第15話 制服の第二ボタン
私の声は貴方に届いていますか?
今日は制服の第二ボタンと、3年生の追い出しパーティについてお話します。
卒業式が間近に迫ったある日、観測端末に観測通知が入りました。「卒業式と想いの告白」というタイトルから始まったその映像には、ある男子生徒、おそらく卒業生に、多くの女子生徒が男性の胸元に手を伸ばし、第二ボタン?を奪おうという、すこし、いえ、かなり殺気立った様子が映し出されていました。
「えーと、第二ボタンを得ることで、想いが伝わるらしい……?」
何か違うような気がしますが、映像のコメントには確かにそう書かれています。観測端末に流れてくる通知は速報データのことがあり、コメントは担当の観測員がつけるものなので精度にムラがあります。首をかしげていると、横から端末を覗いていたふるるちゃんが声を上げました。
「りすか部長の第二ボタンを奪えば、部長たちの想いを引き継げる!そして、私が新しい部長にふさわしいって証明するのよ!」
ふるるちゃんの瞳は、まるで星のように輝いていました。……これは止まらない?
「ええっと?ちょっとふるるちゃん。話が飛躍してない?」
「大丈夫よ!部長もきっと喜んでくれるはず!」
「そうね、そういうことなら舞台を用意してあげましょうか?」
気配無く会話に参加するのは、顧問のしゃーれ先生。
「ちょうど卒業式の後、夕方からなら体育館が空いてるから、押さえてあげましょう。ちょっと豪華な追い出しパーティでも楽しみましょうか?お菓子とジュースくらいならおごってあげる。」
「お菓子!わーい!参加します!」
「ぱるね、ちょっと、お菓子に釣られてるんじゃないわよ。……でも先生、本当にいいんですか?」
「今年の部活費、ちょっと余り気味ですしね。イベントでもしてパーっと使いましょ。」
「ありがとうございます!さあぱるね、計画を練るわよ!」
こうして卒業式の当日まで「打倒3年生!夜の第二ボタン争奪戦」への作戦と、パーティの準備で日々追われることになりました。――そして卒業式当日。3年生が壇上に立ち、一人ずつ名前を呼ばれて証書を受け取るその姿を、私たちは拍手で見送りました。
「結局、部長さんたち3年生は泣かなかったねえ。」
「……ずびっ、う、ぐ、りすか、部長が、泣くわけ、ないじゃ、……うわーん!」
「よーしよし。会場使えるまでまだ時間があるから、少し落ち着いてから準備始めよう、ね?」
3年生追い出し会は夕方からです。ご飯を食べてやっと落ち着いたふるるちゃんを連れて、人がいなくなった体育館の壇上をパーティ会場として飾り付けました。流石に2人で体育館全体を飾り付けることはできませんが、追い出し会の横断幕や、ステージ中央の天井取り付けられたミラーボールが華やかさの演出に役立っています。テーブルにはしゃーれ先生がおごってくれたお菓子やジュースが並び、周囲にはカラフルな飾り付けが施されました。
「うわ、結構本格的じゃない。やるわねー、1年生!」
「「先輩方、ご卒業おめでとうございます!」」
「ところで、この横断幕の『打倒3年生!夜の第二ボタン争奪戦』ってなーに?」
ふるるちゃんの肩に、りすか部長が微妙に体重を掛けながら顎を乗せて聞いてきます。ふるるちゃんはギクシャクしながら「そ、それは後のお楽しみで……、」などと言いながらジュースを注いでいました。
そんな風にパーティは進み、談笑の中、しだいに外には夜のとばりが下りてきます。校舎と体育館の光だけが支配しだしたころ、やはり気配無くジュースを飲んでいたしゃーれ先生が、おもむろに片手を上げました。
「さて、そろそろ、お楽しみの時間ね。フィールド・オープン!」
パチンと指を鳴らすと、体育館のうち、バレーコート2面分位の領域がワイヤーフレームに輝き、直後に新たなフィールドが生まれました。高さ3mの淡く光る障壁の中には、ところどころ、足場のような50cm程度の直方体が浮かんでいます。私たちを挑発するかのように、その足場は上下に動いたり左右に動いたりしていました。
「さあ、ルールを発表するわ。1年生は3年生全員の、制服の第二ボタンを触るかマホウを当てれば勝利。3年生は15分逃げ切れば勝利よ。3年生の方が人数が多いから、フィールドはあえて狭くさせてもらうわね。さあ、準備は良い?」
「勝負に勝って、私が部長にふさわしいことを認めさせてやるわ!」
「あら、おもしろいわね。でも、簡単には認めてあげない。さあ、いらっしゃい!」
「それでは、スタート!」
しゃーれ先生の合図で、薄暗かったフィールドに光がともり、半透明の大きなボードに「15:00」の数字がともりました。カウントダウンが始まったのを見て、ふるるちゃんは早速りすか部長に飛び込んでいきます。
「あはは、動きが全部見えてるわ!」
「ムキー!で、でも、15分しかない!先手必勝よ!」
ムキになって向かっていくふるるちゃんですが、3年生たちも負けていません。みおら先輩は照明を操作し影を作り、3年生たちを影に隠します。ろふぇな先輩は空中を移動しながらふるるちゃんを風マホウで翻弄し、体力を奪う作戦のようです。
ふむ……、これはフィールドの狭さをうまく使う方が良いですね。あ、みおら先輩が東の壁に近い。なら、タイミングを合わせて……。
「ふるるちゃん!」
「!」
一瞬目を合わせたのち、みおら先輩に向かって光マホウを放ちました。一度はひらりと躱されたその後ろにはしゃーれ先生の障壁。光マホウは反射し、再びみおら先輩を襲います。驚いた様子でなんとか避けたみおら先輩でしたが、その場に固まったその瞬間。
「とったーーー!」
「うわ、やられたーー!」
マホウも使わずまっすぐ突っ込んだふるるちゃんが、第二ボタンにタッチしました。頭に大きな×マークが表示され、みおら先輩はリタイヤです。
「反射を使うなんてやるわね!でも、私にはどうかな?……って、ええー!」
一方ろふぇな先輩はすかさず風マホウで翻弄……するかと思いきや、間を置かず繰り出されたふるるちゃんの爆裂マホウで風を跳ね返され、そこに私の光マホウが直撃してしまい、割とあっさり、続けてリタイヤとなりました。これで残りはりすか部長ただ一人。ですが、時間はもう2分を切ってます。
「やるわねぇ。でも、私を捕まえられるかしら?」
「勝って、認めさせるんだから!」
突っ込むふるるちゃん、マホウの盾で華麗にかわす部長。一進一退の攻防が続きます。あまりの接近戦に私も手が出せないまま、時間は無常に進んでいきました。でも、あと一手!ふるるちゃんの手が第二ボタンに触れそうで……、がんばれ!
「ブーーーーーー!」
「残念、タイムアップね。みんなご苦労様、楽しかったかしら?……勝者、3年生。」
ブザーの音と共に、フィールドのエフェクトが消え、元の体育館が戻ってきました。
「いやー、惜しかったわね。でも頑張ったわよ、2人とも。追い詰められちゃった。……?」
「……うわーん!わ、わたし、認められなかった!1年生2人でも安心、して、地球観測部、を、任せられるって、送り出したかった、のに……。」
「……なんだ、そんなこと考えてたの?……ほら。」
りすか部長は、胸に手を当てると、そっと第二ボタンを外し、ふるるちゃんの手に乗せました。そして語ります。
「知ってる?制服の第二ボタンってね、本来は奪うものじゃなくて、卒業式に自分の想いを伝えたい相手に、自発的に渡すものなのよ。これからも、地球観測部を引っ張っていってね。」
「え、それって……。わ、私が部長に……?」
「あ、それはないわ。あなた、金銭感覚がぜんぜんだもの」
「えええーーー!」
ふるるちゃん、愕然としています。……えーっと、じゃあ、私が部長ですか?
「かといって、ぱるねさんも入ってから短いしね。しゃーれ先生、しばらくは2人の面倒見てあげてくださいな。」
「まかされました。りすかさん、みおらさん、ろふぇなさん。あなたたちも、これから頑張ってね。この場所から応援しているわ。」
「「「先生、ありがとうございました!」」」
しゃーれ先生と3年生は、そういって握手の輪に入っていきました。……ふるるちゃんはしばらく復活しませんでした。でも、頑張ったね、ふるるちゃん。
さて、今日はお時間となりました。そういえば第二ボタンの観測データですが、コメントの解釈に誤りがあったと、後日訂正版が送られてきました。本当の第二ボタンには、恋心から生まれた、切なくも美しい青春の象徴だったのですね。貴方は、制服の第二ボタンを、誰かに渡したことがありますか?それとも、もらったことがありますか?その恋心、大切にしてくださいね。――それでは、また。
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