囲んで、今日もお茶会がのんびり開催されました。ポットから紅茶が注がれる音や、カップに立ち昇る湯気。その香りが漂う中、テーブルの上には地球観測部の「今日の成果」として並べられた新作のお菓子が、穏やかな時間を彩っていました。
そしてカップのお茶が冷めてきて、一度入れなおそうかな?って思い始めたころ。
「……、あの?活動って、何をするんですか?」
「さくらちゃん、貴方には3つの選択肢があります!」
ビシ!っと3本の指を立てるふるるちゃんを見て、さくらちゃんが目を丸くしました。その勢いのまま、彼女は続けます。
「ひとつ!びっくりどっきりコース。ふたつ!のんびりまったりコース。みっつ!スパルタフィールドコース。さあ、どれがいい?」
「え、っと?」
「ふるるちゃん、それじゃあ分からないよ。そうだね、地球観測部の活動は、基本的には観測端末に届く観測通知待ちなんだよ。新しい通知があれば、その中身に触れる活動、これは『びっくりどっきり』だね。」
「そして観測通知がなければ、今みたいなお茶会で『のんびりまったり』になるわけ。日本のことわざで『果報は寝て待て』って言うのよ。最後、もうひとつが……。」
「さあ、フィールドワークに行きましょうか!」
気配が無かったはずのその場所に、いつものごとくしゃーれ先生が現れました。唐突な声に、やはりいつものごとく2人……、今日からは3人が、声も出せずに振り返ります。気にする様子もなく、先生は言葉をつづけました。
「せっかく新しい子が見学に来たんだから、日本の『春の声』を探しに行きましょう。あなたがさくらちゃんね?よろしく、私は地球観測部の顧問先生、しゃーれよ。」
「は、はい。さくらです。見学に来ています。よろしくお願いします!」
「うわーい、先生来ちゃった。これはスパルタフィールドコース確定かしら。」
「あら?私がスパルタだったことありましたっけ?足で日本を感じるのは、うちの学校の地球観測部、代々の伝統ですよ?そうでなくても最近は通知を待ってるばかりじゃないの、体を動かしなさい。ほら、ほら、車を出してあげるから外に出る!」
「はぁ~い。」
しゃーれ先生の車は、意外とスポーティで、オレンジに黒のラインが入った、でもシルエットはかわいらしい車です。「4人じゃ狭いよ、買い替えましょうよ!」とか「意外と物が乗るのよ、前にも、後ろにも荷室があって便利なんだから。」とかおしゃべりしながら、車は軌道エレベーターを進み、居住区を2つショートカットして目的地に向かいます。
そうして先生の車で移動したのは、『山』と呼ばれる自然公園区でした。ドアを開けると、ひんやりとした空気が流れ込んできました。顔を出すと、遠くに小川のせせらぎの音、そして先生が言う「声」も聞こえてきます。
「ほー……ほけきょ、けきょ。きょ!」
「早速聞こえてきたわ。『うぐいす』と言ってね、日本の春を象徴する鳥よ。」
「へぇ~、先生、うぐいすは何て言ってるの?」
私の的を外れた質問にも、先生はおどけながら答えてくれます。
「きっと『俺はかっこいいぜ!』とでも言ってるわね。さえずるのはオスで、自分の縄張りの主張、あとはメスへの求愛行動よ。綺麗に鳴ければモテるってわけね。」
「……あれ、なんか急に俗っぽくなったわね。先生、もうちょっと言葉、選んで。」
「どこに居るんですか?」
「きっと近く。でも、彼は小さいから。15cm位の鳥が藪の中にひそんだら簡単には見つからないわよ?さあ、フィールドワークの時間よ。声の主を探しましょう。」
ここは山腹の山道で、左右は鬱蒼とした青深い藪に囲まれています。小川の音もうぐいすの声も聞こえます。でも、どちらも視界を遮る木々と葉っぱ、草に遮られ、気配すら見えません。……しゃーれ先生はいつもスパルタフィールドコースです。
「ちょっとぱるね、観測機器出して!カメラ、カメラで追うわよ!」
「待ってよふるるちゃん、追うって言ってもどこを見ればいいの?」
「声がする方よ!」
「ほうぅぅぅ、ほけっきょ!……ほう、けきょ、ほけっきょ!」
「……あそこ。」
さくらちゃんがささやくような声を出して指さしたそのずっと先を、団子にくちばしとしっぽがくっついたような、小さな塊がさえずりながら少しずつ枝を登っていきます。慌ててカメラを向け、できる限りアップで撮影を始めます。最後にくちばしを上に傾け、一段と高い声が聞こえました。
「ほぉぅぅぅ、ほけきょ!」
世話しなくあちこちを移動して、でも大きく飛び立つようなこともなく、時折ファインダーから外れつつも追いかけることはできる。そんな愛嬌のあるしぐさをしばらく楽しませてもらった後、うぐいすは飛び立ちました。
「日本ではうぐいすは『
いつの間にか車から持ち出していた小さなテーブルにティーカップが並べられて、保温ボトルから注がれたお茶の湯気が立ち上がります。その横には「みたらし団子」と呼ばれる日本銘菓?が皿に並べられました。私は1つ手に取り、さっそく一口いただきました。もちっとしたお餅の柔らかさと、甘じょっぱいタレが口の中いっぱいに広がります。
「これぞ『春より団子』だね!」
「それ、『花より団子』の間違いでしょ!」
「……ふふっ」
「あ、さくらちゃんが笑った!」
私たちはしばし、春のお茶会を楽しみました。風に乗って聞こえる鳥たちのさえずりと、小川のせせらぎが、心を満たしてくれました。
さて、今日はお時間となりました。あれれ?思ったより暇じゃない活動になりましたね。こんな感じで私たちの普段の活動は「びっくりどっきり」だったり「のんびりまったり」だったり「スパルタフィールド」だったりします。でも今日は、とっても素敵なフィールドに触れることができました。貴方も、春の声を探してみませんか?――それでは、また。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます