第13話 地球観測機器

 私の声は貴方に届いていますか?

 今日は「地球観測」の前線基地となる、地球観測機器についてお話します。


 といっても、巨大な望遠鏡やアンテナが学校に設置されているわけではありません。地球観測は国策なので、観測設備本体は宇宙船の外郭に設置されています。普段目にすることはありません。


 私たちが日々使っているのは、観測設備から送られてくる膨大なデータを解析し、地球の姿を映し出す端末やモニターなんです。意外とポータブルなんですよ。今日は「持ち運べる観測端末」を使った活動の様子を紹介しますね。


「私が普段使っている観測端末がこれです。地球で使われる『のーとぱそこん』みたいでしょう?宇宙船で広く使われる情報端末はAR表示タイプのものが多いですけど、私はこの、直接触れる感がお気に入りなのです……」

「何1人でしゃべってるの?」

「ああ、ふるるちゃん。あのね、地球放送部の撮影中なの。ほら、そこの浮遊カメラから観測端末を紹介してるんだよ。」

「え、いまこの映像流れてるの!?ちょっと、あ、わ、わたし、ふるるです。よろしくお願いしますです!」

「録画だから大丈夫だよ。でもよかったら映像使わせてね。」

「わ……、びっくりさせないでよ、もう。というか、地球放送部なんてありませーん。ぱるねの趣味じゃない、それ。」

「観測装置は日々、地球から膨大な情報を受け取っています。私たちの学校では日本に注目しているので、日本に関する新しい情報が見つかるたびに、通知が飛んでくるんですよ。……、あ、今ちょうど通知が来ましたね。」

「無視するんだ……。なに、通知、私にも見せてよ。」


 2人で通知をのぞき込みます。2枚の写真とテキストがありました。この時期、3月によくみられる「ひな人形」が飾られた大きな棚。そして満開の綺麗なピンク色の花が咲き誇っている写真が添えられています。


「これはこの時期のイベント、『ひなまつり』だよね。でも、この花はなに?えーとたしか『さくら』は4月の花だよね。似た感じだけど、ちがうのかしら?」

「ふるるちゃん、テキストの方に『もも の せっく』とあるよ。せっくは季節の区切り・その祭りごとって意味だから、えーと、もも祭り?ももって果物の桃だよね。おいしいよね。」

「脱線してるよ!ひなまつりじゃなくてももまつり?ん、同じイベントの別名?」

「あら、ももの花、懐かしいわね。」


 その声に思わず私たち2人は振り返ります。気配が無かったはずのその場所にいたのは……。


「「あ……、しゃーれ先生!」」


 いつの間に入ってきたのか、彼女は部屋の風景に溶け込み微笑んでいました。私たちにとって頼れる、地球観測部の顧問先生……なんですけど、わりとこうして心臓に悪いタイミングで現れるのでいつもドキドキしています。


「これは『ももの花』よ。日本では昔から、ももは果物としてだけでなく、その花も春の象徴として大切にされていたの。『ももの節句』というワードははじめて見るけど、ひなまつりの別名なのね。そう、確かに季節区切りとしてももは良いわね。」

「ももの花って見たことなかったど、こんな色なんですね。この色……、ピンク?より淡い感じで、中心に向かうほど濃い赤に染まっていって、きれいです。」

「ぱるね、ほらこっちの写真はひな人形に花が飾ってあるけど、もう真っ赤よ?」

「これはね、品種が違うのよ。淡い色の方が食用のもも、鮮やかな赤は観賞用ね。……、そうだ、ちょうどいま見ごろだと思うから、実際に見に行かない?」

「えー、先生、もう3時ですよ?今からだと遅くなりますよ?」

「ふふ、大丈夫よ、少し歩くけど、学校の下だから。」

「「下?」」


 実はこれ、宇宙船特有の事情なんですよね。宇宙船内は数多くの区画が上下左右に繋がった、巨大な立体構造になっています。学校のような公共区画は地球にいたころを再現した広大で広い空間に見えますが、その上にも下にも、人々が営む区画は縦横無尽に張り巡らされています。ももの木がある場所は、ちょうど学校のすぐ下の区画で、校内に設置されている軌道エレベーター一本で到達するとのことでした。


「学校の下にそんな場所があるんですね!」

「案外知らない場所多いわよね、この船の中。ぱるねもこの下ははじめて?」

「うん!どんな場所なんだろう、わくわくします!」


 軌道エレベーターはゆっくりと動き出し、私たちを下の区画へ運びます。エレベーターの透明な壁越しに広がる景色は、私たちにとっては見慣れた日常風景。でも、貴方にはきっと信じがたい世界に映るはずです。


 宇宙船団の全容は、はるか彼方まで果てしなく続いている、居住区モジュールの規則正しい繰り返し。それぞれのモジュールは衝突防止用のランプを点滅させながら、淡々とその存在を主張しています。その間を蜘蛛の巣のように張り巡らす軌道エレベーターはいわば血管。その姿は、まるで1つの巨大な生き物のようです。


 人々を運ぶカプセルや、物資輸送用の小型船舶がエレベーター内の無数の光点として行き交っています。点滅しながら規則的に動くそれらの光は、巨大な船団が息づいている証そのものです。


 この光景は、貴方にとってはまるで宇宙そのものが織りなす神秘の一部に思えるのかもしれません。いつか貴方に届けますね。


 軌道エレベーターは揺れもなく透明なパイプを進み、しばらくして武骨な建造物の中に吸い込まれました。瞬間、広い果樹園が足元に広がります。


「「わあっ……」」


 まだ3月です。多くの木々は蕾をつけてはいますが、葉を携えておらず、ちょっと殺風景とも言えました。そんな殺風景な木々の一角に、そこだけ淡いピンクの花々が彩られているのが上からでもはっきりわかりました。それが「ももの果樹園」でした。


 エレベーターは淡いピンクの一角から少し離れた場所に降り立ち、扉がゆっくりと開きます。ふわりと風が吹き抜け、ほのかな甘さが鼻をかすめました。淡いピンクの花びらが春の空気に溶け込み、柔らかな香りとなって漂います。


「……これが、ももの香りかしら?」

「ほんのり甘いけど、果物のももとは違うね。春って、こういう香りなんだね。」

「ふふっ、良いわね、春の香りって表現。さあ、もうすぐよ。」


 木々が近づくにつれて、空気が少しずつ変わっていきます。先に進んだふるるちゃんが小走りになり、ももの木の近くで足を止めました。


「甘い香りが、だんだん強くなってきた……!花もきれいね!」

「これがももの花の香りなんだね。地球観測では香りは分からないけど……、きっと、日本の人たちも、こんな風と香りを感じているのかな。」


 小脇に抱えた観測端末から、新しい通知の音が聞こえました。AR表示に切り替え、ももの木にむけて投影します。するとそこには、ももの花の下、ひな人形をもって楽しそうに遊んでいる子供たちの映像が映りました。人形を並べ替えたり、花びらを拾って楽しそうに遊んでいます。しばらく3人で眺めた後、ふるるちゃんはぽつりとつぶやきました。


「……すごく楽しそう。日本の3月って、こういうのなんだね。」


 私たちの観測端末は、こうして地球の姿を映し出し、最新の日本を届けてくれます。そのおかげで、ひな人形やももの花の美しさを知り、地球の文化に触れることができました。


 でも、映像やデータだけでは分からない「空気感」や「香り」、そしてそこに宿る思い出の温かさ。――そういったものを感じるために、私たちはこうしてフィールドワークを続けています。地球観測部の活動は、遠い星から届く記憶を紡ぎ、明日へつないでいくための大切な旅なのです。


 きっと、貴方のそばに咲くももの木からも、やさしい春の香りが立ち昇り、貴方だけの春の物語を語りかけていることでしょう。私たちの観測機器によってつながるこの不思議な縁が、もっと広がり、いつかその物語と出会える日を夢見ています。


 さて、今日はお時間となりました。次に観測端末が届けてくれる新しい季節の便りを、また貴方にお伝えしますね。――それでは、また。

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