第10話 ふるるとバレンタインの野望

 私の声は貴方に届いていますか?

 今日はふるるちゃんの起こした「バレンタイン」の騒動についてお話します。


 実は宇宙船では、日本で行われている「バレンタインデー」というものの存在をあやふやにしか理解していません。数十年前から人工衛星からの光学観測で冬の2月の特定の時期に「バレンタイン」というイベントが行われていることは認識していましたが、その具体的な内容については把握していなかったのです。


 光学観測頼りの状況は「いんたーねっと」により一変しましたが「バレンタイン」についてはこれまで、新たな情報は得られていませんでした。ですが今日になって観測端末に観測通知が送られてきます。これが騒動の始まりだったのです。


「あ、観測通知が来たわよ!なになに……?」


 相変わらずこたつに魂を奪われているふるるちゃんは、観測端末をポチポチいじりつつ、お茶をすすっていました。新しい通知が来たようですね。私も画面を覗きに寄っていきました。タイトルは……「観測データ更新: バレンタインデー(初期解析完了)」?


「えーと。『バレンタインデーは日本で2月14日に行われる文化的イベントです。』……」


 ★★★★★★★★★★★★


 【地球観測通知】

 観測データ更新: バレンタインデー(初期解析完了)


 【概要】

 バレンタインデーは日本で2月14日に行われる文化的イベントです。

 主な活動内容は以下の通りと推定されています。


 ①「贈り物の交換」:とくに「チョコレート」という食材が重要な役割を果たしている模様です。

 ②「感謝と愛情の表現」:個人間で「感謝」や「愛情」を示す日とされています。

 ③「装飾とイベント」:観測映像では、ショッピングモールなどの施設に「ハート型」や「愛」を象徴する装飾が多く見られました。


 【観測の限界】

 ・イベントの詳細な背景や目的については、引き続き解析中です。

 ・個人間の贈り物交換についての具体的な文化的意味は未確定。


 ★★★★★★★★★★★★


「ぱるね!バレンタインデー、やるわよ!」


 唐突にふるるちゃんがエンジン全開です。相当暇だったようです。面白そうだし、付き合ってみますか。


「うん、面白そうだね。えーと、チョコレートで何か作れば……」

「チョコレートを作るわよ!」

「ほえ?」

「チョコレートの原料、カカオならうちの伝手で入手できるわ!私のうちで経営してる農場があって、カカオも作ってるって聞いたことがあるの。」

「ほえー、ふるるちゃんのおうち、もしかしてお金持ち?」

「ちょっと待ってね、執事に迎えに来させるから。(プルル……うん、そう、学校まで迎えに来てくれない?)、よし、行くわよ。」

「ほえー、ふるるちゃんのおうち、もしかしてお貴族様?」

「ん?まあ一応、宇宙船のお貴族?らしいわよ。まあそれはいいじゃない、こういうのって日本のことわざで『善は急げ』って言うのよ!」


 早速お迎えの車がやってきて、執事の人?がうやうやしく後部座席を開けました。おお、ふかふかの座席……。慣れた様子で座席に滑り込んだふるるちゃんに急かされて、私も乗り込みました。車に乗り込むと、窓が曇りガラスになって驚きましたが、これはセキュリティの絡みで場所を推測できないように、とのことです。あれ、私、ちょっとまずいところに連れていかれる感じですか?ともかく、謎の浮遊感で快適な車は、30分も走るとどこかの区に到着したようでした。


「あれ?凄く暖かいね。それに広い!ジャングルみたい。」

「お嬢様、こちら『カカオ農園』となっておりまして、カカオの収穫に適した気候に調整されております。」

「このジャングルが全部カカオ?」

「そうでございます。さ、こちらへどうぞ。」


 執事さんの案内で、農園の管理施設の方に向かいました。その道中、ふるるちゃんが計画の全貌を語ります。


「観測通知にはチョコレートが主役で、ハート形の大きな装飾があるってあったわ。きっと学校の校庭くらいのでっかいハートなのよ!これだけ大きい農園なら、きっとカカオが確保できるわね。」

「な、なるほど……?」


 イベントの規模感がおかしい気がしますが……。しばらく歩いて管理施設に到着すると、農場主らしき人が現れ、ふるるちゃんにうやうやしく挨拶をしました。


「これはこれはお嬢様、こんな土臭いところに足を運んでいただいて。どうなさいましたか?」

「お願いがあるの。ここのカカオを全部提供して!」

「……ぜ、全部でございますか?」


 私は思わずせき込みそうになりました。ふるるちゃん、それは無理だよ!一般常識的に考えて規模感がおかしいよ!


「明後日にね、日本で『バレンタインデー』という、チョコレートのイベントがあるの。それでね、校庭一杯の大きさのハート形チョコレートを作りたいのよ。えっと執事、私のお小遣いの預金でも買えるわよね?」

「はっ、投資に回しているお金を少し流用すれば十分かと。」

「ねっ?資金ならなんとかするから、準備に入って……。」

「お嬢様。……、大変心苦しいのですが、それは厳しゅうございます。」


 農園主さんは、言葉を選びながら、ゆっくり説明しました。


「カカオから十分な品質のチョコレートを作るのに、約2週間から4週間の日数がかかります。明後日となると、いまから収穫していては間に合いません。カカオを加工したカカオマスから作るのが現実的ですが、カカオマスはすでに出荷済みでして、当農園の伝手ではどうにもなりません。」

「え!?じゃ、じゃあ、流通から買い戻せば……。」

「ふるるちゃん、駄目だよ。」


 うん、これは無理だよね。私は言葉をつづけました。


「チョコレートを楽しみにしてる普通のお客さんから、チョコレートを奪って独占しちゃうのは良くないよ。ね、きっとみんなで楽しめる方法があるはずだよ。一緒に考えよう?」

「あ……、でも……、だって……。」


 その時、観測端末に新しい通知が入りました。「観測データ更新: バレンタインデーの意味」とあります。私は通知を読み上げました。


「えっと……。『バレンタインデーの目的は、贈り物を通じて感謝や愛情を伝えることです。高価さや豪華さよりも、手作りや真心が重視される傾向にあります。』だって。だったらね、ぱるねちゃん。」

「……なによ。」

「私ね、ふるるちゃんに感謝してるの。」

「え、いきなり何よ!」

「日本に放送したくて地球観測部に入ったけど、1人だったらきっと何もできなかったと思うの。ふるるちゃんが居たから、いつも楽しくて、今日だってこんな素敵な農園に来ることができたの。だからね。」

「……。」

「私、ふるるちゃんにチョコレートを贈りたいな。一緒にチョコレート作ってくれる?」

「……わ、私だって、感謝してるわよ。」

「ほんと?うれしいな。チョコレートだったら、これから帰りにデパートによって買い物してこようよ。良い手作りレシピ、知ってるんだー。」

「うん、い、良いわよ!執事、資金なら……」

「ちょ、ちょっとふるるちゃん、そこは庶民的に行こうよ!私の小遣いも考えて~!」


 それからデパートに寄って材料を買い、翌日、料理部にお邪魔してチョコレートづくりに取り組みました。料理部もサポートしてくれて、ちょっとした失敗はあったものの、冷蔵庫の中には2つの手作りチョコレートがちょっと不器用な箱の中に収まっていました。


 私の好みがとっても甘いミルクチョコレートで、ふるるちゃんの好みがカカオ80%のビターチョコレートだったせいもあり、お互いに手渡しして最初に1口摘まんだ時に、思わずお互いに苦笑いするしかなかった、初バレンタインデーでした。ふるるちゃんはまだ、校庭一杯のハート形チョコレートの野望を捨てていないようですが、これは来年以降、なんとかして阻止したいと思います。


 さて、今日はお時間となりました。実はあの後、さらに解析通知が更新されました。バレンタインデーでは、恋する女性が男性にチョコレートを送る文化が起源なんですね!私たちは「友チョコ」でしたが、貴方が送る・もらうチョコは、義理チョコだけですか?それとも……?それがどんな意味を持つチョコレートだったとしても、チョコレートに込められた想いは大事にしてくださいね。――それでは、また。

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