第8話 フジトザンと初日の出

 私の声は貴方に届いていますか?

 今日は宇宙船の初日の出と「フジトザン」についてお話します。


 先日もお話ししましたが、私たちが所属している地域では地球の北半球と同じ季節巡りで春夏秋冬がやってきます。つまり今、年越しの1月は冬真っ盛りです。もちろん宇宙船内の話なので居住区・公共区で極寒という場所はなく、厚着しないと外は無理かなー、程度の寒さでしかありませんが、冬は冬です。人工太陽による昼と夜の周期も昼が短く、夜が長くなり、雪だって(予定されていれば)降ることもあります。


 そんな中、今年の年越しでは「初日の出をフジサンで見よう!」ということになりました。ええ、一応言っておきますが「なんちゃってフジ」ですよ?日本の本物の富士山を冬に登ろうものなら、タイフウ?のごとく風が吹き荒れ、氷点下20度を下回ることもあると聞きます。私たちの「フジトザン」は冬でもちょっとした防寒対策さえしていれば、少し坂が長く続くハイキングくらいの気分で登頂できるものです。


 その日、広い部室の中隅っこのこたつルームで今日も暖を取っていた私たち2人ですが、その安らぎは突然勢いよく開いた扉の向こうにいる人物によって失われました。


「年越しはフジトザンに行くわよ!決定!」

「えー、いきなり何言ってるんですか、りすか部長……っていうか、もう引退してるから部長ですらない!決定権、なんて、ない!」

「あるわよ、私が行きたいんだから決定よ!あ、ぱるねちゃん、こんにちわ。」

「こんにちわー。フジトザンですか?いつになりますか?」

「初日の出を見に行きましょう。夜の登山になるから防寒だけはしっかりね。待ち合わせはXXXX……で。」

「分かりましたー。」

「わかって、ない!私は同意していない!行かないわよ!」

「どうして?ふるるちゃん、3年生が来なくなって寂しくなった、って言ってたよね?せっかくのお誘いなんだし、行こうよ。」

「わーーーー!ばらさないで!……わかった、わかりました、行きます……。」

「ね、決定だったでしょう。じゃあ当日よろしくね。」


 3年生は受験もあり大変だと思いますが、神頼みでもするのかな?ともかく久々に、私にとってははじめての、3年生たちと一緒の活動になりそうです。


「あけましておめでとうございます!」

「おめでとうございます……、さむい……。」

「あけましておめでとう、ふるる、ぱるねちゃん。今年もよろしく。と言っても私たちは卒業しちゃうけどね!」

「あ、今日は他の3年生の人たちは来ないんですか?」

「ちょっと予定が合わなくてねー。初日の出スポットの入場チケット、3人分取っちゃってたから代わりに声をかけたのよ。はいこれ、今日見に行く初日の出スポットは抽選が出るくらいの人気なんだから、失くしたら大変よ!……それとふるる?」

「何ですか……。」

「ちょっと、寒いからって着こみすぎ!これから軽くとはいえ山に登るんだから!なに雪だるまみたいになってんのよ、どうせ運動不足ですぐ汗だくになるんだから脱ぐ!」

「えええーー!さ、寒い!」


 それでも流石にウィンドブレーカーは死守したふるるちゃん。頭にポンポンが揺れるかわいいニット帽を耳が隠れるまで深くかぶり「うぅ、寒い寒い……。」とブツブツ言っています。「さあ、ここから登るわよー。」と、先頭を歩くりすか部長に、ふるるちゃんが続き、私は最後をテクテク歩き出しました。そして10分後。


「あれ?ふるるちゃん。追い抜いちゃうよ?」

「ぜえ……はあ……、先に……行って……。後から……追いつく……から。」

「だめよーふるる、それ脱落フラグだから。さあ、ゆっくり行くから隊列は崩さないでねー。ぱるねちゃん、ふるる見といて。」

「だって。ふるるちゃん、頑張れ!」

「だうぅ……。」

「下向くと余計疲れるわよ。せっかくきれいなライトアップなんだから、楽しみなさいよ。」

「ライトアップ……?」


 今歩いてるあたりは木々の低い少し開けた直線で、ずっと上の方まで道を飾るイルミネーションが続いていました。光はゆっくりと色を変え、歩く速度で上に向かっています。その光が道行く人に反射し、ゆらりゆらりと揺れていました。


 少しの間光のルートに見とれていたふるるちゃんは、私たちの視線に気が付くと照れるように顔を振り、声を上げました。


「き、きれいじゃない。さあ、休んでないで登るわよ!」

「……ふふっ。うん、歩こうか!」


 さて、しばらく道を歩きます。登山道というか、舗装されていますしハイキングコースですね。ときどきふるるちゃんがねをあげたり、あげなかったりしながら、コースの中腹ほどにある神社にたどり着きました。その有様に思わず足が止まります。


 鳥居には虹色に光るライトが巻きつけられ、ギラギラに輝いています。境内に並ぶ灯篭は規則正しく色を変え、本殿へと続きます。その本殿からはレーザー光線が夜空を突き抜けるようにほとばしり、まるでコンサート会場のような熱気に包まれていました。……いえこれ、コンサート会場そのものですね。宮司?さんらしき人が参拝者の中心でマイクを持って「盛り上がってるかーい!」「いえーーい!」とか言っていますが。


「ほら、ぱるねちゃん、これが日本のハツモウデの風景よ。」

「違うわよ!部長、さらっと嘘つかないで!神社って、もっと幻想的で厳かな場所よ!ライトアップするにしたってもっとやり方があるでしょう!」

「ほえー、盛り上がってるねえ~。」

「神様が怒るわよ、こんなの!」

「まあまあ、ふるるも落ち着いて。さあ、まだ時間があるし、参拝していきましょう。」


 ちょっとしたハプニングもありましたが無事に参拝も終え、残りの道中。道に並んだ屋台を覗いたり、甘酒を買って「暖かい……」と言いながらチビチビ楽しんだりしながら、ようやく山頂にたどり着きました。入場チケットを渡して会場に入った私たちは、良さげな場所がないかと周りを見渡しました。空はゆっくり色を変え暗闇に薄い青が混ざっています。太陽が上がるはずの方角を見ると、薄く白い光が滲み始めていました。


「へえ……、ここはライトアップしないのね。」

「この場所の主役は日の出だからね。というか、ぱるねちゃんは知ってる?ここの初日の出で登るのは太陽じゃないのよ。」

「ふえ?いえ、フジトザン自体がはじめてです。」

「あれ、日本オタクのぱるねが知らないんだ?」


 2人はニヤニヤしながら目を合わせますが、それきり教えてくれません。なんだろう?無事場所を確保した私たちは、もうすぐ来る時間まで体を寄せ合い、白む空を見入っていました。もうすぐ、空が赤く染まって、あの地平線から太陽が昇りはじめ……、あ!


「あれ、赤くない?青い……?あ、もしかして地球!?」


 そう、地平線のかなたから薄く青い空を伴って現れたのは、青い地球の姿でした。青い光が空を染めていき、青く輝く大陸と海がはっきり写ったマリンブルーの球体が、荘厳に浮かび上がります。太陽のようにまばゆい光こそ纏いませんが、生命の輝きのような、どこか懐かしい存在。青い光が大気の層をゆっくりとてらし、宇宙船全体に反射するように広がっていく様に、私は言葉を失ってしまいました。


「ほらぱるね、初日の出のお祈りしなきゃ。なむなむー、今年も良いことありますように!」

「あ、お祈り……。えーと、えーと、良いもの食べられますように!」

「あはは、ぱるねちゃんは食いしん坊だねえ。私はこれだね、受験合格よろしく!」


 青い地球に見守られながら、私たちはそれぞれ今年の幸福を祈ります。「フジトザンの初日の出」は、ただ太陽を拝むイベントではありませんでした。この宇宙船に生きる私たちが、いつも心のどこかにある地球への想いを確認する、不思議ですてきな体験だったのです。


 さて、今日はお時間となりました。地球に住む貴方にとって、私たちが見た「地球の初日の出」は、肉眼で見ることはかなわない特別な景色かもしれません。私が見た青い星のどこかで、貴方が私の声を探してくれているのでしょうか?どうか貴方の一年が、幸せに満ちたものとなりますように。――それでは、また。

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