第17話 新学期と「さくら」

 私の声は貴方に届いていますか?

 今日は4月と新学期と「さくら」についてお話します。


 以前ちらりと触れましたが、私たちの宇宙船には「さくら」がありません。宇宙船内にさくら近い原種すらなく、日本のさくらのように、枝ばかりの状態から、わずか数日で一度に咲き乱れるような花は日本の伝承の中にしか存在しないのです。


 一方で地球観測部の歴代の功績なのか「さくら」の存在自体は割と知られていて、4月の風物詩といえば「さくら」に騒ぐ地球観測部、と言われるくらいには毎年のように伝説を残している?らしいです。その伝説に乗っかろうというわけではありませんが、今年も私たちはなにかやらかそうとしているようです……。


「で、ぱるね。こないだ泉の精霊さんに相談してもらって決めた、新入生勧誘の準備だけど。」

「ほら、観測通知でまた『さくら』の映像が来てるよ。おはなみしたいよねー。」

「集まればいくらでもできるわよ!でもね、2人なのよ、私たち!まずは人を集めなくちゃ何にもできないのよ!」

「さくら見たいよねー。」

「聞いてよ!……もう。準備始めるわよ!」

「はーい。」


 ふるるちゃんはそう言いながら、歴代たちが残していった段ボール箱をあさり始めました。しばらくして、1つの箱を掘り出しました。箱を開けると、あふれんばかりの淡いピンクの小さな紙切れが収まっています。というか、すでに箱の周りにピンクがあふれ出ています。あとで掃除しないと。


「あった!これ使いましょ!」

「ピンクの紙吹雪?」

「そうそう!地球観測部といえばさくら、さくらといえばさくら吹雪よ!これを入学してくる新入生たちにたくさんばらまいてこれでもかってアピールするの!」

「どうアピールするかだよね。……、うん、校舎の上から門に向かって……、うん、良いかも、さくら吹雪で新入生歓迎!」

「よし、そうときまったら早速明日の天気調べて風の向き確認するわよ!」


 宇宙船の気候は、居住モジュール単位で1週間前に発表されて、その発表通りに調整されます。地球のように自然現象ではないので外れることはありませんし、公共イベントの日に雨が降るようなこともありません。当然、入学式は晴れ、穏やかな風が一定方向に吹く計画です。情報を見て風速と方角から最適な位置をシミュレートできました。


 そして翌日。入学式がやってきます。朝早いうちから校舎に乗り込んで準備をしていた私たちは、もうすぐ本格的な登校時間になるであろう門を下に眺めながら、とりとめのない会話をしていました。


「ふるるちゃん。」

「なぁに?」

「これってさぁ、さくら吹雪がぱーっと校舎中に広がって、きっと綺麗だよね。」

「そりゃそうよ!なんってったって日本のさくらなんだから!」

「昨日さぁ。」

「なぁに?」

「この箱開けたあと、あのちょっとの時間で、紙吹雪が結構なゴミになってたんだよね。」

「……」

「大丈夫?」


 私たちは顔を見合わせましたが、その質問に対する回答を与えてくれる存在は、この場にはいませんでした。そうこうしているうちに、本格的な登校時間を迎えようとしていました。今日は入学式だけで上級生は基本的に登校しません。初々しい新入生たちが続々と現れます。


 ピカピカ真新しい制服に身を包んだ彼らは、少し緊張した様子で足早に歩く子、友達と一緒に笑い合いながらゆっくりと進む子、それぞれに新しい環境への期待や不安を抱えているようです。


 そろそろ?2人は目を合わし、校舎から立ち上がりました。その時、期待していた風が私たちの背を押しました。きっとこの風が新入生たちとの出会いを届けてくれるだろうことを信じて、行動を起こします。


「「いち、にーの、さん!!」」


 声を合わせた2人の掛け声とともに、紙吹雪が一斉に解き放たれました。風に乗ったピンクの花びらが、新入生たちの頭上に舞い降ります。何事かと頭上を見上げた彼ら彼女らの目に映ったのは、宇宙船の人工太陽に照らされて輝く紙吹雪が、まるでそこだけ本物の日本のさくら吹雪のように、春の空気に溶け込むさまでした。


「新入生のみなさーん!ご入学おめでとうございまーす!」

「日本のさくら吹雪が皆さんを祝福しています!」

「「さくらでおなじみ、地球観測部は貴方たちを歓迎します!」」


 わぁ……。誰かの小さな声が聞こえ、ざわめきが広がります。驚きや笑顔、さくら吹雪に端末を向けて写真を撮る子たちも。大成功?2人は再び目を合わせ、手をパチーン!と叩き合いました。が、しかし……。


「こらー!お前らなにやっとるんだ!降りてこい!」

「やば、あれ風紀の先生よ!早く逃げないと!」

「……、隣にしゃーれ先生も居るよ。すごく微笑んでるよ。多分逃げない方がいいと思う。」


 その後、入学式の間、誰もいない校庭のあちらこちらを、必死の思いで清掃して回る私たちの姿がありました。


「ぱるねぇ、これ終わらないわよぉ……。はっ、これが『覆水盆に返らず』ね!」

「日本のことわざ?面白いけど、手を、動かすんだよ。終わらないのは分かってるんだよ、ふるるちゃん。」

「2人とも?紙吹雪1つ無くしちゃだめよ?」

「「うわーん、ごめんなさいい!!」


 しゃーれ先生に見守られながら、手を止めることも許されない私たちの大掃除は、入学式が終わって新入生たちが校舎に戻っていく間も続きました。


 そんな新入生たちの中に、1人の女の子が、少し足を止めてこちらをちらりと見つめていたことに、私たち2人はその時、気が付きませんでした。


 さて、今日はお時間となりました。「さくら」の伝説、いかがでしたでしょうか?そして見つめる彼女との出会いが、もう1つの「さくら」を届けてくれるのです。――それでは、また。

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