第11話 札束は叩くものではありません

 私の声は貴方に届いていますか?

 今日は宇宙船の通貨事情についてお話します。


 日本の文化を積極的に取り入れている宇宙船ですが、流石に貨幣まで導入するわけにはいきません。宇宙船の銀行システムは高度な電子化がされていて、貨幣についても地球出発前の時期までさかのぼって電子貨幣化されています。過去、記念メダル的なものが発行されたことはありますが、貨幣というよりコレクターアイテムで、通貨的価値は時価、という感じです。


 ただ、日本の貨幣を真似て記念メダルにするようなイベントは積極的に行われていて、地球観測歴史館に主だった貨幣が展示されています。古くは富本銭から、江戸時代からは大判、小判、寛永通宝などなど。管理状態がいいのだけが取り柄なので、今の日本ではボロボロの貨幣しか残ってないようなものまで、レプリカとはいえピカピカの状態のものが展示されています。


 ただ、紙幣については日本でも最近の文化ですので、宇宙船では理解が不十分なんですよね。私も、なぜ紙の貨幣なんてものが価値を維持できるのか、いまいち理解できていなくて……。今回の出来事は、そんな私たちが本格的に紙幣に出会ってしまった、不幸な出来事?だったのです。今日、観測端末に以下の通知が届きました。


 ★★★★★★★★★★★★


【地球観測通知】

 観測データ更新: 日本の新紙幣発行に関する情報(初期解析完了)


【概要】

 日本では、7月3日より新しい紙幣が発行されることが確認されました。

 ①10000円札: 渋沢栄一(実業家、「日本資本主義の父」として知られる)

 ②5000円札: 津田梅子(女性教育の先駆者、津田塾大学の創設者)

 ③1000円札: 北里柴三郎(細菌学者、「破傷風の治療法」を確立)


【技術的進化】

 新紙幣には「3Dホログラム」技術が採用され、偽造防止性能が大幅に向上している模様。


【観測の限界】

 ・新紙幣の具体的な社会的影響については、引き続きデータ解析中です。


【推奨アクション】

 ・宇宙船内での「新紙幣を模倣した文化体験イベント」の実施を検討してください。


 ★★★★★★★★★★★★


「ふるるちゃん、『紙幣』ってなに?日本で新紙幣ができたって通知があるよ。」

「しらない。ネットで調べればわかるんじゃない?」

「ふーん。調べてみるー。(ピピピ……)あった。『紙でできた貨幣、お札』なんだって。」

「あれ、ぱるね、それはおかしいわよ。前に通知で見たけど、日本ではなんとかペイって名前の電子貨幣が導入されているってあったわよ。そもそもコインじゃなくて紙?価値ないんじゃないの?」

「うーん。でもほら、1000円札とか5000円札とか数字が振ってあるし、なんだか3Dホログラム?っていうの?絵が飛び出すらしいよ。なんだか強そうじゃない?」

「あ!そういうの日本のことわざにあったわ!『札束で頬を叩く』!きっと戦いに使うのよ!」

「なるほど、これはマホウアイテムなんだね!ほら、通知にも『新紙幣を模倣した文化体験イベント』を検討して、って書いてるよ。これはやってみるしか!」

「おー、久々にフィールドワークね、腕が鳴るわ!」


 さて、こういうときはどこかの部を巻き込むのが基本です。地球観測部にはいくつか提携している部が存在し、今回はマホウ関係に強い『マホウ科学部』に相談することにしました。ここは元々、単なる科学部でしたが、マホウが宇宙船の基幹技術になったことを受け、技術面でマホウと科学を研究する部活、として再編されました。もちろん中二呪文詠唱を考える方ではなく、実際のマホウ現象を科学的に考察する、真面目でちょっとマッドサイエンスな部です。部長はふぇいな部長といい、私は以前からちょっとした知り合いでした。扉をノックしてから、躊躇もせずに扉を開けます。


「こんにちわー。ふぇいな部長ー。札束で頬を叩いてみませんか?」

「なんだか物騒だねぱるね君。ネタの持ち込みかい?」


 早速ふぇいな部長に説明しました。いわく、紙に1000とか5000とか数字が振ってある。いわく、3Dホログラムで絵が飛び出る。いわく、日本には『札束で頬を叩く』ということわざがある。私たちは紙幣がマホウアイテムでバトルに使うものじゃないかと力説しました。


「ふむ、詠唱の代わりに、札の束で頬を叩くことで代用する感じかい?後は、派手なホログラムでマホウ効果を表現すればいいと。数字は恐らく強さを表現しているんだろう。たぶんできると思うよ。私たちはマホウ効果を準備するから、お札だっけ、そちらの準備は任せるね。」

「えーっと、通知資料によると、数字に肖像画が書いてるわけだから、まずは肖像画を準備すればいいのね。仕方ないわねー、私の隠しきれない絵の才能を見せるしかないのかしらねー。」

「おー。じゃあ、2人で書こうか!」


 そしてできあがった肖像画をふぇいな部長に持ち込みます。ふぇいな部長は絵をじっくりと眺め、満面の笑みを浮かべました。


「2人とも、なんて素晴らしい絵を描いてくれたんだ!ぱるね君のほうは……おお、猫耳をつけてウィンクしているおじさん肖像だね!なんて愛らしい!これは見る人を癒す効果抜群だろうね!」

「えへへー、かわいくすればもっとお札が親しみやすくなると思って!」

「その発想、実に斬新だ!紙幣に親しみやすさを加えるなんて、未来の文化を先取りしているよ。この絵はきっと、子供たちに大人気になるだろうね!」


 さらにふるるちゃんの方に向きなおして、ふぇいな部長の称賛は続きました。


「で、ふるる君のほうは……おおお、これはまるで次元の裂け目から覗く力強い視線!迫力があるなぁ!」

「これは未来志向をテーマにしたデザインよ。力強さと革新性を意識した結果ね!」

「未来志向か!素晴らしいテーマだ!これほどのエネルギーを感じさせる肖像画は、マホウバトルにぴったりだよ。見ただけで相手を圧倒できそうだ!」

「やったー!ふるるちゃん、ほめられたね!」

「ふふ、当然よ。」

「どちらも最高だ!この2つをベースにマホウ効果を注入したら、すごいことになりそうだね!早速装置を準備しよう。2人の才能が、この文化体験イベントを伝説にするよ!」


 マホウ科学部の部員の人たちから「おい、あの幼稚園児の子供みたいな絵、子供向け玩具にしたってひどいぞ。」「むしろあの次元裂けみたいなやつのほうが怖いだろ……なんだあれ、次元爆発札か?」「これをホログラムにするのか……?」などと聞こえてくるような気がしますが、笑顔を向けると黙々と準備に入ってしまいました。失礼な。


 しばらくして、私たち2人の手にはマホウ光がほのかに輝くお札が収まっていました。会心の出来です。地球観測部の部室に戻り、机を片付けて確保したバトルスペースの中央で、私とふるるちゃんはお互いに対峙しました。


「ルールは簡単だ。お互いに札束で相手の頬をはたき合って、先にマホウ効果にギブアップした方が負け。時間切れの場合は審査員の審査だ。どんなマホウ効果が出るかはお楽しみ。先行はぱるね君から行こうか。さあ、デュエル・スタート!」

「よーし、1000円、癒し札、いっくよーー!(ビターン)」「きゃーー!」


 ふるるちゃんが札束に叩かれました!周りにはハートや星が飛び出し、たくさんの猫耳おじさんの隊列にふるるちゃんがたまらず押し流されます!うずくまるふるるちゃんですが、頭を振りつつも立ち上がりました!


「やったわね……。今度はこっちよ!5000円、次元裂け札ーー!(ビターン)」「うわあーー!」


 私も札束に叩かれました!空間に次元の裂け目が現れ、部屋のあらゆるものを吸い込んでいきます!私も危うく吸い込まれそうになってしまいましたが、割れ目に引っかかった机をつかんで何とか耐えきりました!これ、吸い込まれたら死んだりしないよね!?


 勝負は拮抗し、お互いにらみ合っています。これはもう、切り札を出すしか……。あ、光ってるお札がある、これだ!


「ふるるちゃん、最後の勝負!10000円、ハートの癒し札アタック!」

「負けないわよぱるね、こっちも!10000円、奈落の次元裂け札アタック!」


(ビターーーーン!!!)


 双方の札をお互いの頬にはたきつけようとしたとき、両者の手元が狂い、札同士がぶつかり合いました。そのとき、思いもかけない相乗効果が発動したのです。部屋全体がハートと次元の裂け目が入り混じる異世界空間へと変貌し、天井から無数のハートが降り注ぎ、床には次元の亀裂が走ります。見学に来てたマホウ科学部員たちも足場を失っていき逃げ惑います。


「わー、かわいいハートがいっぱいだー。」

「ちょっとぱるね、これまずいんじゃないの!?止める方法は!?」

「いやあ、これは計算外だねえ。試作品だから停止できないんだ、行くところまで行くしか……。」

「行くところって、どこまで行くのよーー!」


 部室どころか、混沌は校舎全体にまで広がっていきます。ピンク色のハートが天井から次々と降り注ぎ、あちこちを漂いながら、触れるものすべてに可愛らしい猫耳の幻影をつけていきます。一方、次元の裂け目は床から黒い亀裂を這わせ、そこから謎の光や音が漏れ出し、部屋の壁や家具を引き込もうとする強烈な吸引力を発生させていました。ハートが裂け目に吸い込まれると、「ポン!」という音とともに小さな爆発が起き、そのたびにハート型の煙が立ち上ります。校舎に残っている人たちは足場を失い、漂うハートにぶつかりながら裂け目を避けようと必死に宙を泳ぎ、校舎全体が「かわいい」と「恐ろしい」の奇妙な共存空間へと変貌していました。


「ほんとに、どうやって止めるのよ!」

「あー、多分そろそろ出力の限界が来るから、『落ちる』さ。……ほら。」


(バチーーーン!ひゅうるるぅぅぅ……)


 突然何かが弾けるような音がした後、マホウがほとばしる桃色空間が元の色に戻りました。いえ、戻ったというか、全部が浮かび始めましたよ!?これ、人工重力装置がシャットダウンしたんじゃないですか?みると、この部屋だけじゃなく、窓の外の空間からも重力が失われている様子が見えます。部活動中の人たちがふわふわ、プカプカ、何とかして物に捕まろうともがいているのが見えました。


 幸い、1分も立たずに重力装置はゆっくり再起動し、物は散乱しているものの、マホウは止まり、けが人もなく収拾したもようです。


「……これって、怒られるのかな?」

「逆に聞くわよ、怒られないと思うの?」


 突然ですが、地球観測部には顧問の先生が居ます。しゃーれ先生といって、普段はとても物静かで、地球観測部の活動も生徒の自主性に任せてくれるし、それでいて導いてくれるところは導いてくれる、良い先生です。玉に瑕なところと言えば、物静かすぎて現れるときに気配が無く、いつも突然現れてびっくりさせられるところですが……。


「ふーん、『新紙幣を模倣した文化体験イベント』ねえ。たとえば、お札を発行して買い物したりとか、そんな雰囲気のイベントになるならわかるの。でもさっきのイベントは、やたらとハートや裂け目が飛び交ったり、とっても破壊力抜群だったけれど……?」

「「しゃ、しゃーれ先生!?」」

「あとね、さっきの重力装置ダウンで、この教室だけじゃなくて、職員室とか他の教室とか、校舎全体のものがひっくり返ったような状態なの。ちょっと職員室に来て、いろいろ説明してくれない?」

「「うわーん、ごめんなさいーー!」


 そして職員室に行くと、教頭先生まで出てきて事の顛末の説明と説教の雷が落とされたのでした。校舎中の掃除も覚悟したのですが、幸い復旧までの時間も短く物の散乱も限定的だったせいか私たちが怒られている間に大半の片づけは終了していました。それでも翌日の校内放送で公開謝罪をさせられたりと、地球観測部の伝説にまた1ページが追加されたと、久々に顔を出した3年生部員たちに笑われてしまったのです。


「日本って、普通にお札でお金のやり取りやってたのね。じゃあ文化的イベントって、しゃーれ先生の言う通り、お札を発行して買い物体験でもすればよかったの?」

「ん-でもふるるちゃん、『札束で頬を叩く』って日本のことわざなんだよね?だったらお札って、実際に頬を叩くために使ったりするんじゃないの?」

「……確かに。じゃあ、バトルって方向性はあながち間違ってなかったかもしれないわね。だったら再挑戦の余地があるわね……。」

「だね……。」


 さて、今日はお時間となりました。あれ、反省していないように見えますか?でも、日本では実際に「札束で頬を叩く」のですよね?ちょっと事例とシチュエーションの理解が不足していますので、貴方の体験談でいいので頬を叩かれた経験を教えてもらえませんか?――それでは、また。

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