第14話 空を越える夢と、私たちの旅路

 私の声は貴方に届いていますか?

 今日は私たちが宇宙を目指した理由と、今貴方たちが目指す宇宙についてお話します。


 私たち宇宙船の祖先は、10万年以上前に当時氷河期だった地球から脱出したという話は以前しましたね。歴史書を読めば当時の悲壮感とか、逆に壮大な夢を感じることはできるのですが、今の私たちにとって宇宙船の環境は普通過ぎて、物語のようにしか感じられません。


 なぜ宇宙を目指すのでしょうか?宇宙船に居る今の私たちにこそ、このテーマは縁遠く、そしてもしかしたら忘れてはいけない大事なテーマとなっています。


 さて、3月も中ごろに差し掛かった穏やかな晴れの日、私たちはいつものように部室でお茶会をしていました。あ、こたつについてはいい加減片付けなさいとしゃーれ先生に怒られてしまったので今日は普通にテーブルです。お茶菓子に手を伸ばそうとしたとき、観測端末に観測通知が届きました。


 ★★★★★★★★★★★★


 【地球観測通知】

 観測データ更新: 小型ロケット打ち上げ準備


 【概要】

 日本列島の南部沿岸地域に位置する発射場で小型ロケットの打ち上げ準備が観測されました。

 確認された活動は以下の通りです。


 ①「発射準備作業」:発射台周辺で整備および点検が進行中。

 ②「試験点火」:エンジンの試験が行われた模様。

 ③「現地の注目度」:発射台周辺には関係者や取材陣が集まっており、活発な動きが確認されています。


 【観測の限界】

 ・正確な打ち上げ予定時刻は不明。

 ・ロケットの目的および技術的な詳細は未解析。


 ★★★★★★★★★★★★


「へえ、ロケット打ち上げがあるんだ。」

「そういえば、去年の夏ごろに、日本のロケットエンジン燃焼試験で事故があったわね。」

「え……そうなんだ、けが人とかは?」

「それは大丈夫みたいだけど、あたり一面吹っ飛んで大変そうだった。宇宙に行くのも大変ねえ。」

「上から目線になってるよ、ふるるちゃん。」

「まあ、このロケットは成功すると良いわね。これが成功すれば、日本の宇宙開発も進むわよ。」


 ふーん……、と思いながら、通知に添付された準備風景のムービーを見ます。ふと疑問がわきました。


「ねえ、ふるるちゃん。なんで地球の人たちって、宇宙を目指すのかな?」

「え、それ、現役で地球から飛び出し中の私たちが言う?なんでって……。」

「なんで?」

「そ、そうねえ……?」


「それはね、人が未知を追い求める生き物だからよ。」

 振り返ると、しゃーれ先生が立っていました。手にはいつものタブレットを持ち、どこか得意げな表情を浮かべています。


「ぱるねさん。この宇宙船がなぜ宇宙を目指したのかは知ってる?」

「えっと、宇宙史の一番最初にありますよね。『氷河期が続いて、宇宙に出ることが唯一の希望だった』んですよね。」

「ですね。今の地球ですが、氷河期と温暖化という違いはありますけど、生存環境の激変という意味では宇宙を目指す理由は宇宙船が出発した当時と状況が似ていると思います。」


 ふるるちゃんが続けます。


「あと、人口増加ね。宇宙船が出発した当時も人口がわんさか増えて、いわば口減らしのための宇宙出発だったと教科書にあったわ。……結局、地球に残った文明の方が滅亡しちゃったわけだけど。」

「滅亡したといっても数千年以上は続いていたから、普通の文明としては続いた方なんだよね。」

「そうですね。むしろ宇宙船の方が、閉鎖環境の安定を突き詰めた結果10万年以上続いている『異常な』文明ともいえるわね。」


 そうなのです。宇宙船は平和です。宇宙を目指した結果が、宇宙を目指す動機を失ってしまった。そんな皮肉な状態になっている気がします。それに……。


「あの、先生。」

「はい、ぱるねさん。」

「それって、もしかして、私たちの子孫が、どこかの星に到着して目的を達成してしまったら、逆に私たちの文明にとって滅びの始まりになるかもしれない、ってことですか?」


 しゃーれ先生は少し驚いた表情を見せましたが、すぐに柔らかく笑いました。


「ぱるねさん、深く考えすぎですよ。」

「えっ、そうですか?」

「目的を達成したからって、すぐに滅亡するわけじゃありません。それに、数十万年、下手すると数百万年後の話です。今ここにいる私たちが気にすることじゃないでしょう。」

「そうよ、ぱるね。むしろ、私たちの子孫がどこかの星でのんびり暮らし始めたら、それはそれで素敵な未来じゃない?」

「ふむ。確かに、それならちょっと安心かも。」


 しゃーれ先生は、一拍置いて私たちを見まわした後、話を続けます。


「さあ、少し話が脱線しましたね。今の地球で宇宙を目指しても、化石燃料ベースですからこぢんまりとしたものにならざるを得ないと思います。探査機こそ全惑星に飛ばせていますが、人が到達できるのは行けて火星どまりでしょう。」

「あれ、意外と夢がないわねー。もっと壮大なストーリーがあるわけじゃないの?私たちの宇宙船に追いつきたいとか。」

「また上から目線ですよ、ふるるさん。地球の人たちは私たちを知らないわけですから、宇宙に出ること自体が未知なる挑戦になります。それに、挑戦に1番目も2番目もありません。誰にとってもはじめての挑戦はロマンなのですから。」

「だから、日本でもロケットの打ち上げに挑戦しているんですね!」

「その通りです。勿論ビジネス的なチャンスなども計算してのことだとは思いますが、簡単に成功しないチャレンジに挑戦できるだけでも、彼らにとっては望外の喜びでしょう。あとは何回目で成功するか、ですね。」

「え、先生も意外とシビアにみてますね?」


 ふるるちゃんが目を点にしてしゃーれ先生を見ましたが、微笑むだけです。


「まあ、派手に散るのを楽しむくらいがちょうどいいわ。さ、今日は下校時間よ。また通知が来たら集まりましょうね。」


 ――後日。新たな通知が届きました。打ち上げ結果のようですが、文章を読んでしまうと結果が分かってしまうため、ふるるちゃん、しゃーれ先生が集まるのを待って、まずは動画再生を行います。


「打ちあがった!わ、結構早い!」

「おーーー……お?」


 結果は、見事発射台から打ちあがったように見えたロケットが、わずか5秒後に爆発四散するという、しゃーれ先生が予言したそのままのような展開でした。唖然としていたふるるちゃんが、ようやく口を開きます。


「……たしかに、もうこれ、笑うしかないわね!」

「ふるるちゃん、言い方!」

「でも、だって、あれだけ準備してこれって、逆にすごいよ。潔いっていうか、なんていうか。」


 しゃーれ先生も苦笑しています。


「挑戦する以上、失敗は避けられないものですからね。それに、こうした失敗から得られる学びも大きいものです。日本の人たちは、きっと次の挑戦に生かしますよ。」


 映像には、打ち上げを見守る人たちの姿も映っていました。ある人は肩を落とし、またある人は呆然と空を見上げています。しかし、その中に小さく拍手をしている人の姿もありました。


「ねえ、拍手してる人もいるよ。」

「そうねえ。ちょっと不謹慎かしら?」

「私思うんだ。多分、打ち上げできたら第1の成功なんだよ。それで、次は宇宙に飛び出したら成功、次は目標に到達すれば成功……。失敗なんてない、繰り返しのチャレンジなんだね。」

「私知ってるわ!それ、日本のことわざで『七転八倒』って言うのよ。」

「ほえー?それ、良いことば?なんだか悪い言葉のような?」

「ふるるさん、間違ってます。それは苦しみのあまりのたうち回る様子を指す言葉ですよ。正しくは『七転び八起き』ですね。何度失敗してもあきらめない、不屈の精神を示す言葉ですよ。」

「8回目に大成功かぁ……。でも。もっと早く、大成功の日が来ると良いね。次の挑戦も応援しようよ!」

「そうね、次は大成功を喜べればいいわね。」

「ふふ、楽しみですね。」


 今日も部室は穏やかな晴れの日です。そして、打ち上げ場の空にも、青い空が広がっていました。


 さて、今日はお時間となりました。宇宙を目指す挑戦。それは地球でも、私たち宇宙船でも、同じように続いてきた物語です。失敗も成功もすべてが挑戦の一部。その一歩一歩が、未来への道を切り拓いていきます。貴方にとって、挑戦とはなんですか?その答えを、いつか聞ける日がくれば嬉しいです。――それでは、また。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る