第7話 宇宙船の季節、それと冬
私の声は貴方に届いていますか?
今日は宇宙船の季節、それと冬についてお話します。
宇宙船では居住区単位で季節が再現されています。地球のように北半球、南半球で夏冬が逆転するわけではなく、全区画を大きく12分割しそれぞれで少しずつずれて四季が巡るようになっています。分割された区画はいわゆる「国」が異なる感じですので、同じ国の中で気候が異なる状況にはなりません。もちろん、地球のように国が異なれば文化が異なるという程の違いはなく、ずっと春や夏、冬を追いかけて移住を繰り返している、そんな人たちもいるそうです。
私たちの地域はたまたまではありますが、月が地球の北半球と同期しています。つまり、4月は春で、8月は夏です。ちなみに「日本の地球観測データ」が部に届くのも大体同じ季節の情報になるように調整されています。もっとも、実際のところ地球は十数光年かなたです。私たちが冬を感じているころ、実は日本では夏真っ盛りなのかもしれません。
ともかく何が言いたいかというと、今の季節は冬で、とても寒い!ということです。私はその日、冷えた廊下を足早に走らない程度に急ぎながら部室へと向かっていました。部室の扉を開けた途端、思わず言葉が漏れました。
「うわ、さむいっ!あれ、廊下より寒いよね、窓でも空いてるの?」
「あぁ、ぱるねぇ……。」
扉を閉めて中に入ると机の奥にうずくまる小さな姿が目に入りました。ふるるは机に突っ伏して肩を小刻みに震わせています。両手を擦りながら、時折息を吹きかけて温めているようです。唇が青いです。遭難しかけてるじゃないですか。
「寒い……。」
「どうしたのふるるちゃん!暖房、暖房入れないと!」
「それがね……、スイッチ入れても動かないの。故障してるの、多分。職員室に連絡したけど、業者手配するから、それまで部活お休みしてなさいって……。」
「うーん、だったらフィールドワークにでも行く?」
「それだってネタがないと。ここ10日ほど通知も来てないし。そもそもフィールドって外よ?雪とか降ってるのよ?死んじゃうわ!」
「ネタかぁ、確かに近ごろ暇だったねえ。せめてお茶でも入れない?あったまるよ。」
ポットでお湯を沸かしてお茶を準備します。少しでもあったまろうと、ポットの湯気に手を伸ばしていると、観測端末に通知が届きます。慌てて2人で観測端末をのぞき込みました。タイトルは「冬を温かく過ごす日本の風景」です。
「わぁ……、ネタが、ネタが飛んできたよ、ふるるちゃん!」
「しかも、『暖かく過ごす』!こういうのを待ってたのよ!」
「どうやって過ごすのかな?」
なになに……?
――「こたつ」は日本の冬の家庭でよく見られる伝統的な暖房設備です。低いテーブルに布団を掛け、その下にヒーターを設置することで、足元を中心に体を温める仕組みとなっています。こたつは家族が集まって会話や食事を楽しむ空間としても機能し、日本の家庭文化を象徴する存在です。とくに「みかん」を食べながらくつろぐ姿は冬の風物詩として知られています。――
「……ふむ。こたつとみかん、かあ。みかんって柑橘類のことだよね。」
「うーん、見た目だけなら近い柑橘類はあるけど、甘いのは宇宙船にはないって聞いてるわ。まあいいんじゃない?甘いものがあればいいのよね?」
「あ、それ、幸せそう。でも低いテーブルに布団かあ。」
「ぱるね、布団ならあるわよ。昔は泊まり込みで研究してたこともあるんだって。えーとたしか……。」
部室は広く、資料室も隣に併設されています。私とふるるはほこりが立つ空間をひっくり返して、布団2組と、日本の「ちゃぶ台」を工作したという作品を探し出しました。熱源は……あ、これいいな。「温熱カーペット」がありました。地球には「電気カーペット」という、電気を有線で引っ張って熱源にする物があるそうですが、宇宙船のエネルギー供給は基本コードレスで、このカーペットもスイッチさえ入れればじんわり暖かくなります。3m四方くらいの小さなものですが、2人で温まる分にはちょうどいいでしょう。
「場所はどこでするの?床だとちょっと固いし、寒いかも。」
「ふふ、ぱるね、ここは地球観測部の日本部会よ?畳だってあるんだから!」
「……あ、部室の隅に畳を敷いてるんだ。風流だねえ。」
「えーと、カーペット敷いて、ちゃぶ台おいて、布団を……2組も並べればいいかな。その上に良い感じの天板おけば、『こたつ』完成!」
「おー(パチパチパチ)。」
「もう我慢できない、私は入るわよ!……はぁああ……、これ、天国かも。」
ふるるちゃんはこたつに入ると早速溶けてしまいました。私は苦笑してから、そういえば沸かしていたポットの方に向かいます。沸騰して保温モードになっていたポットからは、優しい湯気が立ち昇っていました。
「ぱるねぇ、そこの棚に『日本茶』があるわ。うん、それ。あと部員の過去作品に『湯呑』もあるから、えっと右の棚の下に仕舞ってる。お茶の葉は直接ポットに入れちゃって。『茶こし』は湯呑がある場所の奥。」
「はいはい。」
地球観測部・日本部会ですので、日本のお茶会セットはひととおり揃っています。ポットにお茶の葉を浮かべ、茶こしを湯呑の上に置き、しばらく待ってからポットのお茶を注ぎます。茶葉は茶こしの網目で静かに留まり、お茶の香りだけが広がっていきます。いい匂いに少し満足感に浸った後、湯呑をこたつに持っていきました。
「ありがとぉ。あとね、ぱるね、そこの冷凍室。」
「冷蔵庫の?」
「うん、開けたらね、甘いものが入ってるから。3年生の置き土産。」
冷凍室には、氷と、これは……、アイスクリームですね!「バニラ」「チョコレート」、あ、「抹茶」まである!でも、寒くないのかな?
「そのカップアイス、夏までお預けかなーって思ってたけど、今なら……いけるわ。持ってきて!」
「うん!食べようか!」
小さなスプーンとカップアイス、私は抹茶、ふるるちゃんは王道のバニラを選んでテーブルまで運び、私もこたつに潜り込みました。……あー、これは確かに天国かも。しばし温まってお茶を口に含んで人心地。見ると、ふるるちゃんはすでに無言でアイスを口に運び続けるマシーンになっています。私もそれにつられ、アイスクリームに手を伸ばしました。
「甘い!冷たい!でも寒くない!なにこれ、止まらないよ!」
「甘さが溶けるわぁ……。」
ふるるちゃんはシミジミと目を閉じて、ゆっくりとアイスを口の中で溶かし、余韻を味わっていました。私はそれを見て微笑みながら、さらに一口、アイスを口に溶かします。こたつが、じんわり広がる甘さを、まるで私を包んで溶かしこんでいく感じ。
「贅沢な時間ね……、……。」
「そうだねえ、ふるるちゃん。……ん?ふるるちゃん?あれ、寝ちゃった?」
見ると、ふるるちゃんは顔をこたつの天板にコテンと乗せ、静かな寝息を立て始めていました。それを見ていると私も眠くなってきます。そばに置いたカバンが良い感じの枕になると思い、手元に引き寄せ、布団に潜り込むように寝転んでみます。
「あぁ、これ、天国だぁ……。……すぅ。」
私たちはそのまま、小さく寝息を立て始めました。こたつと温熱カーペットの威力、恐るべしです。
さて、今日はお時間となりました。この後、下校時間を過ぎても寝ていた私たちは見回りの先生に見つかって、こっぴどく怒られてしまいましたが、それはまあ置いといて。貴方もきっと「こたつ」と「甘いもの」の魔力に取りつかれているのではないでしょうか。こたつに何を組み合わせて楽しんでいますか?こっそり教えてくださいね。――それでは、また。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます