第16話 おとぎの森で願い事

 私の声は貴方に届いていますか?

 今日はマホウレーティング「モンスターとの戦闘まで可能」が導入された自然公園区のテーマパーク「おとぎの森自然公園」についてお話します。


 おとぎの森自然公園は、地球で有名な童話を題材にした作りになっていて、マホウが導入される前から、おとぎ話の世界をふんだんに楽しめるテーマパークとして有名でした。最奥の「願いの泉」にたどり着くと、どんな願いでもかなえてくれるという精霊が現れると、もっぱらの評判です。そんなおとぎの森ですが、数年前から使えるようになったマホウを早速取り入れ、新たなアトラクションとしてさらなる人気を得たとの事です。マホウが導入される前に訪れたことはありますが、十分楽しめる公園でした。マホウが導入された今のおとぎの森はどんな風に変わっているのでしょうね?


「あー、もうすぐ春休みが終わって4月になっちゃうのに、何もアイデアがない!」

「ふるるちゃん、お茶が入ったよ。お菓子もあるよ。」

「あら、草餅?渋いわねー。……ってそうじゃなくて!新入生をどうやって勧誘するかって話をしているのよ!こないだから考えてるのに何にもアイデアでないじゃない!このままじゃ2人でもう1年過ごすことになるわよ!もう神頼みしかないの?うぅ……。」

「神頼みかぁ。えーと、そういうことなら良い場所があるよ。」

「……どこよ?」

「『願いの泉にたどり着いたものには、どんな願いでもかなう。』ってキャッチフレーズのテーマパークがあるの。その名も『おとぎの森自然公園』!昔に行ったことがあるんだけど、最近マホウを導入してリニューアルしたんだって。面白そうじゃない?」

「うーん。願いがかなうって本当なら、一か八かやってみる価値はあるかも?いや、どうせアイデア出てこないし、気分転換くらいのつもりで行ってみる?」

「行ってみよう!」

「お、おーう!」


 春休み中だった私たちは、翌日の朝に待ち合わせをして、おとぎの森自然公園に行ってみることになったのでした。そして今、公園のエントランスに居ます。春休み中の平日なので、思ったよりも人は少ないようですが、それはそれで貸し切りのように楽しめるんじゃないかと期待しています。


「はー、すごいわねー。本当におとぎ話みたいね。」


 ふるるちゃんは冷静を装った言葉とは裏腹に目をキラキラと輝かせながら、目の前に広がる景色に見入っていました。エントランスは巨大な門になっていて、虹色の光が柔らかく揺れています。門の左右には童話でおなじみのキャラクターが描かれた壁画が並んでいて、まるで今にも動き出しそう。門をくぐると、空に星のような光が舞い始め、やがてキラキラとした粉が集まるようにして集まり、次の瞬間、黒いローブを纏ったホログラムの魔女が現れました。くるりと杖を振ります。


「ひっひっひっ、ようこそ、おとぎの森へ。まずは一口どうだい?ラ・スイール・ガトー!」


 魔女はにやりと笑いながら簡単な呪文を唱えました。杖の先から淡い光が飛び散ると、その光が空中で集まり、次々とお菓子が現れます。ふわふわクッキー、艶やかキャンディ、カラフルマカロン……それらが宙に浮かびながら、私たちの周囲を漂い、そして手に集まってきます。


「あれ、魔女はホログラムなのに、お菓子はつかめるんだ、本物……?」

「おー、ふるるちゃん、早速マホウだね!」

「結構本格的なお菓子ね。サクサクして、バターの香りも素晴らしいわ。」

「わ、わ、ふるるちゃん、私にもちょうだい!」


 私たちは色とりどりのお菓子を摘まみながら、ホログラムの魔女から説明を聞きました。いわく、「願いの泉」にたどり着くには森を抜ける必要がある。いわく、森にはさまざまな試練が待ち受ける。いわく、私たちは知恵と体力、そしてマホウを駆使して試練を乗り越えなければならない。試練を正しく乗り越えた先に、願いの泉が現れるだろう……、ということのようです。


「正しく乗り越える、って言うからには、ずるして攻略することも可能なのかしら?」

「ひっひっ、そうさね、道は1つじゃないからねえ。ただし、正解は1つさね。あまり欲張ってるようだと入口まで戻っちまうよ?」

「これは慎重に行かなきゃだね……。ふるるちゃん、頑張ろう!」

「そうね、頑張りましょう!さて魔女のおばあちゃん、第一の試練はどちらかしら?」

「ひっひっひっ、そこの道をまっすぐ進むと見えてくるさね。」


 そのまま道は鬱蒼とした森の中へと沈んでいきます。空が見えないような薄暗い森の道を進むと、唐突に鮮やかな色彩に彩られた、こぢんまりした家が見えてきました。これは……クッキーの壁、キャンディの窓、チョコレートの屋根、つまりお菓子の家ですね!食べ……入りましょうか!と、お菓子の家の入口にまた、ホログラムの魔女さんが現れました。


「食べても良いけど、まずはクイズに答えてくれないかねえ?」

「食べても良いんですか!」

「いや、多分食べちゃったら入口に戻るコースじゃないの?ダメよ、ぱるね。」

「いいかい?3問だよ。第1問、日本の童話『桃太郎』で、ももから生まれたのは何?」

「あら、地球観測部 日本部会の私たちに日本の質問?簡単よ、『桃太郎』ね。」


 正解のようです。魔女が杖を振ると、キラキラとした星型の光が空に舞い上がり、「正解だよ!」と声をかけてくれました。さて、第2問。


「チョコレートはどの植物から作られる?」

「知ってるよ!カカオだよね。」


 ここのクイズは、どうも宇宙船的な手段で参加者にとって分かりやすい問題が選ばれているようです。不思議ですね。無事3問目も正解すると、お菓子の家の門がふわりと開き、空の部屋の中央に、魔女のマホウで美しく整えられたティーテーブルが現れました。ふわりと舞い降りるのは鮮やかなピンク色で縁取りには金の刺繍が施されたテーブルクロス。その上に2つのカップとお菓子のお皿が舞い降り、マホウで紅茶が注がれていきます。立ち上る湯気と甘いお菓子の香りが私たちを包み込みました。


「さぁ、ひと息ついていきな。魔女のおもてなしさね。」

「ふうん?おとぎ話っぽいティータイムね。」

「ふるるちゃん、マカロンも美味しそうだよ。魔女のおばあちゃん、頂きます!」


 さて、穏やかなティータイムでしたが、ティーテーブルに砂時計が置いてあるのに気が付きました。なんだか嫌な予感がした私は、とりあえず食べられそうなマカロンを2~3個急いで摘まんでから、魔女のおばあさんに質問します。


「ぱるね?お行儀悪いわよ。ティータイムは優雅に楽しまなくっちゃ。」

「でもね、ふるるちゃん。この砂時計が気になるんだよ。もうすぐ全部落ちそうなんだけど……あ、落ちた。」


 砂時計の砂がすべて落ちた瞬間、部屋全体がかすかに揺れ、ティーテーブルやお菓子が一瞬で消えました。残された部屋の床にはマホウ陣が広がっていき、私たちを捉えます。


「さぁ時間だ。次の試練だよ!」


 すべてが光に包まれた次の瞬間、私たちは植物でできた高さ2.5mくらいの大きな壁でできた通路に居ました。上を見ると、青空から太陽がのぞいていました。太陽の方角が南だとすると、道は南北に伸びていることになりますね。魔女は空から私たちを見下ろし、北に立っています。


「さてここは、迷路の森。ルートは2つ、太陽がある南と、私が立つ北さね。南は大周りで広大な迷路の道、北は短く一本道だが少し危険な試練が待ち受ける試練の道だ。どちらを進んでもいいよ。どうする?」

「ん-、ふるるちゃん、日本のことわざで『急がば回れ』ってのが……。」

「逆よ!北の近道一択でしょ?こういうのを日本のことわざで『時は金なり』って言うのよ!」

「そうかなあ?ん-まあ、派手に行くのもおもしろいかな?じゃあ、私は後衛で見守るね。」

「え、あれ……?私前衛?ま、まあいいけど。魔女さん、武器は?」

「北に行くんだね。武器は何かリクエストはあるかい?最近のマホウアニメなら何でもあるよ。」


 私たち2人は短く相談し、意外と本格的な打撃格闘系でコアな人気が高い「リミカルシリーズ」から打撃系と盾防御系を選択しました。魔女が短く呪文を唱えると、私たちの手には戦闘デバイスがそれぞれ握られています。私たちはデバイスを高く掲げました。


「クレセント・フォール、リミカルモード、セットアップ!」

「セントラル・シールド、リミカルシステム展開!」


 なぜか勝手にセリフを言ってしまう私たち。体がキラキラにおおわれ、見えてはいけないところは星の煌めきに隠されながらコスチュームに包まれ、光が収まったとき、手には巨大化したデバイスが握られていました。


「うわ、ハンマーでっか!振れるのかしらこれ?……あ、見た目より軽い、いけるわ!」

「シールドもでっかいよー。攻撃は全部防ぐからね!」

「ぼさっとしてる場合じゃないよ!さあ、相手はこれだ、シャドーウルフ!」


 北に向かう通路の向こうに光が集まり、光が消えるとそこには黒い犬?いえ、もっと大きな何かが居ます。体長3~4mほど、高さは1.2m程度でしょうか。低いうなり声をあげていますが、声が出ているはずの口もとにかく真っ黒で、黒い境界がぼやけているように感じます。シャドーウルフと呼ばれた魔物が前足を地面に打ち付けた瞬間、影が波のように広がり始めました。


「ひっひっひっ、気をつけな。そいつは影そのものだよ。影から影へ、どこにでも現れる。逃げ道なんてないさね!」


 魔女が楽しそうに煽ります。影が揺れたかと思うと、魔物は突然ふるるの横に現れました。


「きゃっ!」


 ふるるちゃんは反射的にハンマーを振り下ろしますが、黒い体は揺らぐように消え、彼女の影の中へ滑り込みました。


「え!?私の影の中!?」

「ひっひっひっ、影に潜られたらどうしようもないねえ。あんたら、もうおしまいじゃないのかい?」


 さらにふるるちゃんはもう一発、自分の影にハンマーを叩き込みましたが、手ごたえはなさそうです。どこに……。私の影から!?


「し、シールド!」


 突進してくる魔物に向け、ギリギリのタイミングでシールドを支えます。マホウの光がシールドと魔物の間で弾けた反動で魔物は私の影から離れ、距離を取りました。影がない場所では実体がそのまま現れるようです。次はどこからくるの……?影……影はどこから伸びてる……!?


「ふるるちゃん、私の横に並んで太陽を背に向けて!」

「!う、うん。どうして?」

「影は太陽と逆に伸びるから、太陽を背に向ければ後ろから現れることはないよ!」

「わかった!」


 再び黒い魔物は前足を地面に打ち付け、影が地面にしみこんでいきます。2人の影のどちらかから現れるでしょう。でも、どっちから出てきても目の前なのは同じ。なら……。私たちは視線を交わし、魔物が現れるのを待ちました。……でた、私の目の前!


「シールドバッシュ!」「よーし、突貫!」


 現れた直後に私の盾の直撃を受けた魔物が、たまらず距離を取ろうとしたところに、タイミングを合わせたふるるちゃんの一撃が直撃しました!魔物は光に包まれ、そして光が淡く消えていきました。魔物が消えた場所には、金色の枝が一本、落ちていました。


「こりゃたまげた、本当に初見かい?こんな短時間でクリアした子たちはほとんどいないよ。その枝を拾いな、この道をまっすぐ進んで、願いの泉に捧げるんだよ。」

「「分かりました!」」


 ひひひ……。魔女は笑いながら空にかき消え、静寂が戻ります。いつの間にか変身は解け、元の姿になった私たちが向かった先に、柔らかな光に包まれたお花畑が見えてきました。淡い黄色やピンク、白が織りなす絨毯のような景色が広がり、その間にところどころ濃い紫や赤の色彩がアクセントを添えています。空から降り注ぐ光が、花びら1つ1つを優しく照らしていました。……中央に、泉が見えます。私たちは岸辺までそっと歩いていきました。


「ぱるね、たしかこの枝を捧げるのよね。」

「うん、そう言ってたよ。どうぞ。」


 ふるるちゃんは、金の枝を泉にそっと沈めました。枝はゆらり、ゆらりと水面を滑り、泉の中央に向かいます。金の枝は泉の中央にたどり着くと水面に波紋を作り溶けていきました。柔らかな光をまとい、代わりに浮かび上がってきたのは、穏やかな微笑みを浮かべた精霊です。彼女は柔らかな声で語りかけてきました。


「ようこそ、願いの泉へ。さあ、あなたたちの願いを聞かせてください。」

「私たちの部活に新入生をたくさん迎え入れたいんです!もう2人だけじゃやっていけなくて……ぜひお願いします!」

「……なるほど。でしたら、テーマパークで遊んでいる場合ではないのでは?」

「「ふえ?」」


 精霊は少しの間、じっとこちらを見つめ、それから苦笑いを浮かべて続けます。


「もう新学期は近いですからね?あなたたちの部活のアピールポイントは考えましたか?」

「た、楽しいところ……かなぁ?」

「その『楽しい』を具体的にしましょうね。さあ、そちらの女の子もあっけに取られていないで意見を出しましょう。」

「へ、は、はい、分かりました先生!」


 泉の精霊は、願い事をカウンセリングして願いを叶えていくタイプの精霊先生でした。じっくり先生に話を聞いてもらった私たちは、願い事の問題点を整理し、すっきりした顔で自然公園を後にしたのです。


「うん、願い事叶いそうだね、ふるるちゃん!」

「なんだか、思ってたのと違う叶い方だったけど……これはこれで良かったわ。これって日本のことわざで『天は自ら助くる者を助く』って言うのよ。」

「はー、努力したら助けてくれるってことだよね、ふるるちゃん。頑張ろうね。」

「そうねー。はー、明日また、勧誘方法考えるわよ?」


 さて、今日はお時間となりました。「おとぎの森自然公園」ですが、新たに導入されたマホウもすごかったですが、なにより「願いの泉」カウンセリングには驚かされました。願い事が叶うには、まず自分で動き出すことが大切なのだと、今日改めて気づかされたのです。もし貴方も迷いがあれば、誰かに相談してみるのもいいかもしれませんね。オススメしますよ!――それでは、また。

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