第12話 宇宙船の暦と、学校の年度
私の声は貴方に届いていますか?
今日は宇宙船の暦と、学校の年度についてお話します。
実は現在の宇宙船の暦は地球の太陽暦と同じです。当然、偶然ではありません。昔から地球観測によってそのとき地球で採用されている季節の廻りを採用しています。つまり、1年は365日、4年に1日、うるう年があります。年だけ違って、宇宙船が旅立った年を元年とした、宇宙船暦XXXXXX年です。
地球からは遠く離れましたが、地球の時の流れを模倣することで私たちの心には地球が生き続けています。あくまで今地球を観測している季節が基準ですので、私の声が貴方に届くころには、ずっと季節が巡って、きっと季節も異なるのでしょうね。
さて今、季節は3月です。私たちの学校・地区では日本を観測対象としているため、年度の区切りも4月始まりとなっています。つまり、もうすぐ卒業式です。私は高校1年生なので2年生に繰り上がりです。そして3年生たちは受験の結果もでて、大学への進学や就職の準備で部活どころか学校にさえたまに来る程度です。もうすぐ卒業式です。
そういえば、今日の観測端末からの観測通知で、「サクラとオハナミ」文化の話が流れてきました。日本だともう少しすればサクラ?のツボミが膨らんで、4月になったら「オハナミ」なるイベントが行われるとのことですが、残念ながら宇宙船にはそんな特徴的な植物はないそうです。日本の文化はどれも素敵で興味深いです。いつか「オハナミ」できれば良いですね!
そんな3月ですがとても困っていることがあるのです。それは「部員が2人しかいない」ことです!「地球観測部 日本部会」は、3年生がいたころは部員がたくさんいましたが、今は1年生の私とふるるちゃんで2人だけです。元々2年生が居ないところに、3年生は10月の文化祭が終わった後は引退状態で顔を出しませんので、部室は今とてもがらーんとしています。観測通知の動画や、歴代の先輩たちが置いていった観測資料のファイルや、古びた地球地図のプリントをぼーっと眺めていると、突然声がしました。
「……ぱるね、聞いてる?」
「あー、ごめん。何かな?」
私はハッと顔を上げました。目を合わせると、ふるるちゃんは観測端末の前で、腕を組んで眉間にシワを寄せていました。
「だから、新しい部員をどうやって募集するかって話!4月になったら部活紹介があるじゃない。地球観測の魅力をどう伝えればいいと思う?ぱるねは何かアイデアないの?」
「4月になったら、オハナミしたいよね。」
「そうじゃなくて!したいけどさ!サクラとか見たことない人に言っても何にも伝わらないじゃん!もっとこう、誰もが興味を持つような地球観測部の魅力とかあるじゃん!あるでしょ?何かさあ。」
「じゃあ、ふるるちゃんも何かアイデア出してよ」
「ぐっ……、マホウとかそういうの?でも今の3年生が1年生のころブームになりすぎて、今ちょっと飽きが来てるっていうか?それで2年生が1人も入らなかったのよ。知ってた?」
「うーん、これでも歴史ある?部活だし、国策部活だから無くなることはないんだし。まあ私はふるるちゃんと2人でも楽しいかなって思うよ。」
「ありがとう!でもそうじゃなくて!もうちょっと危機感持とうよ!あーもう、何かネタ転がってこないかなぁ!」
ふるるちゃんは頭を抱えながら、観測端末の方に目を向けなおしました。相変わらず「サクラとオハナミ」の風景です。ふるるちゃん、目がちょっと血走ってるなあ。いい目薬あればいいんだけど。
あれ?情報に誤りがありました。私はとても困っては居ませんでしたね。困っていたのはふるるちゃんでした。でも部員が居なくて困ってしまうのは本当ですよ?地球への情報発信は、今は私の趣味みたいな感じで行っているのですが、この調子で部員が増えなければこの試みも途絶えてしまうからです。
増えないと言えば……。さくらってなんで宇宙船で増えないんでしたっけ?
「あれ、調べたことないの?そもそもサクラの原種が地球から宇宙船に持ち込まれてないのよ。近い植物があればどうにかなるかもしれないけど、原種からないんじゃねえ。日本でメジャーになってから慌てて調べたそうだけど原種が持ち込まれてなくて大騒ぎになったって、地球観測歴史館で展示されてるのを見たことがあるわ。」
「ほえー。ないのかあ。」
「宇宙船が地球を出発した10万年前はサクラって目立たない植物だったんでしょうね。結局日本でサクラが有名になり始めたのは約1200年前ごろ、えっと日本の奈良時代?で、もう地球は十光年の彼方だからね。今から種取りに戻ってたら帰ってくるまで最短でも2~30万年?こういうのって、日本のことわざで『後の祭り』って言うのよ。」
「それじゃあ、サクラの再現プロジェクトって、相当大変じゃないの?」
「DNA取れないと無理じゃない?光学観測だけじゃそんなの見えないし。今は『いんたーねっと』の情報からサクラのDNAを探し出そうとして、やっきになってサルベージしているところらしいわ。後はサクラの原種の原種の原種……とかからさかのぼって遺伝子交配するって話もあるけど、そんなの何百年かかるんだか。」
「大変そうだね……。」
私は、観測端末に映る桜並木をじっと見つめました。ピンクの花びらが風に舞い、人々が楽しそうに花見をしている様子は、遠い世界の夢のようでした。
「ねえ、もしサクラが再現できたら、私たちもオハナミできるのかな?」
「まあ、できたらいいけどね。今のところは『もし』の話でしかないわよ。」
「そっか。でも、そういう『もし』を追いかけるのって、地球観測部らしくてちょっとロマンがあるよね。何か協力できないかなあ。」
「ねえ、サクラを増やす前に、別のものを増やさないといけないと思わない?」
「何かあったっけ?」
「部員を!増やすのよ!新入生歓迎会まであと1か月。何かネタはないのかって話をしてたのよ!」
「うーん、あ、たとえば、何でもいいから花の前でオハナミして新入生を歓迎するとか?」
「オハナミから離れなさいよ……。まあいいわ、じゃあ、オハナミ案を膨らませるとして……。」
こうして私とふるるちゃんの作戦会議は下校時間まで続きましたが、結局実を結ぶことはなく、その日は解散となったのでした。さてさて、4月になってもこの部員は増えないのか、もしくはどーんと増えることになるのか。どっちになっても、貴方にお知らせする未来はきっと楽しいことになると思うんです。
今日はお時間となりました。私の声が貴方に届くころにはオハナミができるようになっていたら良いですね。サクラが咲く日は来るのか、それとも別の花が咲くのか。それはきっと、もう少し先のお話。――それでは、また。
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