第9話 甘酒と雪祭り
私の声は貴方に届いていますか?
今日は宇宙船の雪祭りイベントについてお話します。
サッポロ雪祭り、いいですよね!毎度のことですが、宇宙船の光学観測により古くから観測され割と忠実に再現されているイベントの1つに「雪祭り」があります。古くは小中学生の作った滑り台や彫刻から始まった素朴な雪像だったものが、オリンピックや宇宙をテーマにしたり、はたまた可愛らしい動物の雪像だったり、最近では大きな城壁を乗り越える巨人で驚かせたり、さまざまな創意工夫で楽しまれていると地球観測歴史館に展示がありました。
私たちも見に行くか、あわよくば参加したいものですが、ふるるちゃん寒いのが苦手で引きこもりがちなんですよね……。これは作戦を練ればなりません。そういえば料理部が会場で甘酒をふるまうって話をしていました。地球観測部の部室に向かう前に、料理部に顔を出して私たちも手伝っていいか聞いてきましょう。
「ん?手伝ってくれるって?こっちは大歓迎だよ!……そういえば、今年は地球観測部の雪像はないのかい?去年は凄かったんだよ、まあふるるにでも聞いてみな。」
ということで、気になる話もありましたが大義名分頂きました。早速ふるるちゃんを誘いに向かいましょう。
「え、やだ。こたつから出たくない。」
「この間クレープ作ってもらったお礼に、手伝いに行こうかなー、なんて。」
「ぱるねが巻き込んだだけじゃん、1人で行ってきなさいよ。」
「甘酒ね、なんでも去年地球観測部にもらったレシピを、さらに改良したんだって。その名も『幻の古代甘酒レシピ』!いにしえの日本で作られたレシピを元に料理部によるマ改造が加えられた最新バージョンだよ!」
「新しくなってるじゃん!古代と幻、どこ行ったのよ!」
「ともかく、手伝えば飲み放題なんだよ。寒い場所でほっと休まる暖かい飲み物を飲めるなんて、最高だよ。」
「だから、わざわざ寒いところに行かなくたって……。」
「そういえば、去年、部の雪像が凄かったんだって?」
「え……、あ、うん、地球観測部の力作があってね、私それ見て感動して、地球観測部に入ることにしたんだー。」
「へー、その話、ぜひ今年の雪祭り見ながら聞きたいなー。ね、いこ?」
「……もう。分かったわよ、行きましょ。」
「わーい!」
さて、雪祭り会場は学校に隣接した公共区の広場で行われています。お手伝いの時刻までまだ時間があるので、大小さまざまな雪像が鎮座するエリアを中心に散策することにしました。ふるるちゃんが何もないところでふと立ち止まり、見上げるようにして話し始めました。
「ここに『地球』の雪像があったの。凄かったんだから。」
「地球?」
「そう。本当に大きくて、直径で3m位だったかな?多分重力装置をいじったんだろうと思うけど、なんか50cmくらい浮かんでて、回ってて。」
「浮かんでたんだ、すごいね!」
「普通に考えれば白い本体浮かべたら、あとはARでプロジェクトマッピングすれば十分だと思うじゃない?海は透明感のある青い氷で光を反射して、大陸にはそれぞれの地域の特徴、ピラミッドやヒマラヤ、あと富士山や自由の女神もあったかな、そんな彫刻がぎっしり刻まれていて。雲と太陽光だけをプロジェクトマッピングしてて、まるでそこに本物の地球が浮かんでるようだったの。」
「ほえー……。」
「それがね、おもしろいのよ。細部にこだわりすぎてて、たまに彫刻が剥がれ落ちちゃうの。そのたびに、りすか部長とかね、大慌てで地球の回転を止めては補修してて。でもね、みんな笑顔なの。楽しそうだなー……って思って。私が地球観測部に入ったきっかけ。」
「来年は、なんかやろうよ。」
「え?」
「これぞ、地球観測部だ!ってのを。今の3年が地球をテーマにしたんだったら、私たちは日本をテーマにするとか?ほら、地球観測歴史館で昔流行ってた話題とかなにか、ふじやま?げいしゃ?おすし?せっぷく?」
「せっぷくしてどーするのよ!あれはただの悪ふざけ!……まあでも、部員が増えたら考えても良いわよ。2人じゃねえ。」
「あはは!あ、そろそろ手伝いの時間だよ。甘酒飲みにいこっか?」
「手伝うんでしょ!もう。」
しばらく歩いて「甘酒無料配布です!」ののぼりが立ったブースへ到着しました。あそこが料理部かな?ただ、この寒さの中、甘酒の配布のはずなのに、微妙に人がまばらです。どうしたのかな?
「こんにちはー。」
「おや、来たね。早速だけどこの甘酒、まずは試飲してから呼び込みして配ってくれないかな?」
「うー、体が冷えてるから助かります……って、何この色。」
その液体には、なんというか、生命力を感じます。薄赤いピンクに輝く液面からはボコッ、ボコッと時たま泡が登り、泡がはじけるときになにか見えちゃいけないような物体がうごめいているよう……。
「……おお、これが幻の古代甘酒ですか。」
「絶対違う!なにこれ、これを飲むの?飲むしかないの?」
「あ、これはふるるちゃんお得意の日本のことわざだよ!えっと、毒を食らう……なんだっけ?」
「『毒を食らわば皿まで』よ!……違う、覚悟なんてしない!」
「まあまあ、味は保証するよ。ささ、ぐいーーっと。」
料理部部長のなんだかお酒の席のような合いの手に、ふるるちゃんはやっと覚悟を決めたのか、目をつむってチビッと一口。一瞬目を見開いた後は、コクコクと飲み干してしまいました。
「あれ、味はいけるわ。これ、甘酒ね!なんだか形容できないコクがあるけど、これはこれで良い!」
「そりゃ甘酒だからねえ。伝統を超えた幻のレシピと自負しているが、どうにも見た目で敬遠されちゃってね。」
「美味しいから大丈夫だよ!ふるるちゃん、これは日本伝統の『サクラ』大作戦しかないよ!」
「『サクラ』って、一般客のふりして美味しい!って言いまわるってこと?うーん、美味しいのは本当だから良いけど……。」
「お、それで行ってみるかい?それじゃあ5分後にスタートだ。よーし、いったん解散!」
5分後。右手と右足を同時に出しながら歩いているふるるちゃんと一緒に、甘酒ブースに戻ります。ふるるちゃんはアドリブに弱いタイプですね。
「わ、わあ、甘酒を配ってるわよ、ぱるね!」
「飲んでみようよ!」
「独特な色してる、けど、味はどうかしら……。わあ、おいしいわ!」
「(棒読みだなあ……)うん、これいけるね!お姉さん、もう一杯ちょうだい!」
疑い深そうに私たちを見つめている様子見の人たちに聞こえるように、声を少し張り上げて、私たちは古代甘酒を1杯、2杯と笑顔で飲み干していきました。
「こ、こういうのを日本のことわざで『駆けつけ3杯』って言うのよ!もう1杯ちょうだい……。」
「本当においしいのか……?俺にも1杯もらえる?」
「あ、私にもちょうだい!」
連続3杯はきついぞーと思っていた時、やっと物見客に動きがありました。最初に並んでくれたお兄さん、お姉さん、ありがとー!飲んでくれればこっちのもの、その甘味と体を温める滋味に魅了された人たちが何度も並びなおす中、寒風を吹き飛ばすように行列が生まれ、私たちは慌てて列の整理に奔走しました。
「やあ、これで完売だ!良い『サクラ』だったよ!」
「やっとおわったわー!」
「……、楽しかったね。甘くて、暖かくなると、みんな、ふにゃって笑顔になるんだね。周りは雪祭りの展示だけど、まるでここだけお日様を展示したみたいだったよ。ふるるちゃん、来年はこんな展示ができたらいいね。」
「ふふ、じゃあ、来年は団子でも配る?それって日本のことわざで、『花より団子』って言うのよ。」
「今日は『花より甘酒』だったね!」
「「あはは!」」
雪祭り会場の一角で私たち2人のささやかな笑いが生まれました。来年はきっと、みんなを笑顔にする展示が作れるはず、そんな気がしました。
さて、今日はお時間となりました。貴方にとって雪祭りは、見るものですか?それとも参加するものですか?雪祭りで誰もがあっと驚く雪像ができたなら、ぜひ空に手を振ってみてください。貴方の挑戦を、私たちは受けて立ちますよ!――それでは、また。
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